純喫茶カッパーロ

藤 実花

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番外編

カッパーロ、夏場所!⑫

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「では、両者。続けて行うが、準備は良いか?」

狐様は四本の尻尾を優雅に揺らし言った。

「僕は準備出来てるよ!」

「わ、私も大丈夫ですっ!」

とは言ったけど、作戦も何も考えてない。
桃色金魚が、思いの外強者だったことに動揺していたのだ。
そして、その動揺は戦い方を見て、さらに深いものになったのである。
相手の力を利用して反撃する私に対し、俊敏さで隙を付く桃色金魚は、とても相性が悪いのだ。
どちらも、反撃狙いのため、決着の付け方もわからない。

「お梅よ。本当に大丈夫か?顔色が悪いような……」

とぼとぼと仕切り戦に近づく私を狐様が覗き込む。
いけない!集中しなければ!

「い、いいえ?全く?」

「ふむ。ならよいが」

「ビビったのぉ?そうだよねぇ。僕、強いもんねぇ」

桃色金魚が口を挟む。
挑発にのってはいけない。
カッとなって突っ込んだ所に反撃するのが狙いなのだ。
私は冷静に返した。

「そうですわね?桃……三左さんはお強いです。一体どこでどのような鍛練を?」

「知りたい?」

「ええ。是非とも!」

「仕方ないなぁ。あのね、僕、サユリちゃんのおじいちゃん、剣豪秋山藤四郎トウシロー先生の一番弟子なんだー」

桃色金魚は聞き捨てならないことを言った。
なんですって?
師匠のお祖父様……てことは……大師匠マスターじゃないの!?

「なんてことでしょう……強いはずだわ。きっと血が滲むような鍛練をなさったのでしょうね?」

私はしみじみと言った。
すると、桃色金魚は顔色を変え、何かを思い出すようにガタガタと震えた。

「お、思い出すだけで、凍りつくような修行だったよぅ……実際、何度か三途の川を見たし……」

「そ、そのような厳しいものですの!?」

大師匠マスタートウシローの修行。
それは、想像を絶するものだったようだ。
桃色金魚の強さも、厳しい修行の末会得したものなら納得出来る。
ならば!
私も胸を借りるつもりで戦いましょう!
そう決意すると、心の動揺は消えた。
そして、死と隣合わせで修行に望んだ「桃色金魚」改め「三左さん」と、この晴れ舞台で闘えることに感謝した。
今、私の心は、凪の海のように穏やかである。

「お喋りはそのくらいにしておけ。はよう始めんと、周りからヤジが飛ぶぞ?」

イライラした狐様の声に辺りを見回すと、観客達が「まだか?」「何話してるんだ?」等と呟いている。

「申し訳ありません。狐様!始めましょう」

「綱ちゃん、合図よろしくぅ!」

私と三左さんは言った。
着物の裾をパンパンと払うと、仕切り戦に歩み寄る三左さん。
私もゆっくりと近づいた。

「それではいくぞ?はっけよーい……のこった!」

軍配が上がると、私は「不動のメスカッパ」の体勢をとる。
三左さんは、じりじりと迫りこちらの出方を窺っているようだ。

「むぅ。なかなか隙がないねぇ。やりにくいなぁ」

「それは、こちらも同じですわ」

「僕たち、戦闘スタイルが似てるもんね?反撃と速攻カウンター……これじゃあ、埒があかないや」

そう言うと、三左さんはサッと私の後ろに回り込んだ。
いけない!後ろは防御力が薄いわ!
慌てて振り向こうとしたけど、その一連の動きで足を取られるかもしれない。
準決勝が正にそんな戦い方だったじゃないの!
私は甲羅(背中)に全神経を集中させ、攻撃に備えた。
しかし……いつまでたっても声も聞こえないし、攻撃もしてこない。
あら?本当に後ろにいるのかしら?
と、気を緩めた瞬間、首筋にフゥーと生暖かい息がかかった。

「きゃっ!何ですのっ!?」

私は振り向いた……。
そして、見たのだ。
ニヒヒと悪い顔で笑う三左さんを……。

「ごめんねぇ」

少しも悪いとは思ってないような顔で謝ると、三左さんは私をチョンと押した。
既にバランスを崩していた私の体は、もはや「不動のメスカッパ」とはいえない脆いもので、さほど力のない三左さんに、簡単に転がされてしまったのである。

「あ、あっ!」

私はポヨンと尻餅を付いた。
すると、観客の歓声が沸き起こる。
狐様は軍配を上げ「勝負あり!」と叫び、私は……唖然として三左さんを見上げた。
ま、負けてしまった。
こんなに簡単に。

「お梅ちゃんは今回一番の強敵だったねぇ!」

三左さんは、座り込んだ私に微笑んで手を差し出した。
不思議と、その顔はあざとく見えない。

「私、強敵でしたの?そんなに強くはないと思うのですが?」

「強かったよぅ!僕が頭を使わなきゃ勝てないなんて、久しぶりだもん!」

「ま、まぁ……そんなに誉めていただけるなんて……あ……」

その時、私は気づいてしまった。三左さんがあざとく見えなくなったのは、きっと「認め合えた」からだ。
お互いを知って、そして、認める。
そうすれば、相手を好きになれるんじゃないだろうか。

「ふふっ。どちらもよう頑張った!浅川池、奉納相撲大会の優勝者は、又吉三左に決定じゃ!」

狐様が高々と叫ぶと、三左さんは両手を前に出し、観客に手を振った。

「えへっ!やったね!みんな、応援どうもありがとー!」

前ならあざとく見えたこの行動も、今ではイライラもしない。
ひょっとして、私、少し成長したのではないかしら?
そう思った直後、浅川池から銀色の目映い光が土俵の上にやってきた。

「おお!おお!あるじさまっ!あるじさまではございませんか!やはり、御覧になっていたのですな!」

狐様の声に反応し、銀色の光は猛々しい龍の姿を取る。
この地域のものならば、全ての妖怪が知っている存在。
しかし、ある時から姿を見せなくなった存在。
それは、水神様であった。








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