上 下
164 / 169
番外編

魔女はある時突然に……⑥

しおりを挟む
「どうしたの!?」

ファリーナの見開かれた瞳があたしを捉える。
その表情が良いものか悪いものかの区別がつかず息を呑む。
すると、ファリーナの目から、ポロポロと涙が溢れ始めた。
まさか……効かなかったの!?と、愕然とした時、彼女がボソッと呟いた。

「目を……醒ましました……」

……紛らわしいっ!!
その言葉をあたしは必死で飲み込んだ。

「ほ、ほんと!?良かった。どれどれ?様子を見ようかな?」

と、ラナスに近付く。
彼は薄く目を開け、ぼんやりとはしていたけど、最初見た時よりも遥かに顔色がいい。
呼吸も安定していて、脈もしっかり振れている。

「いい感じね。じゃあ、マリおばさん、今から薬を量産するから、同じ方法で他の皆に飲ませて貰えます?」

「はいっ!お任せ下さいませ!聖女様っ!」

聖女じゃないったらー!
しかし、ここでも訂正する時間が惜しい!!
あたしはなんちゃって聖女のまま、ひたすら特効薬を量産した。




「ふぅ。これでなんとか全員分行き渡ったわね?」

「お疲れ様でございます!少しお休みください。後は私達で出来ますので」

ファリーナが温かいお茶と、毛布を持ってきてくれた。
救える算段がついて緊張が解れたのか、どっと疲れが出てきて、お茶を一口含むともう瞼を開けてはいられなかった。

「お言葉に甘えて……寝ます……」

と言った後のことは覚えていない。
ただ、とても満ち足りた気分で眠りについたのだけは確かだった。


******


---どのくらい寝ていたのだろう。
辺りがガヤガヤし始めて漸くあたしの重たい目が開いた。

「ん……んん?んんん?んんんん?」

目を擦りながら、見えた光景が信じられず、また目を擦る。
そうして、瞼がものすごく赤くなった頃、漸くあたしは覚醒した。

「聖女様ーーっ!!」

そこには人の波があり、何故だか「聖女」を連呼している。
広くない村長の家に、溢れんばかりの人、人、人……。
ちょっと酔いそうなくらいの数にあたしは目を見開いた。

「な、な、な、な、何です?これ?」

「おはようございます!聖女様!」

ファリーナがいい笑顔で言った。

「え、えっと、何事?」

「聖女様のお薬により、村人全員、快方に向かっております!その喜びをお伝えしようと、こうして集まっているのです!!」

「あ、うん。そう。皆、良かったね、うん。良かったね……」

……本当はもっと喜びたい。
「イヤッホーイ!!全員助かったなんて最高ね!!あたし、天才?天才よね?アハハハハハー!!」くらい言いたい……。
でも、周りに先にお祭り騒ぎされちゃあね。

そんな胸の内など知らず、村人の皆さんはしきりに賛美の声をかけてくる。
それに対して「いや、それほどでも」とか「ど、どういたしまして」なんて必死で答えていると、澄んだ声がお祭り騒ぎを収めた。

「皆、落ち着きなさい」

人の波を掻き分け出てきたのは、村長のラナスだ。
彼はすっかり元気になって、足取りもしっかりしている。
それを見てあたしはほっと胸を撫で下ろした。

「聖女様。驚かせて申し訳ありません。皆、嬉しくて仕方なかったのです」

「あ、うん。大丈夫。大丈夫。平気です」

軽く答えると、隣のファリーナがふふっと可愛らしく笑った。
ラナスの腕を取り、見上げるファリーナはとても幸せそう。
良かった。本当に……。

「それで、私、村長のラナスが聖女様に改めてお礼をと……」

「ちょっ、ちょっと、待って!」

「はい?」

村長夫妻は小首を傾げ、村民の皆さんも同じ様に傾げる。

「あたし、聖女ではないのでっ!アリエルという素敵で可憐な名前があるの。だから、そう呼んで?」

「えっ、アリエル様と?」

ファリーナが言う。

「様はやめようよ。もうどうしてもって言うなら、アリエルさんで」

「アリエルさん……」
「アリエルさん」
「アリエル……さん?」

村人が口々に「アリエルさん」と呟き始め、変な呪文を唱えてるみたいになった。
その場のおかしな空気を消し去ったのはやはり村長ラナス。
彼はパンパンと手を叩くと、大きな声で言った。

