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第四章
塞翁が馬07
しおりを挟む「男は……いや、父は拾った泉のなるべく近くにと、人里離れた森のそばの粗末な空き家を改装して、住み始めた」
そこで働きながら苦労して赤ん坊を育て、赤ん坊はすくすくと成長した。決して裕福ではないが、それでじゅうぶん幸せだった。
ある日、赤ん坊だった俺が14の歳をむかえた。
俺達はめでたいと祝ったが、その頃から父は、体調を崩すようになったのだ。
初めは目眩程度のもので、父も俺もあまり気にはとめなかった。
だが、次第にその症状は悪化し、父は理由もなく倒れるようになった。
その顔色は酷く悪く、勿論俺は心配したが、父は大丈夫だと、とりあわなかった。
そのうち、俺に町に出るなと、父は言うようになった。
今まで許されていたのに、何故。
父に聞いたが、この家から、この森のそばから離れるなと、それだけで。
それから父は俺から距離をとるように、仕事で家をあけることが多くなった。
そんな日が、暫く続いた。
ギィィ。
立て付けの悪さからでる渋い音に、俺は父が仕事から帰って来たのだと悟った。
玄関の扉を見ると、やはり思った通りの人物が顔を出す。
「ぐっ」
家に入るなり、その体が傾いた。
「父さん!」
慌てて駆け寄ると、さっきよりも顔色が悪くなった気がした。
俺は父の体に腕を回し、寝台まで運んだ。
「み、水をくれ、あの」
弱りきった声でそう言われ、俺は急いで貯蔵庫から水を汲んでくる。
水は以前から父が何処からか確保していたものだった。何故かは知らないがこの水を飲むと、不思議と楽になるらしい。
「父さん。ほら水だよ」
「あ、あぁ有り難う」
水の入った容器を渡し、父がそれを飲む姿に少しだけほっとする。
「父さん、いいづらいけど、もう貯蔵庫にある水は殆どないよ」
容器を傾ける手がピタリととまった。
「……そうか」
「この水何処のか教えてくれないか? そしたら俺、毎日でも汲みにいくから」
父は暫し、黙って容器の中に残ったそれを見詰めていた。
「こんなに具合が悪いんだ。仕事だって俺がするよ」
「それはダメだ!」
「じゃあせめて水だけでもいいだろう?」
「そうか……そうだな」
父はようやく話してくれる気になったようだった。
「お前も知っているだろう。森の中にある泉の話を」
「あぁ、でもそれってあの森の中にあるんだろう? あの森は人間が入ると死ぬと言われているから、実際本当にあるのかわからないって……まさか」
父がぎこちなく笑む。
「そうだ。そこから持って来た」
「ど、どうやって。あの話は嘘なのか?」
「いや、本当だ。ただ私は人間でも生きて進める安全な道を知っているだけさ、だがお前なら、その道でなくとも……」
「父さん?」
「いや、なんでもない。教えよう、だから水を……お願い出来ないか?」
やはり父はぎこちなく、微笑んだ。
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