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第四章
塞翁が馬18
しおりを挟む「――それから俺は、あんたの親父さんを庭に埋葬したよ。……さっき眼に入らなかったか? 物干し竿の近くに墓があっただろう? 粗末な墓で申し訳ないがな」
自嘲気味に言う魔族の男。
けれどその言葉は、若者には《ユミト》には届いていない。
ただ彼は、目の前の男の話を何処か遠くで聞いていた。
そして静かに立ち上り、色褪せ、立て付けの悪くなった扉を目指す。
ゆっくりと扉を開ければ、外はとても眩しかった。
日射しが、彼を照り付ける。
小鳥がおかえりと言うように愉快に鳴いている。
虫の声が、土草の匂いが、木々のさざめきが、美しい青空が、全てがあの頃を思い出させる。
(俺はここで育ったんだ。俺は……)
あぁそうだ。小さかった自分は庭で泥だらけになりながら父と一緒に畑をたがやしたり、庭を駆け回ったり、ボール遊びや水遊びをしたり、大きな落とし穴を作って悪戯をしては怒られたりした。
(あの頃の自分は父が本当の親であると疑いもしなかった。母については病で亡くなったと聞かされていて……自分が人間ではない可能性なんて微塵も……)
父とたまに町までおりれば、行き付けのお店のおばちゃんから菓子なんか貰って、同じぐらいの歳の子と仲良くなって遊び、また遊ぶ約束をして帰ってきたりもした。
そして天気の良い日に洗濯物を沢山干して、その光景に思わず飛び込み抱き締めれば、乾きかけていたシーツや洗濯物が弾みで全部落ちて、それを見た父が、半分怒って半分呆れて笑っていた。
良いのが獲れたと、父が捕まえた動物を捌きだせば、怖くて泣いた事もある。
けれどそのうち自分も手伝うようになって、冬の為に薪を割ったりもした。
自分達はいつも、笑ったり、怒ったり、時には泣いたりして、そしてまた笑って。
(いつからだ。いつから俺達は)
間違ってしまったのか。
「何がいけなかったんだ。何が……」
自分がいつまでも自分を受け入れなかったからか。
違和感を感じた時に、自分は人間だと、そうではない可能性を否定し続けたからか。
「――大丈夫か? あんた」
聞こえた声に呼び戻されると、ある場所に立ち、足元に花が沢山置かれていた。
見覚えのあるそれは、男が先程手から滑り落としてしまった花々だ。
しかしその花は今、何か意味があるようにそこに丁寧に置かれている。
良く見ると盛り土がしてあるようで――そこまで考えて
「それが、あんたの親父さんが眠っている所だよ」
男からその言葉を聞く前に気付いた。
「まさか本当に、あんたが帰って来るとは思わなかったがな……。俺ももう戻る訳にもいかないし、行けるところもねぇし、ここであんたを待っていて良かったよ」
男が隣に来て父が眠るその側に屈む。
「あんたの親父さんも喜んでるんじゃねぇか? 今日は、命日だからな」
その言葉を聞きながら、父が眠るその場所を暫し眺めて、若者は徐に背を向ける。
「何処に行くんだ?」
その声が聞こえない訳ではない。
けれど何も返さずに、ただ森へと向かう。
「っ俺は、確かに伝えたからな! 」
それを背に受けながら、自分が生まれ育った場所を後にした。
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