「では、改めて。アリエルさん!どうもありがとうございます!!この通り皆、回復致しました。それで、薬代のことなのですが……」

「あ。いらないいらない」

「はぁ!?」

ヒラヒラと手を振るあたしを見て、村人全員が示し会わせたように叫んだ。

「そんな……いけません。出張代とお薬代、すぐにお支払いは難しいですが、必ず何年かかっても……」

「いらないってば!」

食い下がるラナスに、あたしはキッパリ言い放った。
だって、そうでしょう??
もともとは、カーズの企みによるものだし、使われたのはあたしの作った毒。
これで、お代をもらうわけにはいかない。
それどころか、払ってもいいくらいだ。

「しかし……」

「いいのいいの。領地の人からは貰わないようにしてるのよ。教会普請も手伝ってくれているし、ね?」

ラナスはそれでも不本意な顔をしていたけど、やがてファリーナに宥められ諦めたようだ。
そして、お代に変わる次の提案をし始めた。

「わかりました。アリエルさんのご厚意に甘えさせて頂きます!そのかわり、ぜひ村の宴にご参加をお願いします。大したおもてなしは出来ませんが、皆の感謝気持ちですから……」

本当は早く帰ってやらなきゃならないことがあるけど……。
でも、こんな風に言われたら、無下に断るのも申し訳ない。

「そ、そうね。じゃあ、ごちそうになります!」

「ああ、良かった!では皆、早速仕度を!!アリエルさんに喜んで貰おう!」

ラナスの声が響くと、村人がそれぞれ駆け出していく。
その顔は楽しそうで、とても幸せそうで、釣られてあたしも笑顔になった。




















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます

下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

皇妃になりたくてなったわけじゃないんですが

榎夜
恋愛
無理やり隣国の皇帝と婚約させられ結婚しました。 でも皇帝は私を放置して好きなことをしているので、私も同じことをしていいですよね?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

わたしを捨てた騎士様の末路

夜桜
恋愛
 令嬢エレナは、騎士フレンと婚約を交わしていた。  ある日、フレンはエレナに婚約破棄を言い渡す。その意外な理由にエレナは冷静に対処した。フレンの行動は全て筒抜けだったのだ。 ※連載

【完結】殺されたくないので好みじゃないイケメン冷徹騎士と結婚します

大森 樹
恋愛
女子高生の大石杏奈は、上田健斗にストーカーのように付き纏われている。 「私あなたみたいな男性好みじゃないの」 「僕から逃げられると思っているの?」 そのまま階段から健斗に突き落とされて命を落としてしまう。 すると女神が現れて『このままでは何度人生をやり直しても、その世界のケントに殺される』と聞いた私は最強の騎士であり魔法使いでもある男に命を守ってもらうため異世界転生をした。 これで生き残れる…!なんて喜んでいたら最強の騎士は女嫌いの冷徹騎士ジルヴェスターだった!イケメンだが好みじゃないし、意地悪で口が悪い彼とは仲良くなれそうにない! 「アンナ、やはり君は私の妻に一番向いている女だ」 嫌いだと言っているのに、彼は『自分を好きにならない女』を妻にしたいと契約結婚を持ちかけて来た。 私は命を守るため。 彼は偽物の妻を得るため。 お互いの利益のための婚約生活。喧嘩ばかりしていた二人だが…少しずつ距離が近付いていく。そこに健斗ことケントが現れアンナに興味を持ってしまう。 「この命に代えても絶対にアンナを守ると誓おう」 アンナは無事生き残り、幸せになれるのか。 転生した恋を知らない女子高生×女嫌いのイケメン冷徹騎士のラブストーリー!? ハッピーエンド保証します。

処理中です...