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ヴァーミリオン領

68.専属料理人

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柘榴亭の『賄い』を食べながら、みんなで新しい限定メニューの名前を考えた。
決まった名前は「女性限定、ワンプレート柘榴ランチ」。
女性のためのランチということもあって、レスタ、給仕の女性を中心にメニュー開発することになった。

楽しい時はすぐに過ぎるもの。
クレバードの短い休暇は終わり、早くも詰所に帰る時間になった。
私は借りたエプロンを脱ぎ、レスタに返した。

「エプロン、ありがとうございます。助かりました」

「……それを言うのはこっちだよ」

「え?」

レスタはそっと私の手を取った。

「また、息子に会わせてくれてありがとうね……」

彼女の目は少し潤み、涙が溢れそうになっていた。
だけど、奥からクレバードが出てくるとそれはすぐに引っ込み、いつもの強気な表情に戻る。

「またおいで!!シルベーヌ様!柘榴ランチ、食べに来てね!」

「ええ!また来ますね!」

看板の前で見送るレスタに手を振り、私とクレバードは、一緒に詰所へと帰った。



「今日はありがとうございます」

「こちらこそ、だわ!美味しいもの食べさせてもらったし。とても楽しかったわ!」

「良かったです……」

「クレバード?どうかした?」

私は少し元気のないクレバードに聞いた。

「いえ………別に」

別に、という顔ではないわ。
でも話したくないのを無理には聞けないし……。
私が考え込んでいるのを、クレバードは察したらしい。

「すみません。シルベーヌ様にそんな顔をさせてしまって」

「ええ??なんで?私のことなんてどうでもいいわ。クレバードが何か心配事があるんじゃないかって、それが気になって……」

クレバードは、一瞬私を見て大きく息を吐いた。
そして、覚悟を決めたかのようにゆっくりと話始めた。

「………昨日の夜、母に告げたんです」

「うん………」

何のことかはわかる。
それを大事な人に告げに、騎士団はここに帰ってきたんだから。

「最初は信じませんでした。ですが、心音が聞こえない、脈がないというのを確認して……漸く」

「そう……悲しんだでしょうね……」

さっきの潤んだ瞳。
それを見てからだと、レスタの悲しみが痛いほど伝わる。

「あまり表情は変えませんでした。いつも通りです。でも、シルベーヌ様にとても感謝していると思います。そんなこと口にはしませんけどね。母は気丈な人なので……」

「そうかしら?」

「え?」

クレバードはじっと私を見た。

「母親って、子供の知らないところで、泣いたり悩んだりしていると思うわ。それは心配かけたくないからよ。大事な子供には笑っていて貰いたいから、ね」

と、偉そうに言ったけど、本当のところはわからない。
でも、もし、私が母親なら、そういった行動をとるのは自然な気がした。

「母は、気丈そうに振る舞っているだけだと?」

「うん。だけど、それをクレバードが気遣っちゃダメよ?」

「え?どうして、です?」

「レスタさんって、そういうの嫌いそう。それよりは、笑い飛ばした方がいいかも。死んでごめん!ってね?」

クレバードの大きな体が、少し震えたように見えた。
彼はこげ茶色の髪を片手でグッと掴み、そのまま顔を伏せる。
泣いて、いるのかな?
そう思って覗き込んだ時、不意にクレバードが言った。

「私は、ずっとシルベーヌ様に付いていってもいいでしょうか?」

「ん?ずっと?」

「はい。何処へなりともお供致したく」

「実家は?いいの?」

「昨日別れは済ませたと思っています。それに、もう私は、シルベーヌ様以外のために料理を作る気がしないのです」

どういう意味??
ずっと、私のご飯を作り続けてくれるってこと?

「クレバード、それって……」

「はい。シルベーヌ様の専属料理人になりたいのです」

専属料理人!!
ということは?

「私は!美味しい食事を!いつでもどこでも食べることが出来ると!?」

そういうこと!?

「あなた様が望むのであれば。いついかなる時にも好きなだけ」

ざっと跪いたクレバードは、そっと私の手の甲に口付けた。
それを見たスピークルムが、ヒューヒューと冷やかしたり、派手にファンファーレを鳴らしたりと、一人で興奮していたことは言うまでもない。












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