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第四章
塞翁が馬14
しおりを挟むその美しさに眼が眩みそうになる。
「ねぇ《レーヴ》私ね。本当は怖かったのよ。とても小さな国のただの世間知らずの娘が、この大きな国を納める方の妃になるの。今までみたいに自由もきかなくなって、責任だってとても重いわ。だから本当は逃げ出したかった」
胸で小さな両手を握り、瞳を閉じて語る、身も心もまだ幼い少女。
その瞳が開いて真っ直ぐ若者を《レーヴ》を見詰めた。
「貴方を見付けた時、私は新しい世界へ行けると思ったの。ここから逃げ出して、貴方と共に」
けれど、と言って、今度は揺るぎない決意を秘めた瞳で彼の瞳を射貫く。
「やっぱりやめたわ。だって私がこの地に来たのは意味があるのだもの、私はこの国の《人々の王妃》なんだわ」
だから一緒に頑張りましょうよ。
と言って、いつの間に摘み取ったのか、真っ赤な花を一輪手渡す。
「この花はね。勇気の花よ。私のお気に入りの花。よく見て、種がなっているわ。その種を撒いて花が咲いた時にはきっと、私達は立派な《魔王と王妃》になっている。きっと」
と、笑顔を向ける。
「だから言って私にも、きっと《素敵な王妃》になれるって」
言葉を返せずにいると、その少女の手が僅かばかり震えているのが目に入り、彼は我に返った。
これはこの少女が己と自分に向けた、精一杯の励ましなのだと、本当は挫けて逃げ出したい気持ちを抑え、自分達を奮い立たせるための。
若者はその手をしっかりと握る。
「あぁ君ならなれるさ《人々の素敵な王妃》に、必ず」
彼の真っ赤な瞳が少女を見詰め、二人は思わず笑いあう。
気付けばもう夕日が沈みかけていた。
「最後にいい事教えてあげる」
「なんだ?」
「王様の時はね。自分を《私》って言うといいのよ。そしたらね。きっと皆の《王様》に心が切り替わる筈だわ」
私の父がそうだったのと、彼女は夕闇の中、去って行った。
自分の本来あるべき場所へと。
その姿が見えなくなるまで見送って「簡単に言ってくれるな」と、一人ごちる。
でも確かに、いつまでもここに居続ける訳にもいかなかった。
だからと言って、ここから出てしまえば、また自分は逃げ惑わなければいけなくなるだろう。
そしていつかは捕まり、殺されるのだ。
ならばいっそ。
「立ち向かうべきなのか」
(けれど、俺一人に何が出来る?)
「……」
身体は動ける。もうここにいる必要はない。
貰った花の種を袋にしまい。ふと一本の花が眼にとまる。
「……さよならだ」
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