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第四章
塞翁が馬13
しおりを挟む「選ばれた?」
水面を見詰め、坦々と語っていた彼の傍らで、少女が呟くように聞いた。
「俺も詳しくは知らないが、なんでも《その時が来る》と、その代の魔王にだけ、次の魔族の王が誰かわかるらしい」
「それで、貴方を?」
「あぁ。俺にその玉座をとられまいと、躍起になっている」
「でもそれはおかしいわ。普通、王になるのは王族の者ではないの?」
その言葉で、ずっと水面を見詰めていた若者の顔が上がる。
「人間はな。だが魔族は違う。魔族に王族は存在しないんだ」
「存在しない?」
「俺も少し話を聞いたぐらいの知識しかないんだが。……人間は魔族や魔族の土地に近付けないだろ? それは人間が邪気にあてられると死んでしまうからだ。魔族の赤ん坊も、14の歳を向かえるまで人間と変わらず育つ。だが親は己の身に邪気を宿している。言っている意味が分かるか?」
「えぇ、一緒にいると赤ん坊は亡くなってしまうのね」
「そうだ。魔族は我が子を育てる事が出来ない、だからこの聖なる泉に預けるんだそうだ」
「ここに」
二人は目の前の泉に目を向けた。
「そして赤ん坊は14の歳をむかえると徐々にその身に邪気を宿し、自分は魔族だと気付いて生まれた故郷へ帰る。その時には、子も親も互いに見付ける事は不可能だ。それもあって王族制度など生まれなかったんだろう。《魔王》と言うのはその言葉の通り、その国の《魔族を統べる王》。《その時》が来れば、誰であろうと選ばれる。……多分な」
「なんだか不思議ね」
ふぅと息をついて、少女は自分と彼の背にある木に寄りかかった。
「……でも、俺は、王になどなるつもりはない。だからと言って死ぬつもりも。だからずっと逃げ続けて、追い詰められ、気付いたらここにいた」
思い詰めたように暫し押し黙り、思い出したかのように口を開く。
「……知っているか? この世に存在する国々には必ず、人間の王と、魔族の王が存在する。互いに干渉しないようにしながらも、両者が揃わなければ国として認められないんだそうだ。
だからこの妙な泉だって、別にここだけにしかない訳ではない。俺は長いこと国を越えて各地を逃げ惑った。それなのに、自分が捨てられ、父が拾ってくれたこの泉に、俺が過ごしたこの地に、無意識で戻って来てしまった」
皮肉だろう?そう言って彼は苦笑する。
だが彼女は笑ったりしなかった。
「知っているわ。私の祖国でも、大きな湖を挟んだむこうに魔族が住んでいると言われていたし、森の中にこの泉がある場所もあると言われていたもの。でも貴方は他のどの場所でもなく、この場所へと戻って来たのでしょう。それにはちゃんと意味があるのよ」
すっと少女は立ち上がり、泉の前へ走って行くと、くるりと振り向いた。
「貴方が、この地の《魔族の王》だからだわ」
彼女の金の髪が陽に照らされ、光輝く。
「何を言って、俺は」
「レーヴ、私はね。貴方は素敵な王になると思うの。きっと人々を導ける。素敵な王様に。だって、貴方は私にこんな夢のようなひとときをくれたのだもの」
「なんの、事だ?」
「お城の外で、自分の役目を忘れ、お友達と一緒に過ごす。そんなちっぽけな夢よ」
彼女の空色の瞳が本当に嬉しそうに、けどやっぱり何処か悪戯っぽく揺れる。
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