上 下
88 / 159
第四章

塞翁が馬14

しおりを挟む


その美しさに眼が眩みそうになる。


「ねぇ《レーヴ》私ね。本当は怖かったのよ。とても小さな国のただの世間知らずの娘が、この大きな国を納める方の妃になるの。今までみたいに自由もきかなくなって、責任だってとても重いわ。だから本当は逃げ出したかった」

胸で小さな両手を握り、瞳を閉じて語る、身も心もまだ幼い少女。
その瞳が開いて真っ直ぐ若者を《レーヴ》を見詰めた。


「貴方を見付けた時、私は新しい世界へ行けると思ったの。ここから逃げ出して、貴方と共に」


けれど、と言って、今度は揺るぎない決意を秘めた瞳で彼の瞳を射貫く。


「やっぱりやめたわ。だって私がこの地に来たのは意味があるのだもの、私はこの国の《人々の王妃》なんだわ」


だから一緒に頑張りましょうよ。

と言って、いつの間に摘み取ったのか、真っ赤な花を一輪手渡す。

「この花はね。勇気の花よ。私のお気に入りの花。よく見て、種がなっているわ。その種を撒いて花が咲いた時にはきっと、私達は立派な《魔王と王妃》になっている。きっと」

と、笑顔を向ける。

「だから言って私にも、きっと《素敵な王妃》になれるって」

言葉を返せずにいると、その少女の手が僅かばかり震えているのが目に入り、彼は我に返った。

これはこの少女が己と自分に向けた、精一杯の励ましなのだと、本当は挫けて逃げ出したい気持ちを抑え、自分達を奮い立たせるための。
若者はその手をしっかりと握る。


「あぁ君ならなれるさ《人々の素敵な王妃》に、必ず」


彼の真っ赤な瞳が少女を見詰め、二人は思わず笑いあう。


気付けばもう夕日が沈みかけていた。


「最後にいい事教えてあげる」

「なんだ?」

「王様の時はね。自分を《私》って言うといいのよ。そしたらね。きっと皆の《王様》に心が切り替わる筈だわ」


私の父がそうだったのと、彼女は夕闇の中、去って行った。
自分の本来あるべき場所へと。



その姿が見えなくなるまで見送って「簡単に言ってくれるな」と、一人ごちる。


でも確かに、いつまでもここに居続ける訳にもいかなかった。
だからと言って、ここから出てしまえば、また自分は逃げ惑わなければいけなくなるだろう。
そしていつかは捕まり、殺されるのだ。

ならばいっそ。

「立ち向かうべきなのか」


(けれど、俺一人に何が出来る?)


「……」

身体は動ける。もうここにいる必要はない。

貰った花の種を袋にしまい。ふと一本の花が眼にとまる。


「……さよならだ」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

今日くらい泣けばいい。

亜衣藍
BL
ファッション部からBL編集部に転属された尾上は、因縁の男の担当編集になってしまう!お仕事がテーマのBLです☆('ω')☆

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

処理中です...