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ヴァーミリオン領
73.悪魔は二度囁く(エレナ)
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おかしいわ……こんなのおかしい。
私は、あの小瓶の中身を確かに鍋に入れた……。
あの悪魔は………言ったもの。
「これで、彼は誰のモノにもならないよ」って。
悪魔の言う通りにやったのだから、完璧なはず……。
なのに、どうして!彼は生きているの!?
あの日、王からムーンバレーへ遠征を命じられたヴァーミリオン騎士団を、私は見送りに行った。
ディランには暫く来るなと言われていたけど、そうは行かなかった。
この日、この時が、悪魔と約束した決行日だったから。
私が子爵邸に行くと、一度彼は眉間にシワを寄せた。
だけど、すぐ何事もなかったように詰所に向かった。
まるで、誰もいなかったという態度にこの時ばかりは胸を撫で下ろしたわ。
私の行動を出来れば、誰にも見られたくはないもの。
それから私は、騎士団詰所の厨房へと早足で向かった。
ここからムーンバレーまでは、馬を走らせれば、そんなに時はかからない。
朝、王命が出たのならば出立は昼くらいになる。
きっと詰所で昼を食べてから出るだろう、と見越していた。
初めてきた騎士団詰所の厨房には、世話役の女がいた。
私がこの間、髪を掴んだ女とは別の女だ。
全く、婦人会だのなんだのとディランに群がる虫のなんと多いこと。
と、怒りが込み上げたが、それもすぐ治まった。
だってあと数時間で、彼は虫どもの手の届かないところに行くんですもの。
そう思うと、怒りどころか笑いが込み上げてきた。
「こんにちは」
私は女に声をかけた。
「あ、えっ!?あの、エレナ様?どうしてこんなところに?」
女は目が飛び出るくらい驚いていた。
ほんとうね、どうしてこんなところにいるのか、私にもよくわからないわ。
「ふふっ、私も騎士団のお手伝いがしたくて。だって、もうすぐディランの妻になるんですもの!」
「は……はぁ……」
女は、首を傾げて私を見た。
女の前には大きな鍋があり、グツグツと汁物が煮たっている。
「その鍋は、彼らの昼食かしら?」
「ええ。そうです。遠征の方だけ早めにとのことで……」
おあつらえ向きね、これに入れてしまえば簡単に済みそうだわ。
でもそれには、女に退場してもらわなくては。
「あなた、何か用事はないの?私が鍋を見てるからそれを済ませて来なさいよ」
だから早くそこを退きなさい。
心の中で呟いた。
「え……っと。エレナ様が鍋を、ですか?」
「そうよ?何?おかしい?」
「いっいえ!……それでは少しだけ、少しだけおねがいします!」
「ええ、わかったわ、ごゆっくり」
女はエプロンで手を拭くと、あわてて厨房を出ていった。
………さて、あとは、これを放り込むだけ。
小瓶の蓋を捻ると、キュッと音がした。
その中の液体はおぞましい色をしている。
紫のような、黒のような、銀のような。
見るからに体に悪そうな毒のイメージだ。
それを、念のために一口分だけ残し、後は鍋にぶちまける。
木ベラで大きくかき混ぜると、おぞましい毒は、その色を煮汁に溶け込ませ姿を隠した。
「誰のモノにも、ならなければいい……」
口から勝手に出た言葉を、私は呪文のように、何度も繰り返していた。
事を終え、私は子爵邸へ戻った。
その間に何人かの騎士団員とすれ違ったけど、名前も顔も知らない男だし気にする必要もない。
執事に用意された部屋で暫く過ごし、昼過ぎになって騎士団の出立を見届けて……。
それから、何故か慌てて迎えに来たお父様と一緒に王都へと戻ってきた。
あと、数時間。
毒は彼の体内をゆっくりと蝕み、頃合いを見てその命を奪う。
その時、何を思うのかしら。
きっと、私を悲しませたことを後悔するに違いないわ。
ふふっ、まぁ後悔しても遅いのだけど、せめて最強を誇るヴァーミリオン騎士団と運命を共にさせてあげるわ。
ね、そうしたら寂しくないでしょう?
それから、暫くして………。
フォード公爵邸に、報せが来た。
ディランの死亡の報せかと思えば、それは、騎士団帰還の知らせだった。
しかも。
騎士団長は、恋人を連れ帰り、可愛がって一時も離さないとか……。
……………………。
誰のものにもならないはずでは?
あら?
いえ。まって?
私は、何か失敗を?
気を失いそうになりながら、必死で考えた。
あの小瓶の中身は、毒ではなかった?
量が足りなかった?
では、ディランは無事に帰ってきて……ええと、それから、どうするの?
