上 下
142 / 169
王都

142.最終兵器、私。

しおりを挟む
でもそれがわかったところでどうにもならない。
今すぐ各領主に同意を取り付けるなんて無理だし、父はそれを待ってくれるほどお人好しではない。

『お嬢、諦めるのが早くねぇか?』

私の心を読んで、黒スピーが呟いた。
そんなこと言われても、どうしようもないじゃない?

『もう少し粘ってみろや。そうさな、あと5分くらいか』

5分?やけに具体的ね?

『オイ、やるのかやらねーのか?どっちかに決めろい!』

ううっ!
や、やるわよ!
5分ね、5分………ええと、どうする?
はっ!そうだわ!
私は思い付きで父に言った。

「お父様、私、歌いたいと思いますっ!」

『うげぇ!?』

その言葉を聞いて黒スピーは変な声を出したけど、もちろん私以外には聞こえていない。

「……今、ここでか?」

父は首を傾げ、怪訝そうな顔をした。

「はいっ!滅び行く地上の為に、鎮魂歌等を……」

「ふむ。お前が歌を……な。そう言えば、初めてではないか?冥府では家族の前で歌ったことはなかったような……よかろう。お前の切ない気持ちもわかる。存分に歌うがよい」

「ありがとうございます!!」

私はディランの隣から一歩前に出て、指を前で組んだ。
んんっ、と軽く咳払いを一つ。
そして、星が瞬く天を仰ぎ、深く大きく息を吸い込んだ。

『やべーぞ!野郎どもっ!死にたくなかったら耳を塞げーー!!』

黒スピーは、騎士団、ナシリス軍、王女達だけに聞こえる周波数で叫ぶ。
一瞬躊躇した皆は、それでも黒スピーの指示に従い咄嗟に耳を塞いだ。

息を吸い込んだ私は、遥か昔、冥府での出来事を思い出していた。
あれは……そう、まだ妹が小さい頃の話。
癇癪を起こして、泣き止まなくなったからあやそうと歌を歌ってあげたら、途端に妹が引き付けを起こしたのよね……。
その時はたまたまかな、と思ったんだけど、それから歌うと物が割れたり、モヤシが腐ったり。
このことを只事ではないと判断したスピークルムが、歌禁止命令を出し、以降歌うことを止めたんだったわ。
結局、私の歌が引き起こす謎の症状の原因はわからなかったけど、今ここで、時間が稼げるならそれも喜ぶべきことなのかもしれない!

それでは、遠慮することなく最大音量でお届けします!
シルベーヌが歌う「この美しき世界の真ん中で」!

「わーたしぃーはー、こーのー、うつくーしぃーぃーぃー、せぇーかぁいーのぉー、まんなぁーかぁーでぇーぇー」

夜の闇に、私の声はどこまでも響き渡った。
澄みきった空気は、より遠くまで声を届かせ、王宮の建物の構造がさらに声を反響させる。
天然のエコーがかかって、だんだんと気持ち良くなり、私は調子に乗ってビブラートまで聞かせて歌った。

「ぐうぉぉぉぉぉーー…………こっ、これは………」

至近距離で歌を聞いた父は、耳を押さえガクンと膝をつき、後ろにいた軍勢も、ブルブルと体を振るわせ悶えながらのたうちまわる。
しかし、高揚感に支配された私は観客の異常事態には目もくれず、心のままに叫び倒した。

「だぁってーー、わたぁーしぃーーがー、いちばーぁんーー、すきぃーなのぉはぁーー」

『お嬢!!お嬢!もう5分たったぞ!止めてくれ!!お嬢の歌で先に地上が滅ぶぞ!?』

突然、黒スピーが慌てて止めた。
ん?どうしてよー?
やっと気分が乗ってきたところだったのにー!

『見てみろ!全員倒れてるじゃねぇか!』

私の歌の素晴らしさにひれ伏したの?

『アホか!?お嬢はな……音痴なんだよ!!』

………はい?

『はぁー……今までオレ、気を使ってたからなぁ。言わないでやってたんだぜ?ハッキリ言って、お嬢は音痴、お・ん・ち!しかも、妙な周波数が出てやがる。とんだ最終兵器だぜ』

嘘でしょ?私、音痴なの?
慌てて歌を止め、冷静に辺りを見回すと、冥府の軍勢は皆辺りに突っ伏し、父は頭を押さえ、サクリスやナシリス軍、王女達は耳を塞いで蹲る。
その中で、騎士団死人組だけは、微笑みを湛えパチパチと拍手を送っていた。

『あれ(死人組)は、別格だからな。狂信的な愛情であらゆる精神攻撃を防いでるんだ』

黒スピーは呆れて言った。
















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます

下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした

さこの
恋愛
 幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。  誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。  数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。  お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。  片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。  お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……  っと言った感じのストーリーです。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

わたしを捨てた騎士様の末路

夜桜
恋愛
 令嬢エレナは、騎士フレンと婚約を交わしていた。  ある日、フレンはエレナに婚約破棄を言い渡す。その意外な理由にエレナは冷静に対処した。フレンの行動は全て筒抜けだったのだ。 ※連載

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

処理中です...