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第9話 姫の母親
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黒い空はやがて、青を取り戻す。夜明けの空だ。
神殿の屋根の上で、私は静かに耳を澄ませていた。先程から、微かな祈りの声が届いていた。神官長のものだ。
この位置から、青の祭壇を直接見ることはできないが、継承の儀式が進行していることはわかる。
アミルとガラドールが青の祭壇の前に立ち、神官長が最後の祈りを捧げている。姫の傍には付き人として母親がいるだろう。
そろそろ、頃合いだ。
私は屋根からぶら下がり。すぐ真下にある窓を覗き込む。そこは三階の廊下。神官長室のある場所だ。
見張りの姿はない。私はそのまま、目の前の窓をそっと開ける。昨日の内に、こっそり内側から鍵を開けておいた。
廊下に滑り込むと、すぐに神官長室の扉が見えた。
静かにドアノブを回す。扉は簡単に開く。鍵がかかっていない。
どうして開いてるの?
クレスは中で何かしらの拘束はされているだろうが、仮にも人を閉じ込めている部屋の鍵を開けておくなんて。あまりに不自然だ。
一瞬ためらうが、ここで悩んでいても仕方がない。クレスを取り戻さなければ。
私は扉を開け、部屋に飛び込んだ。
まず目に映ったのは広い窓。そこからは青の祭壇がよく見えた。
そして、その窓を覗き込んでいたのは。
「どうして、あなたが!?」
思わず声を上げる。
そこにいたのは、アミルの母親だった。
姫の付き人として、儀式に出ているものと思い込んでしまった。確かに声も聞いていないし、姿も見ていない。クレスを見張るために、神官長室に残ったのだろう。まさか、儀式よりもクレスの監視を優先するとは思わなかった。
「待っていましたよ、イアルさん。」
ヒステリックな印象が強い彼女の穏やかな声は、アミルとよく似ていた。大地に水が染み込むように、すっと心に入り込む。
私は努めて平静を装う。
「クレスを返してください。」
「彼は、ここにはいません。」
慎重に部屋を見渡す。ほとんど家具はなく、隠れるような死角はない。確かにここにはいないようだ。
それならば、彼女はどうしてここにいるのだろう。大切な儀式よりも、優先する何かがあるのだ。
「クレスは一体どこにいるんですか?」
母親は優しく微笑んでいる。
「彼には、頼み事を聞いてもらいました。あなたにも、協力してもらいたいのです。」
そう言って、彼女は再び視線を青の祭壇に戻す。
そこでようやく気づいた。
アミルの傍ら、フードを目深に被った付き人がいる。
アミルの母親は目の前にいるのに。代わりに立っている、あの人は誰。
「ガラドールの文書だけでは駄目だった。継承の儀式は、この世界の成り立ちに必要なものになってしまっている。それはもはや、世界の常識。それを壊せるのは、目の前で起こる奇跡だけ。」
どうして、考えなかったのだろう。
妹が姉を思い、がむしゃらに足掻くのならば。母もまた娘を思い、すがりつくこともあるのだと。たとえそれが、微かな希望であっても。
「どうか奇跡を見せてください。あなたと、彼で。」
私の目には、アミルの母親は映らない。
ただただ窓の向こう側の光景に、釘付けになっていた。
突然、姫の付き人が青の祭壇に躍り出た姿に。フードを取り去り、自信満々に笑みを浮かべるクレスの姿に。
神殿の屋根の上で、私は静かに耳を澄ませていた。先程から、微かな祈りの声が届いていた。神官長のものだ。
この位置から、青の祭壇を直接見ることはできないが、継承の儀式が進行していることはわかる。
アミルとガラドールが青の祭壇の前に立ち、神官長が最後の祈りを捧げている。姫の傍には付き人として母親がいるだろう。
そろそろ、頃合いだ。
私は屋根からぶら下がり。すぐ真下にある窓を覗き込む。そこは三階の廊下。神官長室のある場所だ。
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どうして開いてるの?
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一瞬ためらうが、ここで悩んでいても仕方がない。クレスを取り戻さなければ。
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まず目に映ったのは広い窓。そこからは青の祭壇がよく見えた。
そして、その窓を覗き込んでいたのは。
「どうして、あなたが!?」
思わず声を上げる。
そこにいたのは、アミルの母親だった。
姫の付き人として、儀式に出ているものと思い込んでしまった。確かに声も聞いていないし、姿も見ていない。クレスを見張るために、神官長室に残ったのだろう。まさか、儀式よりもクレスの監視を優先するとは思わなかった。
「待っていましたよ、イアルさん。」
ヒステリックな印象が強い彼女の穏やかな声は、アミルとよく似ていた。大地に水が染み込むように、すっと心に入り込む。
私は努めて平静を装う。
「クレスを返してください。」
「彼は、ここにはいません。」
慎重に部屋を見渡す。ほとんど家具はなく、隠れるような死角はない。確かにここにはいないようだ。
それならば、彼女はどうしてここにいるのだろう。大切な儀式よりも、優先する何かがあるのだ。
「クレスは一体どこにいるんですか?」
母親は優しく微笑んでいる。
「彼には、頼み事を聞いてもらいました。あなたにも、協力してもらいたいのです。」
そう言って、彼女は再び視線を青の祭壇に戻す。
そこでようやく気づいた。
アミルの傍ら、フードを目深に被った付き人がいる。
アミルの母親は目の前にいるのに。代わりに立っている、あの人は誰。
「ガラドールの文書だけでは駄目だった。継承の儀式は、この世界の成り立ちに必要なものになってしまっている。それはもはや、世界の常識。それを壊せるのは、目の前で起こる奇跡だけ。」
どうして、考えなかったのだろう。
妹が姉を思い、がむしゃらに足掻くのならば。母もまた娘を思い、すがりつくこともあるのだと。たとえそれが、微かな希望であっても。
「どうか奇跡を見せてください。あなたと、彼で。」
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ただただ窓の向こう側の光景に、釘付けになっていた。
突然、姫の付き人が青の祭壇に躍り出た姿に。フードを取り去り、自信満々に笑みを浮かべるクレスの姿に。
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