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プロローグ

1.殺さないであげます

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私の前には今、とても美しく若い王がいる。
玉座に座り、足を組み、右手で頬杖をつく。
地上で一番の大国ラシュカ。
その王にふさわしくキラキラと金の髪を靡かせ、薄い茶色の瞳で私を見ていた。
跪いた私は、目深に被ったフードを取り、ゆっくりと顔を上げた。
美しい王は少し前のめりになる。
だが………。
私と目を合わせた瞬間、その瞳から輝きが一気に失われた。

「なんだこの醜女ブスは……冥府のシルベーヌと言えば、世界で一番の美女と聞いている!それがどうだ……痩けた頬、蒼白い顔、くぼんだ瞳……ガリガリに痩せ、おかしな湿疹まで浮かんでいるではないか!!」

ああ…………。
それを言っちゃうのですね……。

「どういうことだ!冥府は私を謀ったのか!?」

美しい王は激怒した。
目の前の自分の妃になる女が、とんだ醜女ブスだったのだから無理もない。
だが、私はそうも言ってはいられないのだ。
それは、ある命が下されていたから。

『外見でお前を判断し、結婚を止めるような男なら、その場で命を奪え!それを合図に、地上に軍隊を送り込み、冥府と同じ光差さぬ世界にしてやるわ!』

これは父王、ルーマンドから私に下された命令。
私の国アルハガウンは冥府(地下)にある大国。
死の軍隊を持っており、人の魂を管理する冥鏡をも支配下においている。

それまで、お互いに干渉することの無かった地上と冥府。
その関係が変わったのは、ラシュカ国からの使者が冥府に現れてからだった。
使者は、冥府に色鮮やかで、珍しい貢ぎ物を沢山持ってきた。
中でも宝石の類いは見事で、父は度肝を抜かれたらしい。
気を良くした父に、ラシュカの使者は、本題を切り出した。
自国の王と冥府の姫の婚姻だ。
白羽の矢がたったのは、一の姫である、私。
私に関しては世界中で密やかな噂があった。

『冥府のシルベーヌは、宵闇の女神。その美しさは世界一』

という、迷惑な噂が。
ラシュカの王は、それを真に受けて私をご指名、そうして私、シルベーヌ・ニグロム・アルハガウンはここにやって来たのだけど。
ご覧の通りのこの結果である。

父はこうなるのをある程度予測はしていたのだろう。
素晴らしい貢ぎ物を見て、地上を手に入れたい野心が出来た父は、これを征服の足掛かりにしようと思っていたのだ。

「私の顔がお気に召しませんか?」

と、尋ねてみれば、

「当たり前ではないか!」

間髪入れず答えが返る。

相当ガッカリしたんだわ……。
一体どんな美女を想像したんでしょうね。
私は憐れみを込めた目で王を見た。
すると、ラシュカ国宰相が口を挟み言う。

「しかし、王よ。婚姻はもう決まっております。約束を反故にすることは出来ません。反故にすれば、アルハガウンが攻めて来ます。それにこちらからシルベーヌ様を、とお願いしたのですから……」

「わかっている!!どうしたものか……これを毎日見るとなると……なんとも気分が悪いものだ……」

コラ!
本人が目の前にいるのに失礼な。
私じゃなかったらキレているわよ。
更に王は続ける。

「……確か国境沿いの村に古い離宮があったな。そこに行かせるか……」

古い離宮?
私は首を傾げて王を見た。
その仕草がとても気に入らなかったのか、王は嫌そうに顔を背けた!!
わー、あんまりですよー?人として!

「とにかく……一旦そちらへ行け……何かいい方法を……考えるから」

王は息も絶え絶えに言った。
だけど、彼は今、自分の命が絶えそうになっているのには気付いていない。
私はかけている首飾りを握りしめた。
今この手の中には、ラシュカ王の命を簡単に奪えるモノがある。
それに命じれば、魂は吸いとられ冥府へ行く。
つまり、死ぬ。
……………………………。
でもそうすれば、私の願いは叶わない。
その願いは、

『色鮮やかな世界で暮らしたい』

というもの。
冥府は暗くて、寒くて、色がない。
それに比べて地上はどう?
溢れる色の洪水だ。
豊かな緑、透き通る青、潤う大地に燃える太陽。
全て冥府には無いものだった。
父は私がこの王の命を奪った瞬間、兵士を送り込むだろう。
冥府に王の魂が入り込めば、すぐにわかるからだ。
そして間もなく死の軍隊がやって来る。
疲れることなく暴れまわる悪鬼のような者達が……。
この美しい世界も、色の無い冥府のような世界に変わってしまうのだ……。

「仰せのままに」

私はそう答えていた。
暗い冥府から抜け出る、やっと訪れた機会。
それを、こんなことで潰せない……。
古い離宮だろうが何だろうが、地上にいられるなら問題はない。
しかも、王を殺さなければ父にバレる恐れもない!!

ふふ、ラシュカ王よ……えーと、名前何だっけ?
………まぁ、いいわ。
すごく残念属性だったけど、殺さないであげます。
全ては私の幸せのために、だけど。
















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