上 下
32 / 159
第二章

躓く石も縁の端19

しおりを挟む

ハクイは手に持っていたティーカップをテーブルにカタンと置く。

「この人ときたら食べるかも知れんと言って、赤ん坊に近付けたんです。もう思わずみなに気付かれぬようこっそり足を踏みつけましたよ。人間が生の肉を食すなど聞いた事もありませんでしたから、しかもその赤ん坊はまだ歯が生え揃っていないじゃないですか。そのような者が肉を噛み切れる訳がありません」

青年は(出来ればその話、聞きたくなかったー……)と心底思った。

どうやら魔族は人間を本当によく知らないらしい。かくいう人間側も魔族の事をよく知らないが。

(おかしいな。魔王さまって少なくとも1000年以上生きてるんだよな??)

果たして赤ん坊を見たことがないと言うだけでこうなってしまうものなのだろうか。

無知とは本当に恐ろしい。

(無知は罪だな)

などとそんな事を思われているとは露知らず、魔王は「ちょっとすまん」と言って、赤ん坊の口の中を覗く、当たり前だが白い歯は……。

「……お前、よく気付いたな」
「貴方が鈍いだけです。て言うかちょっと考えればわかるでしょうちょっと考えれば。何かしなければと焦る気持ちはわかりますが、もう少し落ち着いて頭を使って下さい。でないとどうせ空回るだけなんですよ」
「か、からまわっ」
「あぁ確かに、魔王さまってそんな感じ」
「なっ! 少年、お前はほんの数時間前に出会ったばかりであろう!?」
「そのほんの数時間の間で充分知れたのでしょう。大変賢い人間です」
「それほどでも」
「お、お前たち、少しばかり意地が悪くないか?」

わいわいと話す三人の姿、まだお茶菓子に手をつける青年の腕から赤ん坊を然り気無く預かると、少し離れた壁際から、その様子をマールは見守った。

(なんかもう仲良くなっちゃってるよ)

マールがそう思うのも無理はない。
ほんの数時間前に誘拐も同然で《こちら》に連れて来られた人間が、臆する事なく魔族の王とその右腕で宰相であるハクイの二人と、当たり前のように普通に会話している。

(普通は知らない所に急に連れて来られたら、警戒したり恐がったりするもんじゃないのかな? しかも相手魔族なんだけど……)

人間なら、魔族と聞くと恐がるか嫌な顔をするはずである。
それこそ魔王なんて恐怖の対象でしかないはずだ。

(なんて言うか相変わらず、図太い)

「おいこーら」

いつの間にか青年がマールの横に突っ立っていた。

「お前ねぇ。その子いつ連れてったの? 気付いたらいないからビックリしたじゃんか。あとなんか失礼な事思ってただろ?」

青年はそう言って隣の壁に寄り掛かる。

「だ、だって。なんかもうやたら堂々としてるんだもん」

「マール、前から言ってるだろ。生き残る為には順応性ってのが大事なの。それに俺が魔王や魔族相手に臆する筈がないだろう? いや、そうであったら困る。それじゃあ《わたし》をやってらんない」


俺はもっと怖い奴等を知ってるさ、と言って笑った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

今日くらい泣けばいい。

亜衣藍
BL
ファッション部からBL編集部に転属された尾上は、因縁の男の担当編集になってしまう!お仕事がテーマのBLです☆('ω')☆

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

処理中です...