純喫茶カッパーロ

藤 実花

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番外編

カッパーロ、夏場所!⑨

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「えー、ただいまよりー、新・奉納相撲大会、浅川池杯を始めるっ!皆、力の限り、知略を尽くして戦うように!」

すっかり闇に包まれた浅川池の畔に、狐様の声が響く。
出場者は土俵の周りに丸く並び、力強く鬨の声を上げた!

「おーーー!!」

かくして、奉納相撲大会の幕が上がった。
勝ち抜き表によると、参加者は全部で16名。
『い組』には一之丞様『ろ組』には私。
『は組』には次男、そして『に組』には三男。
というように、又吉一族と私は綺麗に分かれている。
これは、早いうちから身内が当たらないように、という狐様の配慮だろう。
それにしても、勝ち抜けば準決勝で最大の難関である一之丞様と当たってしまうのは、少々計算外である。
一之丞様は半妖のため、半人前と言われていたが、妖力と才能はその辺のカッパよりも数段上だ。
それを妬んだ連中が、悪口をいいふらしているだけだというのを、良識のある妖怪ならば理解している。
つまり、一之丞様はとても強いのだ。
出来ることなら、三男か次男のいる組で勝ち抜け、決勝で一之丞様と当たりたかった……というのが本音である。

「ざんねーん。僕、お梅ちゃんと戦えないや」

勝ち抜け表を見ていた私の後ろから、ヘラヘラとした声が聞こえた。
振り返ると、桃色の金魚みたいなヒラヒラの浴衣を来た三男が(あざとく)笑っている。

「何故ですの?決勝で当たるかもしれませんよ?」

毅然として言うと、三男はフフンと笑った。

「無理だよぅ!兄様には勝てないよ?強いもんねー」

「それは知ってますわ。ですが、何事もやってみなくてはわからないと思いますが!?」

「アハハ、ムリムリぃー」

笑いながら踵を返し、三男は跳ねるように去った。
……くそ、桃色金魚め!
その、美しく着飾ったヒレを引きちぎってやろうかぁ?……あ、いけない、いけない。
またダークサイドが出てしまったわ!
私は気を取り直して、土俵の試合状況を確認に走った。

土俵では、既に『い組』の第一試合が終わっており、一之丞様の試合が始まった所である。
組んですぐ、あっという間に相手を土俵際に追い詰めた一之丞様は、ほんの数秒で勝負を決めた。
さすがの実力に感心していた私の頭上から狐様の声がした。

「これ。次はお前ぞ?準備が出来たら土俵に上がるがよい」

「え?あ、はい!」

そ、そうよね。
い組の次はろ組に決まっている。
私が準備体操をして、勇んで土俵へと上がると、そこにはもう、対戦相手が待ち構えていた。
松笠池のオスカッパは、中腰で座り余裕綽々の様子である。
それだけならまだしも、メスカッパの私を見て、せせら笑っているではないか!
これって……舐められているのでは?
そう思うと、心の底からマグマのような怒りが沸き上がった。

「それでは、取組、第三試合を始める!東~、松笠池の金次ー!西~、亥ノ子池のお梅ー」

狐様の呼び上げが終わると、私と松笠の金次は前に出た。
四股を踏み、中腰で睨み合って数秒……狐様の合図で双方が動きだした!

「おりゃあー!」

威勢の良い声を上げながら突進してくる金次を、私はどっしりと構えて待った。
内から涌き出てくる怒りが、私の足を大地へと根付かせ、不動のメスカッパへと変貌させて行くっ!
最早、誰であろうとも、私を動かせるものはいない!
脇を締め、両腕を前に出す私に、金次が肩から突っ込んできた!
しかし、メスカッパ(私)は、動かないっ。
それどころか、ポヨーンという面白おかしい効果音と共に、金次を土俵際から更に向こうの浅川池までふっとばしたのである。

「勝負あり!亥ノ子池のお梅の勝ちーーー!」

「あら?何もしてませんのにね?」

そう言うと、呆れ顔の狐様と目があった。

「すごいのぅ。岩のようだの?いや違うか。毬のようか?」

「……誉めてませんわよね?」

私が軽く睨むと、狐様は飄々とした様子でフワリと浮き、次の試合の選手を呼び出しに行った。

土俵を降りた私は、高揚した気分を落ち着けようと木の側に座り込み、そして、一人反省会をした。

今回の立ち回りは完璧だった!
私はどんくさいけど、動かないでいることにかけては、天下一だと思っている。
だから、相手の勢いを利用して、弾力のある体で跳ね返す……という作戦が一番効率が良いと考えていたのだ。
結果的に「不動のメスカッパ作戦」は成功した。
だけど、雑魚とは違って一之丞様はそう簡単には行かないだろう。
また何か作戦を立てなければいけない。
考えを巡らせながら、ふと立ち上がり土俵を眺めた。
今は「は組」の取り組みが始まっているはず。
次男がいたけど、勝敗はどうなっているのだろう……と、土俵を確認した瞬間!
次男が真っ青になって土俵から降りてくる姿が目に飛び込んできた。
負けたのだろうか?と思ったけど、どうやらそうではないらしい。
だって、対戦相手はポカーンとしているし、狐様も声にならない程の驚愕の表情をしているもの。

私は好奇心から次男を追った。
すると、慌てて駆け寄る一之丞様と桃色金魚が目に入り、速度を緩めて近づいた。

「次郎太!お前……またか?」

「次郎兄、またなのぉ?」

またってなんだろう?
私は大きな木の後ろに隠れ、引き続き様子を窺った。

「俺の……俺の……髪が……ああ、ああー!!」

次男はどこからか手鏡を出すと、自分を映して頭を抱えた。

「困ったものだ。せっかくの又吉一族の晴れ舞台に、毛の心配とは!」

一之丞様が、ガックリ肩を落とすと、桃色金魚がせせら笑った。

「やっぱりねぇ。相撲じゃ動きが激しくて、ヘアスタイルキープ出来ないもんねぇ」

髪とか、毛とか、ヘアスタイルとか……。
なんだか変な単語が乱れ飛び、私の頭は混乱した。
そうするうちに、次男はヨロヨロとカッパーロ方面へと歩き出した。

「やってられるか!こんな髪の乱れる野蛮な行事!俺は一足先に風呂に入るっ!」

呪詛のような言葉を残し、次男は闇の中へと消えた。
後に残された一之丞様と桃色金魚は、やれやれと溜め息をつくと、また相撲会場へと戻っていった。
い、一体、何が起こったというの!?
……いや、見なかったことにしておいた方がいいわ。
あれは、たぶん触れてはいけないものだ。
そう結論を出すと、私はとぼとぼと相撲会場へと歩き出した。






























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