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ムーンバレー地方

12.嵌まるシルベーヌ

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そして、時刻は真夜中を過ぎ、闇はその色を更に深くしていった。
それと同時に、私の空腹も更に増した!
騎士団は食べなくても平気だけど、私は食べないと間違いなく死ぬ。
冥府人は、冥府と冥鏡と魂の管理を任されてるだけで、構造は普通の人間と一緒だから!
ぐーーぅと鳴り続けるお腹を、悲しく抱える私。
そんな私に、ディランは可哀想なものを見るように言った。

「よくよく考えると、人間とは不便なものだな。腹を満たさねば生きられぬとは……」

いきなり悟るのやめてくれない?
自分だって、ついさっきまで不便な人間だったくせに、人間やめた途端、賢者のようになっちゃって!

「不便で悪かったわね……ああ……何か……何か……食べる物を……」

譫言のように呟いた私は、力尽きて玄関の床に倒れ込ん………だ?と思ったら、冷たい腕にグイッと拾い上げられた。
力の入らない体は、その腕に引き寄せられ、固い胸板にポスンと収まる。
ぐーぐーと鳴っていたお腹も、驚いて一瞬ピタリと鳴くのを止めた。
え、と……今、何が起こってるの??

「大丈夫か?」

頭上からディランの声がする。
……どうやら、彼の腕の中、のようね。
……冷静に見える?いいえ!もう脳ミソ弾けそうよ!!

「え?あ?う?ああ、ううん、うん」

「どっちなんだ?!」

そう言ってディランは、あははと大声で笑った。
だから……あはは、じゃない……。
騎士様はそうやって婦女子を抱え込むのは日常茶飯事かもしれないけど、こっちは、免疫のない冥府産の田舎娘。
そうやたらと色気を出さないでもらいたいわっ!

「大丈夫……もう、離して」

「………そうは見えない。ふらついて今にも倒れそうだ」

と言い、今度は私を抱えあげ、その胸の中にスッポリと納めてしまった。
細身の私の体は綺麗にディランの腕の中に収まって、体を揺すってもびくともしない。
そのくらい見事に嵌まっていた。

「ディラン……」

「何だ?」

「動けないわよ」

「動く元気もないくせに。ここで大人しくしてるといい。余計な力を使わないで済むだろう?」

確かに力は使わない。
だけど、気を使うのよ!!

「そのうちロビーが何か食べられる物を持って帰るだろう。そうしたら、クレバードに料理してもらうといい」

「……え?!ロビーが!?で、クレバードって誰!?」

私は俄然元気が出て、ディランの首もとを掴んだ。

「ぐ…………」

「あ、ごめんなさい」

「い、いや。平気だ……ロビーは、野草を知ってるって言ったろ?それに、気が利くやつだからな。シルベーヌ様が腹を空かしているのも、薄々わかっている筈だ」

ロビー!!なんて使える男!!

「クレバードは……ほら、そこにいる奴……」

ディランの視線を辿ると、そこにはスレイの指示で、石を運ぶ大男の姿があった。

「あの、大きい人?」

「ああ、それがクレバードだ。ヤツは料理人でかなり腕もいい。遠征でシカやイノシシを狩って食べるときも、臭みなく食べやすく調理してくれる」

「まぁ………」

みんな、なんてお便利なの。
私はうっとりとクレバードを見た。
ヴァーミリオン騎士団、最初貧乏騎士団だと思ってしまってごめんなさい。
ラシュカで一番、使える騎士団だったなんて、もう、スピークルムと交換したい!!
騎士団の魂を戻し、力を使いすぎたスピークルムは、ただいま休眠状態。
彼は私の邪な考えも知らず、呑気にスピー……と寝息をたてていた。



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