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第17話 見知らぬ老人

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 陽が落ちても、お城の賑わいは変わらない。

 いくつもの部屋にはまだ明かりが灯り、警備の騎士団員は絶える事なく、代わる代わるやってくる。

 その合間を縫って、私とクレスは城の外を目指す。

 部屋に張り付いていた監視の精霊術士はいなくなっていた。

「信用してくれたってことかな。それなのに抜け出すのも、悪い気がするなぁ。」

「デートはやめておく?」

「やめない!」

 クレスは嬉しそうに手を振る。

 その様子に思わず笑みがこぼれてしまう。

「喜んでもらえてよかった。」

 デートと言っても、ただ城の外にある、私の事務所へ一緒に行くだけのこと。

 ただし、騎士団長はなしで。

 普通に門を出ようとすれば、直ちに通報されるだろう。あくまでも、こっそりと抜け出さなければ
  。

「危険なミッションだけど、何とか俺達で乗り越えよう!」

「いや、城内は別に普通に歩いてればいいんだよ?こっそりとするのは門を出る時ね。」

 気分が盛り上がったのか、クレスは壁に体を貼り付け、慎重に辺りを窺っている。

 楽しんでいるようなので、邪魔はしないことにした。

 城の門はいくつかある。今向かっているのは、勝手口とも言える東門だ。城で働く者達の出入り口であり、この時間でも多くの人達が行き交う。

 家路を急ぐ人達に紛れて、城の外へと飛び出すつもりだった。

 ところが。

「思ってたより、厳しい。」

 門には複数の兵士が立ち、出る人達を一人一人確認している。

 これでは、すぐに気づかれてしまう。

 でもクレスは、待ってましたと言わんばかりに、得意げに胸を叩く。

「そこで精霊術士の出番ですよ。」

 私達は門から少し離れた塀の側に移動する。

 クレスは重ねた手を足下に向け、唱える。

「我が名はクレス。土の精霊よ、ちょっと通してください。」

 軽い口調に似合わず、クレスのゆ足下の土が大きく膨れあがり、人が立って通るのに十分な大穴が現れた。

「地下を通って行くの?」

「そう。結構得意なんだ。兄さんにも、お前はモグラかってよく褒められたよ。

 ただ王都の地下は下水道が通ってるから、気をつけないとね。前に酷い目にあってさ。」

「やっぱやめとこうかな。」

「大丈夫!ちゃんと避けるから!」

 クレスは自信満々に進んでいく。私も恐る恐る後を追う。

「離れないでね。」

 私とクレスと周囲には透明の膜が球状に広がっている。

 前に進むと地面は掘り進められ、その分の土が後ろに送られ、道を塞いでいく。

 本人が言うだけあって、地下の通行には相当慣れているようだ。地図を片手にどんどん進んでいく。

 私には、今自分が王都のどの位置にいるのか、どの深さにいるのかわからない。

「よし、この辺だ!」

 クレスのその声の後、急に視界が開けた。地上に出たのだ。

 手に持ったランタンを高く掲げる。

 ぼんやりと部屋の中が見えてきた。

「ここで合ってる?」

 床を綺麗に修復しながら聞いてくる。

「合ってるよ。」

 私は電灯のスイッチをつけた。

 明るくなった室内を見て、クレスは意外そうに呟く。

「雑誌社ってもっと机が並んで、書類が山積みってイメージだったけど、結構こじんまりしてるんだね。」

「まぁ、私一人でやってるからね。」

「え?雑誌って一人で作ってたの!?」

「そうだよ。弱小出版社だからね。」

 壁の本棚に並んだ雑誌を手に取るクレス。

「すごいなぁ、イアルさんは。」

「すごくないよ。私にもっと力があれば、人を集めて、大きな会社にだってできたかもしれない。」

 鞄からノートを取り出す。

「それ、汽車で描いてた絵本?」

「うん。完成したから、保管しておこうと思って。」

「読みたいな!」

 少し照れくさいけど、せっかくなので読んでもらうことにした。

 クレスは目を輝かせて、ページをめくる。

 子供向けの短い絵本だ。あっという間に読み終わると、クレスは笑顔で誉めてくれた。

「可愛い絵に、優しいお話だね。子供が産まれたら、一緒に読んだりしたい絵本だよ。」

 そこでクレスは、何かに気づいたように、はっとする。

「この絵本はもしかして、俺と結婚して、子供が欲しいと言うメッセージ?」

「大丈夫、違うから。」

「違ったかー。」

「でもねクレスくん、あなたに見せたいものが他にもあるの。」

 その時。

「俺にも見せてもらえるかな?」

 割り込んできた野太い声。

「マクザン騎士団長!どうしてここに?」

「俺はお前の護衛だと言っただろ、クレス。

 さぁ、イアル。案内してくれ。

 ここにいるんだろ。」

 私は大きく息を吐き、隣の部屋へと続く扉を開く。

 灯りをつけると、クレスが驚いて声を上げた。

「棺?」

 そう棺だ。部屋の中央に置かれた黒い棺。

 蓋は開いていて、中で眠る遺体の様子がよくわかった。

 そして中に入っている遺体は。

「えっと、イアルさんのご親戚?何となく鼻が似てるような気がしないでもないかな。」

 クレスは困ったように棺の中と私を見比べる。

 マクザンは遺体を見ても驚かない。

 予想していたことなのだろう。

「マクザン団長は、この人を知っているんですか?」

「ヴィオン・ユラフィスだ。」

 クレスの動きが止まる。

 マクザン騎士団長は重ねるように繰り返す。

「精霊の愛し子、ヴィオン・ユラフィスだ。」

 クレスは怒ったように声を荒げる。

「おかしなことを言わないでください。俺は兄さんとずっと暮らしてたんです!どう見ても、別人だ!」

 クレスは棺を睨みつける。

「こんなお爺さん、俺は知らない!」

 棺に横たわるのは白髪の男性。

 痩せ細った体に、皺だらけの顔。

 クレスの見知らぬこの老人を、マクザン団長はヴィオン・ユラフィスだと言う。

「兄さん、か。

 みんなお前の話を信じなかったそうだな。

 ヴィオンの弟であるには、お前の見た目は若すぎるからだ。」

 誰もが思い描く彼の英雄は、美しい人形のような姿。

 輝く金の髪に、淡い緑の瞳。

 聡明にして優美。

 まさに人間離れした存在。

 そしてそれは、彼の若き日の姿。

 皆が不思議に思っていた。

 どうして年端も行かぬこの少年が、齢80を超えるかつての英雄を『兄』と呼ぶのか。

「ずっと違和感があったはずだ。どうにも話が噛み合わない。お前の知ってる兄と、みんなが話す兄が違いすぎる。違うか。」

 クレスにも心当たりがあるのだろう。

 それでも、疑念を振り払うように叫ぶ。

「それは、俺が世間知らずだし、みんなが兄さんのことよく知らないからだ。」

「そう思わされたんだよ。」

 マクザンの鋭い一声。

「初めから側にいたから、気付けなかった。

 いつも一緒にいたから、わからなかった。

 誰も信じない兄の話を、そいつだけが信じた。」

 クレスがゆっくりと振り返る。

 茶の瞳が揺れ動く。

 そこにあるのは恐れだ。

 恐れているのは、この私。

「イアルさん、違うよね。このお爺さんは、誰なの。この人、どうしてイアルさんの家にいるの?」

 わかっていた。

 いずれこの時が来ることを。

 もう少しだけ、何の憂いもなく、はしゃいでいたかったけれど。

「話をしましょう。私の話と、あなたの話。そして、ヴィオン・ユラフィスの話を。」
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