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ヴァーミリオン領

63.エレナとシルベーヌ

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収まらない動悸もそのままに、子爵邸応接室前で私は待機していた。
ディランは既に中で、エレナと話をしている。
一番効果的な場面で、私の登場ということらしいわ。

手持ち無沙汰で扉に耳を付け、中の様子を探るけど、声が小さいのか囁く声すら全く聞こえない。
私を置いて出掛けてるんじゃないの?と思うくらい静かだった。

ーーガチャ。
ノブが回る音がして、私はサッと一歩後ずさる。
顔を覗かせたのはディラン。

「シルベーヌ、入って」

「はっ、はい!」

ディランに手を引かれ中へ入ると、向こう側のソファーに座っていたのは、金髪碧眼の人形のような女性だった。
彼女はずっと手元を見ていて、こちらを見てもいない。
その様子にどこか不自然なものを感じた。

「エレナ、こちら、シルベーヌだ」

ディランが私を紹介する。
エレナはふっと目を上げ私を見た。
その目には、何の感情も見えない。
硝子玉のような綺麗な瞳は、私を見ているようで見ていない、そんな感じだった。

「シルベーヌです。こんにちは」

「………………………」

エレナの返答はない。

「ムーンバレーに遠征に行って、彼女と出会った」

そう言ってディランは、私を引き寄せ肩を抱く。

「運命だと思ったよ。こんなに女性に惹かれたのは初めてだ。俺は、彼女を愛している。彼女も俺を深く愛してくれている、そうだね?」

私はコクンと頷いた。
その瞬間、エレナの目の端がぴくんと動いた。

「……それで、どうしたいのかしら?愛人にでもなさるおつもり?言っておきますけど、私との婚約を破棄することは出来なくてよ。御父様が許さないわ」

彼女は初めて言葉を発した。
でもその言葉には刺があり、高圧的だ。
これじゃ、相手を嫌な気分にさせるだけだわ。
と、空気を読まない私が思うのだから相当なものよ。

「ははっ、許さない??許してもらう必要なんてない。君との婚約は破棄させてもらう」

「……馬鹿なことを!私との婚約を破棄して、こんな出涸らしみたいな貧相な女と一緒になるの!?」

出涸らし!?酷い!
酷いけど、何故か斬新だわ。
出涸らしって、言われたのははじめてよ!
エレナって悪口のセンスがあるのかもしれないわ。
いつものスルースキルを発揮する私は飄々としている。
しかし!その隣では、悪口を真正面から受け取った不器用な男が、怒りを露にしていた。

「貧相だとっ!?黙れ!冥府の王女に向かってなんという口を!身分差を考えれば、本来ならここで叩き斬られても仕方ないところだぞ!」

ひいっ!ごめんなさい!
と、何も悪くない私がつい謝ってしまうほど、ディランは激しく恫喝した。
あ、あとね、怒るところ間違ってるわよ。
「貧相」で怒るんじゃなくて、私としては「出涸らし」で怒ってもらいたいところです!

そんな激しい恫喝にも負けず、エレナは睨みながら黙ってディランを見上げる。
もう出涸らしの存在など忘れたかのように、射るようにディランだけを見つめていた。

「…………少し……考えを纏める時間を頂戴。今日はここに部屋を用意してもらえるかしら?」

「わかった。良く考えるといい。ウェストウッド、頼む」

ディランはドアの外に声をかけた。
すかさずウェストウッドがやって来て、エレナを伴い部屋を後にすると私達はふーっと深く息を吐いた。

「どうなの?これ、作戦あまり関係なかったんじゃない?」

「そうでもないだろう……それよりも……嫌な思いをさせてすまない」

ディランは目を伏せた。

「別に?あんなのはなんでもないわよ?気にしないのが私の長所?唯一の取り柄かしら?」

出涸らしっていう、新しい悪口も覚えたことだし?
ふふ、と微笑んだ私に、ディランも釣られて笑った。

「君は人間が大きいよな。器がデカイというか、徳があるというか……」

こんな欲望の権化に何を言うのよ。
欲が服着て歩いてるみたいな人間なんだけど?
そんな意味のわからない誉め殺しより、今は………。

「えっと!エレナのことだけど……何か様子が変だったわよね……動くかしら?」

「そうだな。動くとしたら、今夜だろう。騎士団にもそう伝えないとな。あと、今夜君は、母の部屋でフレアと待機だ。鍵がかかるし、隣の部屋でフォーサイスが見張るから」

「うん、ありがとう。でも、私に何かしそうにはないわ。するとすれば……」

「俺か………まぁ、受けてたつよ。もう、死ぬこともないし」

と、ディランは能天気に笑った。











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