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第四章

塞翁が馬06

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木陰に座ると、隣に少女も座ってにこりと微笑む。
どうやらまだ帰る気はないようだ。

「私ね。もうすぐ結婚するのよ」


唐突に切り出された。

「……あぁ、だから来たばかりと言っていたのか」
「そう、私の国ってとても小さくてね。戦争に巻き込まれたらとっても困るの、そしたらね。私のこの髪が、この国の尊い方の目に留まったのよ」
「……そうか」
「別に嫌じゃないのよ。これは私の義務だし、少し歳は離れているけど、とっても優しくて強くて立派で素敵な人だわ。ちょっと不器用だけど、私の事を大事にしてくれる」

国の為の結婚。と言う事は、この少女は思っていた以上に……。
本来ならこんな所にいるべきではない。それも自分のような者に軽々しく身分をあかすべきでもない。
もし自分と会っているのがバレたなら、不敬を働いたとみなされてもおかしくないのではないか。
そう思って隣を見るが、人差し指をたて『ナイショよ』と、悪戯っぽく笑う姿は、ただの普通の少女に見えた。

「さぁ私の事は話したわ。今度は貴方の番よ。……どうしてあんな姿でここに?」

今はだいぶよくなったとは言え、彼女が彼を見付けた時、本当に酷く弱りきった状態だったのだ。
連れて帰るにも、どう見ても訳有りの若者を、下手に誰かを呼んで連れ帰っては逆に殺されかねないかも知れない。そうなったら、彼を守りきる自信が、今の彼女にはまだ、なかった。
せめて彼をなるべく見付からないように隠して、ただ目が覚めるのを待つしかない。
本当はお医者さまを連れてきたい。つきっきりで看病したい。出来る事なら連れて帰りたいと何度も思い、どうかまだ生きていてと強く強く願っては眠れぬ夜を過ごして、ここに来た。
だから知りたかったのだ。いったい何があったのか。

若者は暫し水面みなもをただ見詰める。
言うか言わぬか悩んだが、言ったところでこれ以上良くも悪くもならないだろうと、やがてその重い口をおもむろに開いた。

「俺には父がいたんだ。人間の父親が……」


 ある時、一人の人間の男が、森の泉に迷いこんだ。
その男は妻と息子、いっぺんに亡くしたばかりで、死に場所を探し途方にくれていた。
そんな時、声が聞こえたのだ。赤ん坊が泣く声を。
導かれるようにその赤ん坊に近付き抱き上げる。
すると赤ん坊はピタリと泣き止み、すやすやと寝息をたてだした。
その姿をみて男は思ったのだ。
これはきっと、神が授けてくださったに違いないと。哀れな男に与えられた慈悲なのだと。

生きる気力を取り戻した男は、さっそくその赤ん坊を連れ帰り、名を『ユミト』とつけた。


「その赤ん坊が、俺だ」


静かに水面も見詰めながら、彼は更に続ける。

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