76 / 168
第四章
塞翁が馬02
しおりを挟む「俺は……!」
「あら、目が覚めた?」
その声にはっとして、若者は辺りを見回す。
澄んだ空気、青々と繁った緑の布団の上に横になっていた。
見上げれば木々の間から射し込む木漏れ日が若者を照らす。鳥の鳴き声まで聞こえて来た。
いったいさっきまでのはなんだったのか、悪い冗談なのか。いや冗談ではない、確かにあった事なのだ。
若者は少し考えてあぁと思う。
そうか自分は夢をみていたのか、あの悪夢のような日々の、ではこれも夢かも知れない。だっておかしいではないか。直ぐそこにあの泉がある。万物を等しく癒す力があるとされるあの泉、そのそばで、金の髪の少女が何やら水を汲み、自分ににこやかに話かけながら近付いてくるのだ。
どう考えてもこの状況はおかしい。
「ふふ、なんだかさっきからおかしな顔をするのね。何を考えているのかしら」
鈴の音が鳴るような声で聞かれ、思わず彼女を凝視する。
「はい、お水。大丈夫そこから汲んだお水よ。あの泉の水は清んでいてとっても綺麗なの、だから変なものは入ってないわ」
そう言って、水の入った容器を渡された。だがそれを直ぐに口に運ぶ気にはなれなかった。
わかってはいる。この少女は人間だ。きっと自分を追っていた魔族達とはなんら関係ないだろう。
だがもし……何かしらの理由でこの水に毒を盛っていないとも。
「もう、ちょっと貸して」
彼女は渡した容器を取り上げ、中の水をゴクリと飲んでみせる。
するとにこりと微笑み、再度若者に渡した。
「ね、大丈夫よ。ろくに飲んだり食べたりしていないのでしょう?せめてこの泉の水は飲んだ方がいいわ」
そう言われ、ようやく若者は水を口にする、ゴクリと一口飲むともう止まらなかった。
思っていた以上に喉が乾いていたらしい。
「パンも食べれそう?」
さし出されたそれを取り上げ荒っぽくかぶりつく。ただのパンだ。そうただの。けれどもおかしい。こんなにこれは美味しいものだったろうか。
彼女から渡されるものを次々と食べ、全て知っている物のハズなのにどれも妙に美味しい。やはり何か入っているのでは?
と思った時、勢いよく食べ過ぎたせいで、思わずむせた。
「げほっごほっみ、水を」
「はい」
受け取ってまた、勢いよく流し込む。
「ふふふ、慌て過ぎよ。でも良かった。食べる元気はあるのね」
水を飲み終えると、ようやく気持ちも落ち着いたような気がした。
若者は改めて彼女を見る。
足元まであるふわりとした長い金の髪が陽に照らされキラキラと輝いて、空と同じ色をしたこぼれ落ちそうな瞳は茶目っ気たっぷりに自分を見詰める。
「あなた魔族なのね。私、会うのは初めてだわ」
穏やかに吹いた暖かな風が、彼女の白い衣服を揺らした。
2
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

紹介なんてされたくありません!
mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。
けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。
断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?

拝啓お父様。私は野良魔王を拾いました。ちゃんとお世話するので飼ってよいでしょうか?
ミクリ21
BL
ある日、ルーゼンは野良魔王を拾った。
ルーゼンはある理由から、領地で家族とは離れて暮らしているのだ。
そして、父親に手紙で野良魔王を飼っていいかを伺うのだった。

見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています

どこにでもある話と思ったら、まさか?
きりか
BL
ストロベリームーンとニュースで言われた月夜の晩に、リストラ対象になった俺は、アルコールによって現実逃避をし、異世界転生らしきこととなったが、あまりにありきたりな展開に笑いがこみ上げてきたところ、イケメンが2人現れて…。

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~
シキ
BL
全寮制学園モノBL。
倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。
倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……?
真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。
一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。
こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。
今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。
当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる