117 / 120
番外編
カッパーロ、夏場所!⑫
しおりを挟む
「では、両者。続けて行うが、準備は良いか?」
狐様は四本の尻尾を優雅に揺らし言った。
「僕は準備出来てるよ!」
「わ、私も大丈夫ですっ!」
とは言ったけど、作戦も何も考えてない。
桃色金魚が、思いの外強者だったことに動揺していたのだ。
そして、その動揺は戦い方を見て、さらに深いものになったのである。
相手の力を利用して反撃する私に対し、俊敏さで隙を付く桃色金魚は、とても相性が悪いのだ。
どちらも、反撃狙いのため、決着の付け方もわからない。
「お梅よ。本当に大丈夫か?顔色が悪いような……」
とぼとぼと仕切り戦に近づく私を狐様が覗き込む。
いけない!集中しなければ!
「い、いいえ?全く?」
「ふむ。ならよいが」
「ビビったのぉ?そうだよねぇ。僕、強いもんねぇ」
桃色金魚が口を挟む。
挑発にのってはいけない。
カッとなって突っ込んだ所に反撃するのが狙いなのだ。
私は冷静に返した。
「そうですわね?桃……三左さんはお強いです。一体どこでどのような鍛練を?」
「知りたい?」
「ええ。是非とも!」
「仕方ないなぁ。あのね、僕、サユリちゃんのおじいちゃん、剣豪秋山藤四郎先生の一番弟子なんだー」
桃色金魚は聞き捨てならないことを言った。
なんですって?
師匠のお祖父様……てことは……大師匠じゃないの!?
「なんてことでしょう……強いはずだわ。きっと血が滲むような鍛練をなさったのでしょうね?」
私はしみじみと言った。
すると、桃色金魚は顔色を変え、何かを思い出すようにガタガタと震えた。
「お、思い出すだけで、凍りつくような修行だったよぅ……実際、何度か三途の川を見たし……」
「そ、そのような厳しいものですの!?」
大師匠トウシローの修行。
それは、想像を絶するものだったようだ。
桃色金魚の強さも、厳しい修行の末会得したものなら納得出来る。
ならば!
私も胸を借りるつもりで戦いましょう!
そう決意すると、心の動揺は消えた。
そして、死と隣合わせで修行に望んだ「桃色金魚」改め「三左さん」と、この晴れ舞台で闘えることに感謝した。
今、私の心は、凪の海のように穏やかである。
「お喋りはそのくらいにしておけ。はよう始めんと、周りからヤジが飛ぶぞ?」
イライラした狐様の声に辺りを見回すと、観客達が「まだか?」「何話してるんだ?」等と呟いている。
「申し訳ありません。狐様!始めましょう」
「綱ちゃん、合図よろしくぅ!」
私と三左さんは言った。
着物の裾をパンパンと払うと、仕切り戦に歩み寄る三左さん。
私もゆっくりと近づいた。
「それではいくぞ?はっけよーい……のこった!」
軍配が上がると、私は「不動のメスカッパ」の体勢をとる。
三左さんは、じりじりと迫りこちらの出方を窺っているようだ。
「むぅ。なかなか隙がないねぇ。やりにくいなぁ」
「それは、こちらも同じですわ」
「僕たち、戦闘スタイルが似てるもんね?反撃と速攻……これじゃあ、埒があかないや」
そう言うと、三左さんはサッと私の後ろに回り込んだ。
いけない!後ろは防御力が薄いわ!
慌てて振り向こうとしたけど、その一連の動きで足を取られるかもしれない。
準決勝が正にそんな戦い方だったじゃないの!
私は甲羅(背中)に全神経を集中させ、攻撃に備えた。
しかし……いつまでたっても声も聞こえないし、攻撃もしてこない。
あら?本当に後ろにいるのかしら?