「連れ帰った恋人と幸せになるんだよ」
また、悪魔が私に囁いた。
それは、あの時出会った悪魔ではない。
心の中から……私の心の底からそれは囁いたから。
私は、あの小瓶の中身を確かに鍋に入れた……。
あの悪魔は………言ったもの。
「これで、彼は誰のモノにもならないよ」って。
悪魔の言う通りにやったのだから、完璧なはず……。
なのに、どうして!彼は生きているの!?
あの日、王からムーンバレーへ遠征を命じられたヴァーミリオン騎士団を、私は見送りに行った。
ディランには暫く来るなと言われていたけど、そうは行かなかった。
この日、この時が、悪魔と約束した決行日だったから。
私が子爵邸に行くと、一度彼は眉間にシワを寄せた。
だけど、すぐ何事もなかったように詰所に向かった。
まるで、誰もいなかったという態度にこの時ばかりは胸を撫で下ろしたわ。
私の行動を出来れば、誰にも見られたくはないもの。
それから私は、騎士団詰所の厨房へと早足で向かった。
ここからムーンバレーまでは、馬を走らせれば、そんなに時はかからない。
朝、王命が出たのならば出立は昼くらいになる。
きっと詰所で昼を食べてから出るだろう、と見越していた。
初めてきた騎士団詰所の厨房には、世話役の女がいた。
私がこの間、髪を掴んだ女とは別の女だ。
全く、婦人会だのなんだのとディランに群がる虫のなんと多いこと。
と、怒りが込み上げたが、それもすぐ治まった。
だってあと数時間で、彼は虫どもの手の届かないところに行くんですもの。
そう思うと、怒りどころか笑いが込み上げてきた。
「こんにちは」
私は女に声をかけた。
「あ、えっ!?あの、エレナ様?どうしてこんなところに?」
女は目が飛び出るくらい驚いていた。
ほんとうね、どうしてこんなところにいるのか、私にもよくわからないわ。
「ふふっ、私も騎士団のお手伝いがしたくて。だって、もうすぐディランの妻になるんですもの!」
「は……はぁ……」
女は、首を傾げて私を見た。
女の前には大きな鍋があり、グツグツと汁物が煮たっている。
「その鍋は、彼らの昼食かしら?」
「ええ。そうです。遠征の方だけ早めにとのことで……」
おあつらえ向きね、これに入れてしまえば簡単に済みそうだわ。
でもそれには、女に退場してもらわなくては。
「あなた、何か用事はないの?私が鍋を見てるからそれを済ませて来なさいよ」
だから早くそこを退きなさい。
心の中で呟いた。
「え……っと。エレナ様が鍋を、ですか?」
「そうよ?何?おかしい?」
「いっいえ!……それでは少しだけ、少しだけおねがいします!」
「ええ、わかったわ、ごゆっくり」
女はエプロンで手を拭くと、あわてて厨房を出ていった。
………さて、あとは、これを放り込むだけ。
小瓶の蓋を捻ると、キュッと音がした。
その中の液体はおぞましい色をしている。
紫のような、黒のような、銀のような。
見るからに体に悪そうな毒のイメージだ。
それを、念のために一口分だけ残し、後は鍋にぶちまける。
木ベラで大きくかき混ぜると、おぞましい毒は、その色を煮汁に溶け込ませ姿を隠した。
「誰のモノにも、ならなければいい……」
口から勝手に出た言葉を、私は呪文のように、何度も繰り返していた。
事を終え、私は子爵邸へ戻った。
その間に何人かの騎士団員とすれ違ったけど、名前も顔も知らない男だし気にする必要もない。
執事に用意された部屋で暫く過ごし、昼過ぎになって騎士団の出立を見届けて……。
それから、何故か慌てて迎えに来たお父様と一緒に王都へと戻ってきた。
あと、数時間。
毒は彼の体内をゆっくりと蝕み、頃合いを見てその命を奪う。
その時、何を思うのかしら。
きっと、私を悲しませたことを後悔するに違いないわ。
ふふっ、まぁ後悔しても遅いのだけど、せめて最強を誇るヴァーミリオン騎士団と運命を共にさせてあげるわ。
ね、そうしたら寂しくないでしょう?
それから、暫くして………。
フォード公爵邸に、報せが来た。
ディランの死亡の報せかと思えば、それは、騎士団帰還の知らせだった。
しかも。
騎士団長は、恋人を連れ帰り、可愛がって一時も離さないとか……。
……………………。
誰のものにもならないはずでは?
あら?
いえ。まって?
私は、何か失敗を?
気を失いそうになりながら、必死で考えた。
あの小瓶の中身は、毒ではなかった?
量が足りなかった?
では、ディランは無事に帰ってきて……ええと、それから、どうするの?
「連れ帰った恋人と幸せになるんだよ」
また、悪魔が私に囁いた。
それは、あの時出会った悪魔ではない。
心の中から……私の心の底からそれは囁いたから。
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