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第二章
躓く石も縁の端19
しおりを挟むハクイは手に持っていたティーカップをテーブルにカタンと置く。
「この人ときたら食べるかも知れんと言って、赤ん坊に近付けたんです。もう思わず皆に気付かれぬようこっそり足を踏みつけましたよ。人間が生の肉を食すなど聞いた事もありませんでしたから、しかもその赤ん坊はまだ歯が生え揃っていないじゃないですか。そのような者が肉を噛み切れる訳がありません」
青年は(出来ればその話、聞きたくなかったー……)と心底思った。
どうやら魔族は人間を本当によく知らないらしい。かくいう人間側も魔族の事をよく知らないが。
(おかしいな。魔王さまって少なくとも1000年以上生きてるんだよな??)
果たして赤ん坊を見たことがないと言うだけでこうなってしまうものなのだろうか。
無知とは本当に恐ろしい。
(無知は罪だな)
などとそんな事を思われているとは露知らず、魔王は「ちょっとすまん」と言って、赤ん坊の口の中を覗く、当たり前だが白い歯は……。
「……お前、よく気付いたな」
「貴方が鈍いだけです。て言うかちょっと考えればわかるでしょうちょっと考えれば。何かしなければと焦る気持ちはわかりますが、もう少し落ち着いて頭を使って下さい。でないとどうせ空回るだけなんですよ」
「か、からまわっ」
「あぁ確かに、魔王さまってそんな感じ」
「なっ! 少年、お前はほんの数時間前に出会ったばかりであろう!?」
「そのほんの数時間の間で充分知れたのでしょう。大変賢い人間です」
「それほどでも」
「お、お前たち、少しばかり意地が悪くないか?」
わいわいと話す三人の姿、まだお茶菓子に手をつける青年の腕から赤ん坊を然り気無く預かると、少し離れた壁際から、その様子をマールは見守った。
(なんかもう仲良くなっちゃってるよ)
マールがそう思うのも無理はない。
ほんの数時間前に誘拐も同然で《こちら》に連れて来られた人間が、臆する事なく魔族の王とその右腕で宰相であるハクイの二人と、当たり前のように普通に会話している。
(普通は知らない所に急に連れて来られたら、警戒したり恐がったりするもんじゃないのかな? しかも相手魔族なんだけど……)
人間なら、魔族と聞くと恐がるか嫌な顔をするはずである。
それこそ魔王なんて恐怖の対象でしかないはずだ。
(なんて言うか相変わらず、図太い)
「おいこーら」
いつの間にか青年がマールの横に突っ立っていた。
「お前ねぇ。その子いつ連れてったの? 気付いたらいないからビックリしたじゃんか。あとなんか失礼な事思ってただろ?」
青年はそう言って隣の壁に寄り掛かる。
「だ、だって。なんかもうやたら堂々としてるんだもん」
「マール、前から言ってるだろ。生き残る為には順応性ってのが大事なの。それに俺が魔王や魔族相手に臆する筈がないだろう? いや、そうであったら困る。それじゃあ《わたし》をやってらんない」
俺はもっと怖い奴等を知ってるさ、と言って笑った。
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