と、気を緩めた瞬間、首筋にフゥーと生暖かい息がかかった。
「きゃっ!何ですのっ!?」
私は振り向いた……。
そして、見たのだ。
ニヒヒと悪い顔で笑う三左さんを……。
「ごめんねぇ」
少しも悪いとは思ってないような顔で謝ると、三左さんは私をチョンと押した。
既にバランスを崩していた私の体は、もはや「不動のメスカッパ」とはいえない脆いもので、さほど力のない三左さんに、簡単に転がされてしまったのである。
「あ、あっ!」
私はポヨンと尻餅を付いた。
すると、観客の歓声が沸き起こる。
狐様は軍配を上げ「勝負あり!」と叫び、私は……唖然として三左さんを見上げた。
ま、負けてしまった。
こんなに簡単に。
「お梅ちゃんは今回一番の強敵だったねぇ!」
三左さんは、座り込んだ私に微笑んで手を差し出した。
不思議と、その顔はあざとく見えない。
「私、強敵でしたの?そんなに強くはないと思うのですが?」
「強かったよぅ!僕が頭を使わなきゃ勝てないなんて、久しぶりだもん!」
「ま、まぁ……そんなに誉めていただけるなんて……あ……」
その時、私は気づいてしまった。三左さんがあざとく見えなくなったのは、きっと「認め合えた」からだ。
お互いを知って、そして、認める。
そうすれば、相手を好きになれるんじゃないだろうか。
「ふふっ。どちらもよう頑張った!浅川池、奉納相撲大会の優勝者は、又吉三左に決定じゃ!」
狐様が高々と叫ぶと、三左さんは両手を前に出し、観客に手を振った。
「えへっ!やったね!みんな、応援どうもありがとー!」
前ならあざとく見えたこの行動も、今ではイライラもしない。
ひょっとして、私、少し成長したのではないかしら?
そう思った直後、浅川池から銀色の目映い光が土俵の上にやってきた。
「おお!おお!あるじさまっ!あるじさまではございませんか!やはり、御覧になっていたのですな!」
狐様の声に反応し、銀色の光は猛々しい龍の姿を取る。
この地域のものならば、全ての妖怪が知っている存在。
しかし、ある時から姿を見せなくなった存在。
それは、水神様であった。
狐様は四本の尻尾を優雅に揺らし言った。
「僕は準備出来てるよ!」
「わ、私も大丈夫ですっ!」
とは言ったけど、作戦も何も考えてない。
桃色金魚が、思いの外強者だったことに動揺していたのだ。
そして、その動揺は戦い方を見て、さらに深いものになったのである。
相手の力を利用して反撃する私に対し、俊敏さで隙を付く桃色金魚は、とても相性が悪いのだ。
どちらも、反撃狙いのため、決着の付け方もわからない。
「お梅よ。本当に大丈夫か?顔色が悪いような……」
とぼとぼと仕切り戦に近づく私を狐様が覗き込む。
いけない!集中しなければ!
「い、いいえ?全く?」
「ふむ。ならよいが」
「ビビったのぉ?そうだよねぇ。僕、強いもんねぇ」
桃色金魚が口を挟む。
挑発にのってはいけない。
カッとなって突っ込んだ所に反撃するのが狙いなのだ。
私は冷静に返した。
「そうですわね?桃……三左さんはお強いです。一体どこでどのような鍛練を?」
「知りたい?」
「ええ。是非とも!」
「仕方ないなぁ。あのね、僕、サユリちゃんのおじいちゃん、剣豪秋山藤四郎先生の一番弟子なんだー」
桃色金魚は聞き捨てならないことを言った。
なんですって?
師匠のお祖父様……てことは……大師匠じゃないの!?
「なんてことでしょう……強いはずだわ。きっと血が滲むような鍛練をなさったのでしょうね?」
私はしみじみと言った。
すると、桃色金魚は顔色を変え、何かを思い出すようにガタガタと震えた。
「お、思い出すだけで、凍りつくような修行だったよぅ……実際、何度か三途の川を見たし……」
「そ、そのような厳しいものですの!?」
大師匠トウシローの修行。
それは、想像を絶するものだったようだ。
桃色金魚の強さも、厳しい修行の末会得したものなら納得出来る。
ならば!
私も胸を借りるつもりで戦いましょう!
