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第四章
塞翁が馬02
しおりを挟む「俺は……!」
「あら、目が覚めた?」
その声にはっとして、若者は辺りを見回す。
澄んだ空気、青々と繁った緑の布団の上に横になっていた。
見上げれば木々の間から射し込む木漏れ日が若者を照らす。鳥の鳴き声まで聞こえて来た。
いったいさっきまでのはなんだったのか、悪い冗談なのか。いや冗談ではない、確かにあった事なのだ。
若者は少し考えてあぁと思う。
そうか自分は夢をみていたのか、あの悪夢のような日々の、ではこれも夢かも知れない。だっておかしいではないか。直ぐそこにあの泉がある。万物を等しく癒す力があるとされるあの泉、そのそばで、金の髪の少女が何やら水を汲み、自分ににこやかに話かけながら近付いてくるのだ。
どう考えてもこの状況はおかしい。
「ふふ、なんだかさっきからおかしな顔をするのね。何を考えているのかしら」
鈴の音が鳴るような声で聞かれ、思わず彼女を凝視する。
「はい、お水。大丈夫そこから汲んだお水よ。あの泉の水は清んでいてとっても綺麗なの、だから変なものは入ってないわ」
そう言って、水の入った容器を渡された。だがそれを直ぐに口に運ぶ気にはなれなかった。
わかってはいる。この少女は人間だ。きっと自分を追っていた魔族達とはなんら関係ないだろう。
だがもし……何かしらの理由でこの水に毒を盛っていないとも。
「もう、ちょっと貸して」
彼女は渡した容器を取り上げ、中の水をゴクリと飲んでみせる。
するとにこりと微笑み、再度若者に渡した。
「ね、大丈夫よ。ろくに飲んだり食べたりしていないのでしょう?せめてこの泉の水は飲んだ方がいいわ」
そう言われ、ようやく若者は水を口にする、ゴクリと一口飲むともう止まらなかった。
思っていた以上に喉が乾いていたらしい。
「パンも食べれそう?」
さし出されたそれを取り上げ荒っぽくかぶりつく。ただのパンだ。そうただの。けれどもおかしい。こんなにこれは美味しいものだったろうか。
彼女から渡されるものを次々と食べ、全て知っている物のハズなのにどれも妙に美味しい。やはり何か入っているのでは?
と思った時、勢いよく食べ過ぎたせいで、思わずむせた。
「げほっごほっみ、水を」
「はい」
受け取ってまた、勢いよく流し込む。
「ふふふ、慌て過ぎよ。でも良かった。食べる元気はあるのね」
水を飲み終えると、ようやく気持ちも落ち着いたような気がした。
若者は改めて彼女を見る。
足元まであるふわりとした長い金の髪が陽に照らされキラキラと輝いて、空と同じ色をしたこぼれ落ちそうな瞳は茶目っ気たっぷりに自分を見詰める。
「あなた魔族なのね。私、会うのは初めてだわ」
穏やかに吹いた暖かな風が、彼女の白い衣服を揺らした。
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