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第三章
名は体を表す23
しおりを挟む後ろ髪を引かれながら、トボトボと歩き、少しして、清らかな水が湧き出る泉に出た。
魔族の間では聖なる泉と言われ、産まれた子供はここに置き去りにされる。
泉の周辺は空気が清んでいて、人間でもここまで近付けた。
マールはここで彼女達に拾われたのだ。
正確にはあの青年にだが。
泉を抜けると、帽子を目深に被った馬方の男が、木に寄りかかり座っていた。
「あれ?おじさんなんでここに?」
馬方と別れたのは確かに泉と反対側の方だった筈だが、ここまで移動してきたのか。
「おぉマール戻って来たか!無事で良かった良かった」
そう言って頭をポンポンと撫でてくれる。
『いるのでしょ?貴方を心配してくれる方達が』
(……)
「なに少し野暮用でね。あーところで、買い物はどうなったんだ?」
マールが手にしているのは大事そうに持つ包みだけ。その様子におや?と疑問に思った男が訪ねると、マールはハッとした。
「そ、そうだった!忘れてた!おじさんもうちょっとだけ待って貰っていい?」
「構わないよ。待ってる間に他の仕事は済ませて来たんだ。いくらでも付き合うぞ」
「え、そうなの?なんだかすみません有り難うございます」
「ハッハッ!いいって事よ。ところでさっきからなんだかいい匂いがするなぁ」
「あぁ多分」
マールはソフラから貰ったクッキーを取り出した。
「貰ったんです。とっても美味しいので、一口どうですか?」
「お、いいのか?そんじゃあ遠慮なく」
受け取ろうとした男の手が止まる。
「おじさん?」
「あ、いやなんでもないよ」
男は受け取るとまじまじと眺め、クッキーを口にした。
その姿が何かを懐かしむようで、マールは持っていたそれを全て渡す。
遠慮する男に待ってくれるお礼だと言うと、躊躇いながらも嬉しそうに受け取ってくれた。
「……変わらないな」
食べながら、男が何処かを見詰めていて気付く、ここから丁度、あの屋敷がよく見える事に。
『きっとあの人も』
「……おじさん」
「あ、あぁ悪い、ついぼうっとしちまったな。そろそろ移動するか。ここだと店から遠いだろ?」
「そうだね。うん、行こう」
つい昨日、ハクイが言っていた。
長く生きるせいか、魔族は昔の事をいつの間にか忘れてしまうのだと。
けれど本当は、もしかしたら、覚えているんじゃないだろうか。
ただ忘れた事にしているだけで、記憶の奥底に、閉まってしまおうとするだけで。
と、その場を移動しながら、マールはそんな事を思うのだった。
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