魔王と王の育児日記。（下書き）

第三章

名は体を表す03

「頼む髪を引っ張らないでくれ。引っ張られると凄く痛いし、嫌な気分になる。お前の手はその為にあるんではないぞ」

「へぇーじゃあなんの為ですか？」

青年がわざとそんな事を聞く。

「そうだな。例えば生きる為に物を掴んだり放したり作ったり、自分の思いを表現したり、喜びを共有したり、更には誰かに優しさを分けたりする為と言ったところか？」

赤ん坊はわかっていないのかも知れない、それでも最後まで静かに魔王の紅い瞳を見詰め返していた。
その様子に頬を緩めて、赤ん坊の柔かな亜麻色の髪に手を滑らせ、優しく頭を撫でると、赤ん坊はくすぐったそうな顔をする。

「で、少年よ。お前もわかったな？」

青年は顔をしかめた。

「まさかこの歳になってお叱りを受けるなんて、……誠に申し訳ございませんでした。反省して今後は回数を減らします」
「減らすだけか」

魔王は苦笑したが、その顔は何処か楽しそうだ。

「魔王さま」

控えめに呼ぶ声がした。
いつからいたのか部屋の隅で侍従が困ったように立っている。
どうしたと聞く前に、身支度の手伝いに侍従が来たのにちっとも起きないからと、まるでさっきの言い訳をするように青年が唇を尖らせて言った。

「そうか、それはすまなかったな礼を言う。……お前もな」

そう言って青年と、そして赤ん坊に視線をおくり、寝台から降りて立ち上がった男の顔から先程までの朗らかな印象が消え、魔王のそれになった。

「待たせたな。直ぐに支度しよう」

侍従と共に着替えの為隣の部屋へと向かう。
ふと、足を止めて。
振り返ってみれば窓から離れた青年の髪は、すっかり元のくすんだ黄金色こがねいろに戻っていた。
空色の瞳だけが少し悪戯そうに光り、振り向いた魔王を不思議そうに見詰める。

「どうしたのさ？　これから大事な会議だろ？　こっちじゃ違うんですか？」
「いや……」
「あるんでしょ？　じゃあ早く行きなよ。あ、名前の事忘れないで下さいね。お昼に皆で考えましょーよ」
「あぁそうだな。ところでお前」
「はい？」
「その髪……もう少し労った方がいいぞ」

そう言い残すと背を向け今度こそ行ってしまった。

「髪ねぇ……」


青年はそろそろ伸びて来た髪を指先でつまんで

「今はこれでいいんだけど、ね」

と、呟いた。