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ムーンバレー地方

2.離宮?廃村?ここは誰もいない場所

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それから、私はすぐに離宮へと送られた。
すごく揺れる馬車に乗せられ、一人の馭者と共に半日ほど行く。
乗り物酔いをする性質ではなかったが、揺れの酷さに私のお尻がもう限界だ。
ただでさえ肉が薄いのに、こう直接振動がくるとね……。
私は立ったり中腰になったり、ひとりで工夫しながら耐えた。
そして、もう我慢の限界を越えようとしたとき、馬車は止まった。

「着きました……」

一言いうと、馭者は私を下ろしすぐさま去った。
いや、そんなにすぐ帰らなくても……と、声をかける暇なんてない。
厠にでも行きたいのか!?
という程の慌てようだったからだ。

仕方なく辺りを見回すと、そこは村の入り口のようだった。
時刻は宵の口といったところ。
新月なのか月の姿は見えず、冥府のように仄暗い。
離宮があると聞いていたけど……村の奥にあるのかしらね。
と思い、歩を進める。
一軒二軒と民家を過ぎ、三軒目に来たところで、私は足を止めた。

誰も住んでいない!?
目に入る民家は、明かりもなく人気もない。
そんなバカなと奥へ奥へと進む。
すると、村を通り越し森が眼前に現れた。
いつの間にか村の外れまで来たらしいが、ここに来るまで人どころか犬一匹いなかった。

「スピークルム?」

私は胸元の首飾りを握り、立ち止まり、一言呟く。

『…………はいデス』

と、返事が一つ。

「誰の気配もない?」

『………誰もいないデスね』

あらら。
本当に廃村だわ。
これは、本当に離宮があるのかどうかも怪しくなってきた。
困ったわ……。
地上に来る際、世話係を誰も連れてこなかったのよ……。
ラシュカ側も侍女がたくさんいるから必要ないって言ってたし、冥府の城から私に付いてこようという猛者はいなかったからね!!
冥府人は太陽に弱い。
暗い地下から明るい地上に出るには、それなりに危険が多く、王家の比較的丈夫な私ですら、顔に湿疹が出来たりする。
他の弱い一般冥府人は、きっと太陽で爛れてしまうかもしれない。
そんなわけで一人での訪問となったのだけど、まさかこんなことになるとはね……。
離宮に行けと言われた時も、当然誰かがいるものだと思っていた。
それが、本当に一人とは!!
スピークルムしか話相手がいないなんて……鬱になるわー………。

私が冥府から持ってきたのは、この『スピークルム』だけだ。
鏡が付いた首飾りなのだが、これ実は魂呼びの鏡というお便利道具。
冥府の大鏡『冥鏡』とこちらを繋いだり、魂を呼び寄せたり、魂を憑依させたり。
王族は一人に一体、この魂呼びの鏡が側近につく。
鏡は何でも知っていて、主人のあらゆる疑問に答えてくれ助言もする。
彼らは個体差が激しく、性格もまちまちで、たまに気が合わない鏡と当たってしまうと最悪だ。
私とスピークルムは、気が合うほどでもなく、合わないこともない。
普通だ。
ただ、気になる点がある。
必ず語尾に『デス』を付けるのなんで!?
と言うことを、未だに私は聞けずにいるのだ。

「この先に、屋敷ってある?」

『………範囲計測中デス…………あ!』

「あ?」

『あるようデスが。化け物屋敷デス……』

「は!?ちょっと!今、化け物屋敷って言った??」

『生体反応無しデス』

何だ………誰もいないんじゃ……

『死んだ人は、いっぱいいますが……ヒヒヒ……デス』

………ヒヒヒ……て。
ご飯が一杯で嬉しいの?
スピークルムの主食は人の魂。
それも、上質なものほど美味しいんだそう。
でもね!
私のお腹は満たされないんだけど!!

「はぁ……とりあえず行くしかないわね……」

『ご飯デス……ヒヒヒ……デス』

スピークルムの揚々のない声が、薄闇の廃村に響いてゾッとした。
冥府で慣れてる私ですら、これなんだから、地上の人間なんて腰抜かすかもね。
私は廃村の奥へと進み、スピークルムに導かれるまま、現れた森の中へと入った。






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