8 / 168
第一章
藁にもすがる07
しおりを挟む「……《そう言う事》か」
ボソリと、青年が呟く。
それは彼にしか分からない意味の呟きだった。
そうこの場では確かに彼にしか分からないのだ。彼しか知らぬ事実への――。
そして少なからず怒りを覚えていた。魔族なら赤ん坊でも大丈夫。と言うなんの根拠もない魔族の子への無頓着ぶりに。
いくら此方での習慣がそうとは言え、それが当たり前とは言え、あんまりではないか。
「ん? どうかしたか?」
魔王が聞くと青年ははぐらかす為、なんとも自然にニコリと笑って。
「じゃ、ここにいる全員子育て未経験なんですね?」
と、口にする。
その言葉に一拍おいてその場の全員の顔が青ざめた。
「言われてみればそうだぞハクイ」
「そうですね。ちょっと不安になって来ましたよ。自分の子さえ育てた事もないのに、いきなり人間の赤子なんてかなりハイレベルです」
「いやでもだから人間を連れて来たし」
「でもこの人間も子育てした事ないんですよ? どうするんですか?」
「って言われてもな」
「だから最初に言ったんですよ。あの赤ん坊どうするんですか? って」
「仕方ないだろう! じゃあお前はあの場に放置してくれば良かったとでも言うのか?」
「そんな事言ってないでしょう!」
多分、魔族のツートップであろう二人が何やらボソボソとモメ始め、周りにいた他の臣下達にも動揺が広がりざわざわとしだす。
(それにしても子育てした事ないのに、よく子育てって言う単語知ってたなこの人達。あ、いや魔族か。……長生きだからか? まぁなんにしろ)
青年はまだ言い合っている二人をよそに、泣き疲れたのかスヤスヤと寝息をたてている赤ん坊に近付くと、そっと抱き上げた。
抱き上げた赤ん坊は青年の腕にすっぽりとおさまる。赤ん坊のやわらかく、温かく、そして心地のいい重さにちょっとでも乱暴に扱うと壊れてしまうんじゃないかと思う。
(魔族の子のように、泉に置いてかれなくて良かった)
「だいいち拾って来といてちゃんと責任はとれるんですか? 失礼ですが魔王さま。そうでないなら無責任に手をだすべきではないと思いますよ。これは命にかかわる問題なのですから」
「その命を見捨てて来たら良かったと言うのかお前は? 前から思っていたがお前ちょっと冷たいぞ!」
「だからそうじゃなくて、ちゃんと責任をとる覚悟があるんでしょうねとわたくしは聞いているんです!」
「あぁあるぞ! ハクイそう言うお前はどうなんだ!」
「勿論ありますよ!」
魔王とハクイはまだモメている。
若干いぬ猫のように話しているようなのが気になるが、彼らにとってしてみたらそうなのかも知れない、と思ったのは今は考えないでおく。
何故なら二人は至って真面目だ。
(にしても、育てる気満々なんだな)
思わずクスリと笑う。
(なんか意外だな……魔族っていったらなんかもっとこう人間の俺なんて直ぐに殺してしまうような血も涙もない恐ろしいもんだと思ってたけど。……まぁ自分の子供を泉に置き去りって風習は、ちょっと納得いかないけどな)
きっと魔族と聞けば誰もが冷酷で冷淡で傲慢で暴力的な恐ろしい者を想像するだろう。
かく言う青年もその一人だった、ほんの数時間前までは……。
けれどどうだ?
今目の前にいる魔族達の間抜けっぷりは、赤ん坊をあやすのにあんなに困ってオロオロとして、それでもなんとかしようと必死に、そんで責任持って育てられるのかー! なんて大の男、いや多分何千年も生きてるような大人、なんて表現するには馬鹿馬鹿しいほど大人の男が、しかも魔王とか言われてる者があんな大真面目に一人の赤子の事で大喧嘩。
(これの何処が恐ろしいってんだか)
見れば見るほど、考えれば考えるほど、おかしいと笑ってしまいそうになる。
2
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

ペットの餌代がかかるので、盗賊団を辞めて転職しました。
夜明相希
BL
子供の頃から居る盗賊団の護衛として、ワイバーンを使い働くシグルトだが、理不尽な扱いに嫌気がさしていた。
キャラクター
シグルト…20代前半 竜使い 黒髪ダークブルーの目 174cm
ヨルン…シグルトのワイバーン シグルトと意志疎通可 紫がかった銀色の体と紅い目
ユーノ…20代後半 白魔法使い 金髪グリーンの瞳 178cm
頭…中年 盗賊団のトップ 188cm
ゴラン…20代後半 竜使い 172cm

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

息の仕方を教えてよ。
15
BL
コポコポ、コポコポ。
海の中から空を見上げる。
ああ、やっと終わるんだと思っていた。
人間は酸素がないと生きていけないのに、どうしてか僕はこの海の中にいる方が苦しくない。
そうか、もしかしたら僕は人魚だったのかもしれない。
いや、人魚なんて大それたものではなくただの魚?
そんなことを沈みながら考えていた。
そしてそのまま目を閉じる。
次に目が覚めた時、そこはふわふわのベッドの上だった。
話自体は書き終えています。
12日まで一日一話短いですが更新されます。
ぎゅっと詰め込んでしまったので駆け足です。
【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。
ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。
幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。
逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。
見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。
何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。
しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。
お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。
主人公楓目線の、片思いBL。
プラトニックラブ。
いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。
2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。
最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。
(この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。)
番外編は、2人の高校時代のお話。
皇帝に追放された騎士団長の試される忠義
大田ネクロマンサー
BL
若干24歳の若き皇帝が統治するベリニア帝国。『金獅子の双腕』の称号で騎士団長兼、宰相を務める皇帝の側近、レシオン・ド・ミゼル(レジー/ミゼル卿)が突如として国外追放を言い渡される。
帝国中に慕われていた金獅子の双腕に下された理不尽な断罪に、国民は様々な憶測を立てる。ーー金獅子の双腕の叔父に婚約破棄された皇紀リベリオが虎視眈々と復讐の機会を狙っていたのではないか?
国民の憶測に無言で帝国を去るレシオン・ド・ミゼル。船で知り合った少年ミオに懐かれ、なんとか不毛の大地で生きていくレジーだったが……彼には誰にも知られたくない秘密があった。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる