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第一章
藁にもすがる07
しおりを挟む「……《そう言う事》か」
ボソリと、青年が呟く。
それは彼にしか分からない意味の呟きだった。
そうこの場では確かに彼にしか分からないのだ。彼しか知らぬ事実への――。
そして少なからず怒りを覚えていた。魔族なら赤ん坊でも大丈夫。と言うなんの根拠もない魔族の子への無頓着ぶりに。
いくら此方での習慣がそうとは言え、それが当たり前とは言え、あんまりではないか。
「ん? どうかしたか?」
魔王が聞くと青年ははぐらかす為、なんとも自然にニコリと笑って。
「じゃ、ここにいる全員子育て未経験なんですね?」
と、口にする。
その言葉に一拍おいてその場の全員の顔が青ざめた。
「言われてみればそうだぞハクイ」
「そうですね。ちょっと不安になって来ましたよ。自分の子さえ育てた事もないのに、いきなり人間の赤子なんてかなりハイレベルです」
「いやでもだから人間を連れて来たし」
「でもこの人間も子育てした事ないんですよ? どうするんですか?」
「って言われてもな」
「だから最初に言ったんですよ。あの赤ん坊どうするんですか? って」
「仕方ないだろう! じゃあお前はあの場に放置してくれば良かったとでも言うのか?」
「そんな事言ってないでしょう!」
多分、魔族のツートップであろう二人が何やらボソボソとモメ始め、周りにいた他の臣下達にも動揺が広がりざわざわとしだす。
(それにしても子育てした事ないのに、よく子育てって言う単語知ってたなこの人達。あ、いや魔族か。……長生きだからか? まぁなんにしろ)
青年はまだ言い合っている二人をよそに、泣き疲れたのかスヤスヤと寝息をたてている赤ん坊に近付くと、そっと抱き上げた。
抱き上げた赤ん坊は青年の腕にすっぽりとおさまる。赤ん坊のやわらかく、温かく、そして心地のいい重さにちょっとでも乱暴に扱うと壊れてしまうんじゃないかと思う。
(魔族の子のように、泉に置いてかれなくて良かった)
「だいいち拾って来といてちゃんと責任はとれるんですか? 失礼ですが魔王さま。そうでないなら無責任に手をだすべきではないと思いますよ。これは命にかかわる問題なのですから」
「その命を見捨てて来たら良かったと言うのかお前は? 前から思っていたがお前ちょっと冷たいぞ!」
「だからそうじゃなくて、ちゃんと責任をとる覚悟があるんでしょうねとわたくしは聞いているんです!」
「あぁあるぞ! ハクイそう言うお前はどうなんだ!」
「勿論ありますよ!」
魔王とハクイはまだモメている。
若干いぬ猫のように話しているようなのが気になるが、彼らにとってしてみたらそうなのかも知れない、と思ったのは今は考えないでおく。
何故なら二人は至って真面目だ。
(にしても、育てる気満々なんだな)
思わずクスリと笑う。
(なんか意外だな……魔族っていったらなんかもっとこう人間の俺なんて直ぐに殺してしまうような血も涙もない恐ろしいもんだと思ってたけど。……まぁ自分の子供を泉に置き去りって風習は、ちょっと納得いかないけどな)
きっと魔族と聞けば誰もが冷酷で冷淡で傲慢で暴力的な恐ろしい者を想像するだろう。
かく言う青年もその一人だった、ほんの数時間前までは……。
けれどどうだ?
今目の前にいる魔族達の間抜けっぷりは、赤ん坊をあやすのにあんなに困ってオロオロとして、それでもなんとかしようと必死に、そんで責任持って育てられるのかー! なんて大の男、いや多分何千年も生きてるような大人、なんて表現するには馬鹿馬鹿しいほど大人の男が、しかも魔王とか言われてる者があんな大真面目に一人の赤子の事で大喧嘩。
(これの何処が恐ろしいってんだか)
見れば見るほど、考えれば考えるほど、おかしいと笑ってしまいそうになる。
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