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ムーンバレー地方

35.サクリスの怒り

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バナナという食べ物は、私の全ての想像を超えた。
まず食感。
柔らかくもっちりとした歯触りで、更に食べたいという欲求を煽る。
そして、味!
これは、神の食べ物だろうかー!というほど甘い。
余りの甘さに、堕落してしまいそうになる。
この、人を駄目にする「バナナ」を食しながら、私はサクリスに自分の不思議な性質について話した。

「へぇ。冥府の人も大変だよなぁ。太陽の光に弱いなんて……でもそれでよく地上で暮らそうなんて思ったよな。不安じゃなかったのか?」

「もにゅ……まぁ……もぐ……地上に興味もあったし……もぎゅもぎゅ……」

既に2本のバナナを平らげ、3本目のバナナをむくと、勢い良く口に放り込む。

「………くくっ。食べる時のマナーを気にしたのに、食べながら喋るのか?それはマナーとしてどうなんだ!?」

サクリスは、頬いっぱいにバナナを詰めた私を見て、お腹を抱えて笑い、

「リスか!?」

と、叫んだ。

私は口の中のものを急いで咀嚼し、飲み込むと、サクリスに手渡された水をゴクンと飲み干した。

「サクリス。これは、悪魔の食べ物ね?この、悪意の欠片がない私をこんなにも堕落させるなんて!恐ろしいっ!!マナーなんて忘れてしまうほど、堕落するなんて!!」

そう言いながら、最後のバナナに手をかけた。

「落ち着け。バナナはナシリスの特産品だ。いくらでもあるから、そう必死にならなくても食わせてやるよ……それよりも、もっと大事な話をしよう」

サクリスは神妙な顔をして、ベッドに腰かけた。
その様子に私も渋々バナナをトレーに置き、彼を見た。

「今、ラシュカがどんな状況か、君は知っているか?」

「ラシュカの状況?いえ?私が知っているのは、ラシュカがこの地上で一番力がある、ということよ?」

「うん、まぁ、間違ってはない。だが、それは先王の頃の話だな」

「……今は、違うの??」

サクリスは難しい顔をして、腕を組んだ。

「今の王に変わってから、体制が随分変わった。税率が跳ね上がり、領地経営が厳しくなった。これは地方の裕福でない領地にとっては大打撃となる。今まで、なんとかやってこれた所など、税率が上がったら自分達の生活だけで精一杯だ……当然、外れの小さな村のことなんて気にかけていられない」

「まぁ……なんてこと。それは、どうしても必要な政策だったのかしら?」

「違う。王が考え無しなだけだ。大方、腹黒宰相に操られてるんだろう。ラシュカは十分な国力があるし、ヴァーミリオン領からは、珍しい石が出る。その石は他国とかなりの高値で取引されているからな。ヴァーミリオン領からの税だけでも国庫の半分は賄える」

ヴァーミリオン……ディランの領地のことね。
他国からもそんな風に見られるくらいに、凄かったなんて……。

「うーん……それは……欲をかいた、ってことなのかしら?」

「そうだろうよ。地方の民の生活なんて考えてない。小さな村で生きている人をゴミ扱いだ。だから、ナシリスへと逃げてくる者が出るんだ!!」

サクリスは声を荒らげ、膝を拳で打つ。
彼の辛そうな表情に、私の胸も痛くなった。
それと、同時にあることが頭を過る。
もしや、ムーンバレーの民も?

「サクリス……ここの……ムーンバレーの民も、ナシリスへ逃げ込んだのね?生活に困って……」

サクリスはため息と共に頷いた。





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