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第二章

躓く石も縁の端28

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すると青年は、僅かに瞳を見開いて魔王の顔をまじまじと見詰める。

「おかしい」
「ん? どうした?」
「確かに悪くはないけど、好みじゃないはずなんだよなー、俺はさぁ男ならもっとこう、でも今の顔は結構好きかも」
「……? ……意味がわからんのだが」
「そのまんまの意味ですよ」

青年は灯りを消した。タオルを魔王に押し付けて、寝台に上がると魔王と赤ん坊を越え、壁際の方に潜り込む。

「まさかベッドまで一緒だとは思わなかったなぁ」
「一度川の字と言うのをやってみたくてな。何処かの人間の家族はそうやって寝ると聞いた」
「そんなん他の誰かとやればいーじゃないですか」
「いやそうは言っても、子もいないし、二人以上で夜を共に過ごす事などないからな。私にそんな趣味はない」
「…………誰もそんな事まで聞いてません」

青年はなんとも言えない顔で言うと、体を赤ん坊の方へと捻った。
昼間あんなに泣いていた赤ん坊は今は不思議な程、静かに寝ている。

「……起きないな」

魔王がぽつりと言う。

「……泣いて喚いて寝る暇もなかった」
「あぁ夜泣きですか。赤ん坊ならよくある事です。大変でしたね」
「…………まさか、死んでいるんじゃないだろうな」

魔王は呼吸を確かめようと赤ん坊の口許で耳を済ます。

「えぇ? やめて下さいよ。そんな縁起でもない」

そう言いながらも青年は赤ん坊の心臓辺りに軽く耳を押し付ける。

「あーほら、やっぱり大丈夫ですよ」
「……そのようだな」

二人でほっと胸を撫で下ろし目が合う、思わず笑った。

「魔王さまって本当、変だよね」
「お前もよほど、変だと思うぞ」

相手が何を「変」だと言っているのか、思っていた魔王像と違った。よく知る人間の反応と違う。
そんなところだろうと、二人はその事には特に何も触れず、寝台に身体を預け直す。

「魔王さま。寝相は悪くないですよね? 朝起きたらこの子が潰れていた。なんて冗談でも嫌ですよ」
「ふん、そう言うお前の方こそ問題ないのだろうな?」
「大丈夫です」

「んあー!」

ビクッと二人の肩が揺れる。
寝ているはずの赤ん坊を恐る恐る見ると。
赤ん坊は何やらむにゃむにゃと呟き、また静かに寝息をたて始めた。

「なんだ、寝言か」
「ですね」
「寝るか」
「あ、そうだ」
「まだ何かあるのか?」

寝ようと瞳を閉じかけた魔王が、まだ何かあるのかと眉間に皺を寄せる。

「明日この子に名前をつけてあげましょう。いつまでも《あれそれ》じゃ可哀想ですよ」
「……そうだな」

魔王と青年はお互いの間で眠る可愛らしい小さな女の子に暖かな視線を向ける。


「おやすみ。小さなレディー」
「よい夢を」


ちゅっとおでこと頬に口付けて、魔王と青年もようやく瞳を閉じた。



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