そう決意すると、心の動揺は消えた。
そして、死と隣合わせで修行に望んだ「桃色金魚」改め「三左さん」と、この晴れ舞台で闘えることに感謝した。
今、私の心は、凪の海のように穏やかである。
「お喋りはそのくらいにしておけ。はよう始めんと、周りからヤジが飛ぶぞ?」
イライラした狐様の声に辺りを見回すと、観客達が「まだか?」「何話してるんだ?」等と呟いている。
「申し訳ありません。狐様!始めましょう」
「綱ちゃん、合図よろしくぅ!」
私と三左さんは言った。
着物の裾をパンパンと払うと、仕切り戦に歩み寄る三左さん。
私もゆっくりと近づいた。
「それではいくぞ?はっけよーい……のこった!」
軍配が上がると、私は「不動のメスカッパ」の体勢をとる。
三左さんは、じりじりと迫りこちらの出方を窺っているようだ。
「むぅ。なかなか隙がないねぇ。やりにくいなぁ」
「それは、こちらも同じですわ」
「僕たち、戦闘スタイルが似てるもんね?反撃と速攻……これじゃあ、埒があかないや」
そう言うと、三左さんはサッと私の後ろに回り込んだ。
いけない!後ろは防御力が薄いわ!
慌てて振り向こうとしたけど、その一連の動きで足を取られるかもしれない。
準決勝が正にそんな戦い方だったじゃないの!
私は甲羅(背中)に全神経を集中させ、攻撃に備えた。
しかし……いつまでたっても声も聞こえないし、攻撃もしてこない。
あら?本当に後ろにいるのかしら?
と、気を緩めた瞬間、首筋にフゥーと生暖かい息がかかった。
「きゃっ!何ですのっ!?」
私は振り向いた……。
そして、見たのだ。
ニヒヒと悪い顔で笑う三左さんを……。
「ごめんねぇ」
少しも悪いとは思ってないような顔で謝ると、三左さんは私をチョンと押した。
既にバランスを崩していた私の体は、もはや「不動のメスカッパ」とはいえない脆いもので、さほど力のない三左さんに、簡単に転がされてしまったのである。
「あ、あっ!」
私はポヨンと尻餅を付いた。
すると、観客の歓声が沸き起こる。
狐様は軍配を上げ「勝負あり!」と叫び、私は……唖然として三左さんを見上げた。
ま、負けてしまった。
こんなに簡単に。
「お梅ちゃんは今回一番の強敵だったねぇ!」
三左さんは、座り込んだ私に微笑んで手を差し出した。
不思議と、その顔はあざとく見えない。
「私、強敵でしたの?そんなに強くはないと思うのですが?」
「強かったよぅ!僕が頭を使わなきゃ勝てないなんて、久しぶりだもん!」
「ま、まぁ……そんなに誉めていただけるなんて……あ……」
その時、私は気づいてしまった。三左さんがあざとく見えなくなったのは、きっと「認め合えた」からだ。
お互いを知って、そして、認める。
そうすれば、相手を好きになれるんじゃないだろうか。
「ふふっ。どちらもよう頑張った!浅川池、奉納相撲大会の優勝者は、又吉三左に決定じゃ!」
狐様が高々と叫ぶと、三左さんは両手を前に出し、観客に手を振った。
「えへっ!やったね!みんな、応援どうもありがとー!」
前ならあざとく見えたこの行動も、今ではイライラもしない。
ひょっとして、私、少し成長したのではないかしら?
そう思った直後、浅川池から銀色の目映い光が土俵の上にやってきた。
「おお!おお!あるじさまっ!あるじさまではございませんか!やはり、御覧になっていたのですな!」
狐様の声に反応し、銀色の光は猛々しい龍の姿を取る。
この地域のものならば、全ての妖怪が知っている存在。
しかし、ある時から姿を見せなくなった存在。
それは、水神様であった。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
別に構いませんよ、離縁するので。
杉本凪咲
恋愛
父親から告げられたのは「出ていけ」という冷たい言葉。
他の家族もそれに賛同しているようで、どうやら私は捨てられてしまうらしい。
まあいいですけどね。私はこっそりと笑顔を浮かべた。
婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる