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第三章
名は体を表す22
しおりを挟む「マール、いつかきっと、貴方も私達を忘れてしまうでしょう。だから忘れないでとは言わないわ。ただ、また会えて良かった……有り難う」
不思議と、その《有り難う》の一言には、何か言葉で言い表せない思いがこめられているような気がする。
彼女の年を取って皺がより、水仕事で荒れた手が、マールの手をとろうとして躊躇った。マールは大丈夫とその手を握る。
するとソフラは両手でしっかり包み込み握りしめると、まるで成長した我が子を見詰めるように優しげに目尻を下げた。
「さぁ、そろそろ帰らなきゃね。アル様へのお使いだったのでしょう?用が済んだなら早く帰らないと、心配するわ」
「心配?」
「えぇいるのでしょ?あちらにも貴方の事を心配してくれる方達が」
(……心配)
確かにまだ食材も何も買えていないし、何より人を待たせているから、そろそろここを出た方がよさそうだった。
ソフラに促され部屋の扉を開けると、部屋の外には自分より幼い子供達が、今か今かと待っていた。
「マールにぃちゃんおかえりー!!」
「また一緒にいれる?」
キラキラと光る瞳とその言葉に、何故か涙が込み上げそうになって、思わずただいまと喉まででかかった。
「はいはい、マールはもう帰るのよ。一緒にお見送りしましょうね」
動けないでいると背中をソフラに押され、ようやく歩き出す。
庭の出入り口へ向かうまで、屋敷のあちこちから見覚えのある人達が顔を出しては、声をかけられ、そしてついて来る。
庭から一歩でると、マールは振り向いて驚いた。
エプロンドレスの女性や子供達を初め、マールがここでお世話になった人達がごぞって自分を見送る為だけに集まっている。
「み、皆……お、大袈裟だよ」
「だってもう、お前に会えないかもしれないしなー」
「そもそも急にいなくなって本当、水くさいったらないぜ。ちゃんと挨拶をしてから出て行くのが筋ってもんだ」
力仕事が得意な大柄のおじさん達に言われ、思わず苦笑する。
「えっと、ごめんね。有り難う。それじゃあ」
「待ってマール」
ソフラに引き止められ、見ると彼女の手には何かが入った包みがあった。そこから甘い匂いがマールの鼻をくすぐる。
受け取ると中には美味しそうなクッキーが入っていた。
「貴方これ好きだったでしょう。小腹が空いたら食べなさい」
「……うん」
腕にしっかりと抱いて、すぐそこの獣道に向かって、小走りした。
チラリと後ろを伺うと、寂しそうに見送る面々。涙ぐむ者までいる。
振り返って、控えめに、けれど大きな声で
「多分、もしかしたら、また来るかも知れない。ううん。また来ると思う。だから、いってきます!」
皆に背中を向け森に向かって走った。
おぉ行ってこい!いってらっしゃい!
マール兄ちゃんまたねー!
元気でね!気を付けて!
またいつでもいらっしゃい!帰ってらっしゃい!
その言葉を背に受けながら、いいようのない感情が込み上げ、皆から見えなくなると、それを誤魔化すように貰ったクッキーを口にする。
「美味しい」
今初めて分かった。
凄く好きだったソフラのクッキーは、本当に本当に美味しくて、凄く優しい香りと味なんだと。
当たり前過ぎて全く気付かなかったけれど、自分は随分周りに愛されていたのだと。
もちろん自分だって、あそこが大好きだと思っていたけど、違った。
それよりももっともっとずっとずっと、自分が思っていた以上に、あそこが大好で大切な場所だったのだと。
けれど、もう。あそこで暮らす事はない。
もう出来ない。
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