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第四章
塞翁が馬04
しおりを挟む暫し、若者はその建物の方を向いたまま固まった。確かに金持ちの娘だろうとは思ったが、まさか。
「私、まだこの国に来たばかりなのだけど、たまにこうやってあそこから抜け出すの。こっそりお弁当を持ってね。本当は町の娘に変装したつもりだったのだけど、そもそもお城の外の人がどんな服を来て、どんな生活をしているか分からなかったから、貴方にバレるのも当たり前ね」
そう言って少し残念そうに、少し恥ずかしそうに笑う彼女に、若者はようやく我に返った。
そして慌てて跪く。
「まさか皇宮に住まう高貴なお方とは知らず、どうか先程までの無礼お許し下さい」
慣れない言葉で許しをこう。その姿に少女は驚いて。
「どうしてそんな事言うの? 貴方魔族なのでしょう? なら人間の私にそんな事する必要なんてないじゃない」
そう言われてハッとする。
だが仕方無いのだ。彼にしてみれば人間の方が、ずっと身近な存在だったのだから。
「そう、なのですが」
「ねぇ、お願いがあるの。私のお友達になって下さらない? 言ったでしょ私、こちらに来たばかりなのよ。だからずっと気兼ねなく話せる友人が欲しかったの。ねぇ貴方がなって下さらない?」
「わ、私など」
「お願いよ。他の人は無理でも貴方となら良いお友達になれると思うわ。だって魔族だもの」
手をとられギュッと握られると、真剣な眼差しで見詰められた。
暫く見詰め返して、若者はふっと肩の力を抜く。
「わからないな。魔族だとどうして良い友達になれるんだ?」
すると彼女は嬉しそうに顔を綻ばせ。
「だって、私の立場も貴方の立場も関係ないじゃない」
そうだろうか? いや、そうかも知れない。魔族の若者に少女の身分など関係なく、また、人間の少女に魔族の若者の身分など関係ないとも言えるだろう。
そう考えると、二人は至って同等の立場と言える。
「おかしな子だな。魔族が怖くないのか?」
「あらだって、名前を聞いたら『魔王になりそこねた』なんて言うんだもの。人間でも『王になりそこねた』なんて恐ろしい事を言う人はいないでしょ。貴方も十分おかしいわ。だから私達似た者同士なのよ。それで怖いなんて思うかしら?」
「それは、その」
「ねぇ、本当はなんて言うの? なんて呼んだらいいかしら?」
無邪気に聞いてくる少女に言いそうになって、やはりやめた。
「名はもう、捨てたんだ」
歯切れ悪くそう言うと、少女はキョトンとし、だが直ぐに微笑み立ち上がった。
「そうなのね。それなら私がつけるわ。そう、魔王なんてどうかしら?」
「……は?」
キラキラと輝く瞳で予想外の事を言われ、思わず間抜けな声が出た。
「だって貴方、魔王になりたいんでしょ?」
「え、いや、ちがっ」
「だから魔王!」
(な、なんて酷いネーミングセンス……)
「じゃなくて。それだけはやめてくれ、絶対に嫌だ、そもそも名前じゃない。なりたくもない」
「あらそうなの?じゃあレーヴでどうかしら?」
彼女はあっさり承諾すると、また新しい名を口にする。
「れ、レーヴ?」
戸惑う若者をよそに
「決めたわ。貴方はやっぱり《レーヴ》よ」
『宜しくね。レーヴ』と、彼女は花のように笑った。
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