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第6話 海と語らう者

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 そう、普通に考えればあり得ないことだ。大事な儀式の舞台袖に、無関係の人間を通すなど。たとえ家族の恩人であっても、厳かな儀式に突然の訪問者の席はない。

 それに、感情が表に出やすいクレスの、滲み出る怒りがわからないわけはない。

 つまり海の神殿の巫女アルムは、期待していたのだ。

 私達が儀式を壊すことを。

「考えていたのとは、ちょっと違う展開でしたけれど。」

「でしょうね。私もびっくり。」

「なんで?」

 選別の儀式は大騒ぎの末に中断となり、私達は海の姫アミルに連れられて、神殿の一室に待機している。

 部屋にいるのは、私、クレス、巫女のアルム、海の姫アミル、その父親である神官長と、先ほど姫に付き添っていた母親。

「怒りを通り越して呆れている。」

 神官長がようやく口を開いた。
「あなたは、この儀式がなんたるかをまるでわかっていない。」

 大事な儀式をめちゃくちゃにした犯人達に喚くでもなく、理知的に接してくれているのは、神官長が優しいからではない。得体の知れない精霊術士が、姫に危害を加えないよう、慎重に様子を伺っているのだ。

 部屋の外には、儀式の警備のためにやってきた国直属の精霊術士が待ち構えていることだろう。だが、クレスが姫の隣にいる限り、手は出せない。

「安易な同情は不要です。姫は人々のためにその身を捧げる覚悟ができている。」

「いいえ、死ぬ必要がないのに死にたくないわ。」

 その身に纏う儚げな美しさとは裏腹に、アミルは逞しかった。

「諦めたのは、ただの時間切れ。こんな仰々しい生贄なんていらないって、みんなを説得できるだけの根拠を用意できなかった。」

 アミルはクレスに微笑みかける。

「あなたにはあるのね?どうして伴侶になりたいの?」

 それは私も聞きたいところだ。

 正直、私は姫を攫うしか方法はないと思っていた。過去の大災害は数えるほど。儀式の直後にさえ何も起こらなければ、人々も儀式に疑問を持つ。すでに学者の中には不要説を掲げるものもいる。王族にも反対派は少なくない。何かきっかけさえあれば。

「神殿の奥、青の祭壇に行きたいんだ。儀式のために閉鎖されてて、今は姫と伴侶しか行けないんでしょ?」

 青の祭壇は神殿の最奥部、継承の儀式の最後の場所。すなわち、海の姫とその伴侶が、その身を海に投げる舞台だ。

「青の祭壇に行けば、アラヤミと話せる。」

 思わず耳を疑う。

 今、何と話すって?

 驚いたのは私だけではない。

「海と話すと言うのですか?」

 アルムが疑いの目を向ける。

 クレスは不思議そうに答える。

「そうだよ。アラヤミから、生贄はいらないって言ってもらえば解決でしょ?だって本人がいらないって言うんだから。」
「馬鹿馬鹿しい!」

 声を荒げたのは、姫の母親だ。

「少しでも期待した私が愚かだったわ。」

 取り乱す彼女を神官長が宥める。その顔には落胆が張り付いていた。

 クレスは困ったように首を傾げる。

「海と話すのがそんなにおかしいことですか?精霊術士なら普通のことでしょ?」

 海は精霊ではない。神話ではアラヤミの名を持つが、語らう術も、海を操る術もない。

 だが、クレスは揺るがない。彼にとっては、海も精霊も変わらないのだ。皆が当たり前と思うことが、彼には通用しない。どうして?

 ふと気づく。

 ああ、そうか。

「クレス、あなた見たことがあるのね。

あの人が、海と話すのを。」

 そうだ、クレスは言っていた。前に海の神殿に来たことがあると。

 私の問いに、クレスは嬉しそうに頷いた。

「そうだよ。

兄さんがアラヤミと話すのを見たんだ。」

 そう、彼は英雄の弟なのだ。
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