魔王と王の育児日記。(下書き)

花より団子よりもお茶が好き。

文字の大きさ
上 下
26 / 168
第二章

躓く石も縁の端13

しおりを挟む
 金曜日の夜、大輝から連絡があった。
 時計を見るともう23時だ。こんな夜遅くに電話をかけてくるなんてどうしたのだろう。

「もしもし?」

『もしもし涼香ちゃん? オレオレ大輝』

「……酔ってるのね、今どこ?」

「〇〇町の電光掲示板の前、話したいことがあるんだけど電話で聞いてくれる?」

「あ、やっぱり行くわ。近いし……ちょっと待ってて」

 電話を切ると私服に着替えてカバンを持つ、風呂上がりなのですっぴんだがこの際仕方がない。涼香は慌てて出て行った。

 地元の情報を絶え間なく映し出す電光掲示板の近くの花壇に項垂れた大輝がいた。横に座るとそっと声を掛ける。

「大輝、くん?」

「お、涼香ちゃんだ」

 大輝は涼香と目が合うと嬉しそうに微笑んだ。少年のような無垢な笑顔に思わずつられて笑ってしまう。

「こんなに酔ってどうしたの?」

「んーちょっとね」

「……ちょっと待ってて」

 涼香はすぐそばにある自動販売機に行きミネラルウォーターを購入した。大輝の元へ戻ると蓋を開けて手渡す。

「さて、聞かせてもらいましょうか?」

「…………希……をさ、忘れるのが怖いんだ。忘れられないとは思ってたし、当然だって思ってた。だけど……最近忘れたいと思う自分がいるんだ。最低だろ?」

 絞り出すように話す大輝は痛々しかった。

「そう……叶わない思いを抱え続けるのは辛いから、みんな自然とからと思うんだと思う。でも……簡単に忘れられるなら、苦労しない。それに──」

 涼香はちらっと大輝の方を見た。すぐに視線をまっすぐ前に戻した。

「忘れたいと思うのは、前に進もうとしているって事だよ。悪いことじゃない。罪悪感を感じる必要も、ないよ。希さんは苦しむ大輝くんを見て笑顔になれないよ……最低と思っているのは希さんじゃなくて自分自身だけだよ、誰もそんな事思ってない。希さんは幸せになってほしいって思うに決まってるよ」

 夢で見た切なそうな希は、俺の罪悪感が作り上げた希だったのか……。希に申し訳ない気持ちの虚像か、それとも──。

「希が……」

──大輝、幸せになって……。

 夢の中で聞いた希の声が聞こえる。

 涼香の言うことは間違ってない……涼香の口から出た言葉たちが心に降り注ぐ。傷ついているわけではない、ただ優しい木漏れ日のように心が熱くなる。

 ヤバイ、泣きそうだ。

 必死で堪えて俯く。涼香は気付いたのだろう、ふざけた調子で大輝の肩を横から抱くと、まるで音楽に身をまかせるように左右に体を揺らす。「ふふふ」と笑う涼香に涙が引っ込んだ。

「ねぇ?……大輝くんは希さんを忘れることは出来ないよ……忘れたいと思ったとしてもそれは、出来ない」

「どう言う意味?」

「希さんが心にいるのが大輝くんでしょ、忘れるなんて言い方しないで。希さんの事を思い出して、悲しい気持ちにならなければそれでいいんじゃない? それが大輝くんにとってってことでしょ。無理しなくていいんだって!」

 驚いた。
 忘れるのは思い出さなくなると思い込んでいた。希を思い出してつらい感情が出なくなればいいのだという発想は無かった。

 苦しかった。
 希の存在が大きすぎて……自分の心を占めすぎて苦しかった。


 大輝は思わず涼香を抱きしめた。涼香は驚いたようだが辿々しく背中に手を回すとその大きな背中を撫でた。

「ごめん、変な意味じゃないから。本当にごめん……」

「分かってるから、大丈夫だってば……謝らないで」

 涼香はふっと笑った。きっと大輝くんは泣いている。必死でバレないように、震えないようにしている。

 大事な人を突然失った悲しみは、深い。ゆっくりとゆっくりとまた人を愛せる日がくればいい。思いは、心はそんなに簡単なものじゃないから。

 大輝くんに幸せになってほしい。誰かを大切に思ってほしい。誰かから大切に愛されてほしい。私だったら、笑顔で……。
 え。何?
 一瞬頭をよぎった良からぬ考えに驚く。

 ヤバイ。動揺して脈が早くなる。心友なのに、同志なのに何変な事考えてんのよ……。

 大輝がゆっくりと離れていく。触れ合っていた部分に空気が触れ冷めていく。

「あー、心友が涼香ちゃんで本当に良かったよ」

「うん、当たり前じゃん。私たちは似た者同士なんだから」

 涼香は大輝の肩を強めに叩く。自分のダメな考えを振り落とすように……。

 夜の澄んだ空気で叩いた音が思いのほか響いた。通りを歩いていた人たちが何事かと振り返る。涼香は恥ずかしくなり大輝の腕を掴み夜道を歩き出した。

 大輝はわざと「あー痛いな……痛い痛い」と言いながら大げさに肩を撫でる。涼香は「うるさいっ」と言い更に腕を強く引く。真っ赤になる涼香の耳朶を見て大輝は笑いをこらえた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ペットの餌代がかかるので、盗賊団を辞めて転職しました。

夜明相希
BL
子供の頃から居る盗賊団の護衛として、ワイバーンを使い働くシグルトだが、理不尽な扱いに嫌気がさしていた。 キャラクター シグルト…20代前半 竜使い 黒髪ダークブルーの目 174cm ヨルン…シグルトのワイバーン シグルトと意志疎通可 紫がかった銀色の体と紅い目 ユーノ…20代後半 白魔法使い 金髪グリーンの瞳 178cm 頭…中年 盗賊団のトップ 188cm ゴラン…20代後半 竜使い 172cm

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

皇帝に追放された騎士団長の試される忠義

大田ネクロマンサー
BL
若干24歳の若き皇帝が統治するベリニア帝国。『金獅子の双腕』の称号で騎士団長兼、宰相を務める皇帝の側近、レシオン・ド・ミゼル(レジー/ミゼル卿)が突如として国外追放を言い渡される。 帝国中に慕われていた金獅子の双腕に下された理不尽な断罪に、国民は様々な憶測を立てる。ーー金獅子の双腕の叔父に婚約破棄された皇紀リベリオが虎視眈々と復讐の機会を狙っていたのではないか? 国民の憶測に無言で帝国を去るレシオン・ド・ミゼル。船で知り合った少年ミオに懐かれ、なんとか不毛の大地で生きていくレジーだったが……彼には誰にも知られたくない秘密があった。

【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。

ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。 幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。 逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。 見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。 何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。 しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。 お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。 主人公楓目線の、片思いBL。 プラトニックラブ。 いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。 2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。 最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。 (この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。) 番外編は、2人の高校時代のお話。

「頭をなでてほしい」と、部下に要求された騎士団長の苦悩

ゆらり
BL
「頭をなでてほしい」と、人外レベルに強い無表情な新人騎士に要求されて、断り切れずに頭を撫で回したあげくに、深淵にはまり込んでしまう騎士団長のお話。リハビリ自家発電小説。一話完結です。

処理中です...