さがしびと〜英雄の弟と永遠の姫〜

よもぎ大福

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第8話 姫の妹

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 夜、静まり返った神殿。夜警の兵士達の焚く火が時折爆ぜる。薄暗い神殿を人知れず進むのは、そう難しいことではなかった。

 クレスはきっとこの神殿のどこかにいる。

 貴重な精霊術士は発見次第、術士の養成機関に連れて行かれる。でも、大切な儀式の前に警備の人員を割くわけがない。それでなくとも、一度騒ぎになっているのだから。

 少なくとも今夜はどこかの部屋に閉じ込めておくはず。

 姫からなるべく遠く、逃げ場のないところといえば、そう地下室。

 私は地下へ続く階段を探し、廊下を進む。

 やがて吹き抜けの螺旋階段へと辿り着いた。アラヤザとアラヤミ、そして2人の姫が描かれた絵画が暗闇に溶け込んでいる。

 ガラドールの示した文書が事実ならば、この絵の意味も変わってくる。

 姫はアラヤザとアラヤミをつなぐ伝言役。

 なぜ、いつから、生贄が始まったのか。ガラドールは言った。そこには必ず、人の意思が介在する。

 それを拭い去ることが本当にできるのだろうか。

 私は暗い気持ちのまま、絵の横にある地下へ続く階段を降りる。

 階下からはうっすらとしたランタンの明かりが漏れている。やはり誰かいる。
 気づかれないよう、ゆっくりと音を立てずに階段を降りていく。だが、見張りの姿はない。

 簡易な牢の中には、うずくまる人影があった。

「アルムさん?」

 呼びかけに慌てて顔を上げたのは、海の神殿の巫女アルム。

「イアルさん?戻ってきたのですか?」

「クレスを連れて帰らないと。でもあなたまで捕えられているなんて。」

 罠かとも思ったが、他に人の気配もない。私は鉄柵に歩み寄る。

「父と母は、私がまた儀式を妨害しないよう、ここへ。クレスさんは別の場所で2人の監視下に置くと言っていました。儀式終了後、精霊術士協会に引き渡すとのことです。」

 アルムは申し訳なさそうに頭を下げる。

「巻き込んでしまって、すみません。」

「いいえ、私は巻き込まれたとは思ってないよ。もちろんクレスもね。」

 アルムは笑みをこぼす。

「不思議な人達ですね。あなた達はどうして、儀式を止めようとしてくれたんですか?」

「私はずっと、儀式のこと疑問に思ってたよ。こんなもの、無くさないとって。」

「もしかして、近しい方が儀式で?」

 私は曖昧に笑みを浮かべる。

「あなたの気持ちがわかる、とまではいかないけど。」

 アルムは俯いて、ポツリと呟く。

「私はずっと、儀式は必要だと思っていました。」

 懺悔のように、暗く響く声。

「姉は人々のために命を投げ出す。それは誇らしいことだと。誰よりも尊い、自慢の姉だと思っていました。だから、半年前ガラドールの話を聞いた時、私は信じなかった。」

 ガラドールはあの文書を見つけながら、何故諦めてしまったのか。

 信じなかったのだ。誰もが、耳を貸さなかった。民衆も、役人も、神殿の人々も。姫の妹でさえも。

「儀式の準備がどんどん進んで、姫の装束の衣装合わせに、私も同席しました。私は姉に、とても綺麗だと言いました。そうしたら、姉が泣いたのです。姫になんてなりたくなかったと。初めて、口にした。」

 アルムの顔が歪む。

「私はその時、姉が人間であることに気づきました。」

 彼女を駆り立てるのは、後悔だ。初対面の私達に縋ってでも、儀式を止めようとした。

 人々が勝手な理想で作り上げた、『姫』という土人形。その中に閉じ込められ、海に投げ込まれるのは、生きる意思を持つひとりの女性。それを笑顔で死に追いやろうとした罪を、彼女は償わなければならない。

 牢の中でうずくまる彼女に、掛ける言葉が見つからない。

 アルムも、慰めの言葉を必要としているわけではなかった。

「クレスさんは、おそらく神官長室です。継承の儀式は夜明けとともに始まります。父も母も儀式で役割がありますから、夜明け前に部屋を離れるでしょう。」

 クレスを助け、無事に逃げ出すには儀式の最中しかない。

 つまり、アミルを見捨てるしかない。

 それを承知で、アルムは微笑んでみせる。

「あなたとクレスさんの無事を祈っています。」
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