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王都

112.私はもう、詰んでいる

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地獄の門の奥は、とても薄暗く広かった。
床は黒い大理石で作られ、壁も同じ材質。
円形になった部屋の中央には、椅子が一つだけ置かれている。
とても豪奢なその椅子が、何故か漆黒の拷問椅子のようにも見えて、私は震え目を逸らした。
だけど、逸らした先にあったものを見て更にまた震えることになる。
そこには、大きく立派な寝台があったからだ!!
まさか……話もそこそこに襲われる……なんてことないわよね……。
騎士団が来る時間だけは稼がないと……と思い、ふといい考えが浮かんだ。
なんだ、最初からそうすれば良かったんだわ。
私は勝ち誇ったように、心の中でスピークルムに言った。

襲われそうになったら、魂奪っちゃってね!
お、ね、が、い!

『はぁ!?それがいい考えなんデスかぁ!?だからシルベーヌ様はアホだって言うんデスよ!』

主人の可愛らしいお願いに、従者は声を荒らげた。
しかも、アホってどういうこと!!
この簡単な素晴らしい計画で、全部上手く行くじゃないの!

『………あの……ラシュカ王の命を奪うとどうなります?ルーマンド様になんて言われましたデスか?』

ん?えーと。
命を奪うと同時に軍隊を送りこ………むぅ!?

『やっぱり忘れてたんデスねぇ。そんなことだろうと思いましたよ』

あああああーーー……………。
私はもう、詰んでいる………。
身を守るために王を殺っちゃえば、地上がめちゃくちゃにされる。
でも殺らなければ、私の貞操がっ!!

『もうこの際、そんな貞操なんて捨ててしまえば上手く収まるのではないデスか?減るもんじゃなし』

………この従者、主人を守るどころか、生け贄に捧げる気満々ですよ。

『じゃあ、地上がどうなってもいいんデス?』

良くないわ!それは絶対にダメ!

『もともと、変態王と結婚する予定だったんデスし?まぁ、犬に噛まれたと思って一回くらい我慢すれば……』

犬に噛まれた方が千倍ましだわっ!
犬に謝りなさい!

『それに、シルベーヌ様?団長は死んでますから……どっちにしろ初めては叶いませんデスよ?』

「はぁっ!?なんでそこでディランが……」

「シルベーヌ?」

予想外の名前を聞いて、私はうっかり生声を漏らした。
当然王にも聞こえている。
王は後ろ手に地獄の門を閉めながら、不審そうな顔で私を見た。

「へ、陛下。ええと、何でもありません。部屋の素晴らしさに驚いてしまい感嘆の声を上げてしまいました。お許し下さい」

「……そうか?ムカつく名前を聞いたと思ったのだが……」

王は口の端を上げて目をギラつかせた。
……ムカつく名前?
………はっ!そうか、ディランのこと。
そうよね、殺そうとまで思っていた目の上のタンコブですもんね。

「き、気のせいでございます。私、誰の名前も呼んでおりませんわ。オホホ……」

「………ディラン、と言ったろう?」

「デ、ディラン??」

しらばっくれて首を傾げてみた。

「そう、ディラン……ディラン・ヴァーミリオンだ……いつも、涼しい顔で私を見下し、優越感に浸っているあの男の名だ!思い出しても忌々しい小生意気な眼……あれを抉り出して、領地も全て奪ってやりたいと思っていた」

王は美しい顔を憤怒に歪めて言い放った。
なぜかはわからないけど、王は激しくディランを憎んでいて、逆恨みにも似た感情を持っている。
私は出会ってからのディランしか知らない。
でも、人を見下してそれで優越感に浸るなんて人じゃないと思うわ!
絶対にね!
少しムッとしたのが顔に出たのか、王は私を覗き込み、そして、今度は楽しそうに笑った。

「……くくっ、しかし、そう上手くは行かぬものだな。ヤツはなかなかしぶとく出来ているようだ。そうだろう?シルベーヌ?」

感情のない目で、顔半分を歪めてニタリと笑う、その表情に私はゾッとした。
王は……騎士団がちゃんと領地に帰ってきたことを知っている?
そして、私が一緒だったことも……。
それを誰から?斥候でも放っていた?
あり得るわ。

「陛下……?私はディランという人を知りませんが」

「……恋人なのに、か?」

「なんのことやら……」

どこまでシラを切れるか。
相手は全てを知っているというのに。

「まぁよい。結果は何も変わらんからな。ディラン・ヴァーミリオンは愛する女を奪われて今度こそ死ぬ。いや、殺す」

「なぜ……です?そのディランという人は陛下に何かをしたのですか?」

ここまで言うからには相当の理由があるはず。
私は、恐る恐る尋ねた。

「何も?ただ存在が気に食わない」

「は………え?」

存在が?気に食わない?
何?その子供のような発想は!?

「この世の全ての美しいものは、私のものであるべきなのだ。そして、私以外に美しい男は存在してはならない」

王はうっとりとした顔で虚空を見つめた。
………病んでいる。
とても正常とは思えない。
普通に見えて、会話も出来るけど、根本が歪んでいるのだわ。
心の奥に冷たい何かを感じながら、私は、冷たくなる手を握りしめた。

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