助けた騎士団になつかれました。

藤 実花

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ヴァーミリオン領

53.母の部屋

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連れてこられた本宅は、思いの外、こじんまりとしていた。
もともとそんなに大きくなかった屋敷を、増築をして広げたという感じだ。
鉱山で大儲けしている領主の家にしては、華美でなくどちらかというと、趣のある造りになっている。

「お帰りなさいませ。ディラン様」

玄関を入ると、落ち着きのある低い声がディランを呼び止めた。

「ああ、ウェストウッド」

そう呼ばれた執事は、細身で長身の白髪で、お洒落なメガネをかけている。
ディランと一緒に振り返った私が、軽く会釈をすると、ウェストウッドは目を丸くして驚いた。

「なんと……これは、ディラン様。この方は?まさか、どこかで拐って……」

「そんなわけあるか!!この方は、シルベーヌ様といって、我ら騎士団の恩人だ。訳あって行動を共にしている」

「そうでございましたか……それはとんだ失礼を申しました」

な、なんで、拐ってきたと思ったのかな?
そんなことを考えていると、ウェストウッドに穏やかな笑顔で頭を下げられた。

「それで、シルベーヌ様とどちらへ行かれるのですか?」

「母の……母の部屋へ行く」

その答えに、またウェストウッドは溢れるくらい目を見開いた。

「………………なんと申しました?」

「母の部屋へ行くと言ったんだが」

「…………わかりました。それでは、鍵をお持ちします。そのままお待ちください」

びっくりした顔のまま、ウェストウッドは鍵を取りに戻った。
その態度が気になった私は、素直にディランに聞くことにした。

「ねぇ、ディランのお父様とお母様は?」

「……父は昨年、母は俺が5歳の時に死んだよ」

「そうなの……それは、お気の毒に……」

「母のことは少ししか記憶にないし、父とはあまり思い出もない。そんなに気の毒でもないな」

「そんなこと言って……」

ディランの表情から、後半は真実のような気がした。
だけど、前半、母親のことを口にしたとき……。
寂しげな瞳をしたことを、きっとディラン自身も知らないんだと思った。


*****

「さぁ、どうぞ」

3階の突き当たり、朝になれば柔らかな日差しが射し込むであろう部屋の鍵を開け、ウェストウッドは微笑んだ。
そして、ディランと私を中に入れると、気配もさせず場を辞した。
ほんのりカンテラの光が照らす中、ディランはそっと私を下ろし、大きな衣装棚を開け中を確認する。
後ろから見ていた私は、そこから流れ出る優しい香りにうっとりとした。

「爽やかな一陣の風。そんな香りがするわ」

「……俺の母の記憶は、小さい頃のものしかないが、風……うん、そんな人だったような気がするよ。実は俺がこの部屋に入るのは、母が死んでから初めてなんだ……」

その一言で、ディランが母親にどんな思いを抱いていたかがわかる。
私は思わず、ディランの背中に手を添えた。
別にどうってことない、ただそうしたかったからしたことなのに、ディランはびっくりしてこちらを見た。

「シルベーヌ様は、なんだか母に似ている」

「あら、そうなの?嬉しいけど複雑ね」

「複雑か?」

「だって、こんな大きな息子、産んでないもの!」

そう言うとディランはあははと大声で笑い、次の瞬間、力任せに私を抱き締めた。

「もう、何よ?」

「何でもない。ただ、こうしたかっただけだ」

ただ、そうしたかった。
ただ、こうしたかった。

人の感情はどうして、いつも曖昧なんだろう。
これが、はっきりわかるものならば、人間関係、苦労することもないだろうに……。
感じたことのない複雑な思いを抱え、いつものように私の体は、寸分の狂いもなくディランの腕の中の一部となっていた。
















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