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最終章 浅川池で逢いましょう
①かえりみち
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その後、私達は「不思議少女ユカリちゃん」のおかしな話の数々を祖父から聞かされた。
なかには、夕御飯のエビフライの種類をブラックタイガーかバナメイエビかを完璧に当てた、なんていう下らない話もあったりして、私と一之丞は大いに笑った。
結局他には水神様と関係のありそうな話はなく、夕方5時のサイレンが鳴るのを聞いて、私達は湯ヶ浦神社を後にした。
「んもぅ!酷い目にあったよぅ!腕が痛いよぅ!喉が痛いよーぅ……」
後部座席の三左の恨み節を聞きながら、私は家路へ向かってアクセルをふかす。
グチグチと不満を並べる三左の隣には、髪型が元に戻らず、しくしくと声を殺して泣く次郎太がいて、後部座席は地獄のような有り様だ。
助手席の一之丞はと言えば、腕を組んでしきりに何かを考えていた。
水神様と母の関係のことだろうか?
そう思っていると、不意に話しかけられた。
「……サユリ殿」
「ん?何?」
「一度、母上殿のところに行って話を聞いてみたいのだが……」
それを聞いて、私はすぐオーディオの時間を確かめた。
「あ、そうね……でも、今日は面会時間過ぎちゃったから無理よ。明日少し早めに店を閉めて、それからでもいいかな」
「もちろんである。明日で良い」
ゆっくりと頷くと、一之丞はふわりとやさしい笑みを浮かべた。
こんな風に笑う人(カッパ)だったっけ?
前はもっと堅苦しくて、心にゆとりのない感じだったはず。
でも今は、どこか大人の包容力すら感じる。
そんな一之丞に、助手席から見つめられ、顔の左側半分は熱くなり、手も汗ばむ。
私はざわつく気持ちに気付かない振りをしながら、さりげなくハンドルを握り直し、気分を変えようと後部座席に話しかけた。
「ね、ねぇ!ライター買いに行こうか!」
軽く5秒ほどの空白があり、バックミラーを確認する。
すると、突然車がガクンと大きく揺れて、後部座席の2人が身を乗り出してきた。
「ライター!?サユリちゃん、今ライターって言った!?」
三左が狭い車内で顔を近付けてくる。
「サユリさんっ!実は、俺のライターが使えなくなったんだよ!」
次郎太も三左を押し退けながら、顔を近付けてきた。
一之丞は前へと来ようとする兄弟を、逞しい腕で押し返し、毅然として言った。
「落ち着くがよい!サユリ殿は今運転中であるぞ。嬉しいのはわかるが、邪魔してはならん!」
さすが、一之丞!
浮わついた様子もなく、慌てず騒がず。
私は尊敬の眼差しで一之丞を見て……少し後悔した。
彼の眉や目元はキリリと美しいのに、口元のデッサンが大幅に狂っている!
ファビュラスなイグナティオスの顔は、下半分だけギャグ漫画みたいになっており、私は心底動揺した。
「……じゃあ、ちょっとお店に寄るね。皆の分のライターと、お店で使うビニール袋も補充しないと……」
「わぁーい!やったねっ!」
三左の嬉しい悲鳴を聞きながら、心の動揺をひた隠す。
そして、見えた百円ショップの看板にブレーキを踏むと、冷静にハンドルを右に切った。
*******
「ふふふふふ。うふふふふ。うふふふふふ」
「くくくっ、くくくくっ、くくくくっ」
気持ち悪い声が、後部座席から聞こえて、私はブルッと背中を震わせた。
三左と次郎太は、百円ショップで楽しい買い物をした後、買った品物を膝にのせて見つめている。
三左は、ピンク色のライターの他に、ピンクのリップクリームと、何故か大きな水鉄砲を買った。
そのピンク色の水鉄砲は、普通の拳銃サイズではない。
アサルトライフルのような形状でバカでかく、子供が失くさないための肩紐も付いている。
サバイバルゲームでもするつもりなのかな。
百円だからまぁいいけど。
次郎太は、三左と同じ水鉄砲の青色を買い、更に青いライターと寝癖直しスプレー、ヘアブラシも購入して、メンタルを回復させた。
そして、一之丞が買ったのは緑色のライターとやはり緑色の水鉄砲である。
最初は「私は子供ではないゆえ、必要ない!」と断言していたけど、三左と次郎太が嬉しそうに構える姿を見て考えを変えたようだ。
「気分が落ち込んだら、買い物に限るでしょ?」
私は3人に言った。
「うん!おじいちゃんの特訓で死にそうになったけどねー。お買い物楽しいぃー!」
今日一番運勢が悪かったであろう三左の機嫌は、頗る良くなっている。
「俺も髪型が直らなくて死にそうだったけどね」
次郎太くん……髪が跳ねたくらいで死んでもらっちゃ困るんだよね。
と、ジロリと睨んでみるけど、もちろん彼は見もしない。
「私の気分は落ち込んではおらぬが、しかし、買い物は楽しかったのである!」
一之丞も買い物袋を両手で抱え、子供のように笑っている。
喜んでいる彼等を見て、私の気分も晴れやかになり、心なしかハンドルも軽くなった気がした。
なかには、夕御飯のエビフライの種類をブラックタイガーかバナメイエビかを完璧に当てた、なんていう下らない話もあったりして、私と一之丞は大いに笑った。
結局他には水神様と関係のありそうな話はなく、夕方5時のサイレンが鳴るのを聞いて、私達は湯ヶ浦神社を後にした。
「んもぅ!酷い目にあったよぅ!腕が痛いよぅ!喉が痛いよーぅ……」
後部座席の三左の恨み節を聞きながら、私は家路へ向かってアクセルをふかす。
グチグチと不満を並べる三左の隣には、髪型が元に戻らず、しくしくと声を殺して泣く次郎太がいて、後部座席は地獄のような有り様だ。
助手席の一之丞はと言えば、腕を組んでしきりに何かを考えていた。
水神様と母の関係のことだろうか?
そう思っていると、不意に話しかけられた。
「……サユリ殿」
「ん?何?」
「一度、母上殿のところに行って話を聞いてみたいのだが……」
それを聞いて、私はすぐオーディオの時間を確かめた。
「あ、そうね……でも、今日は面会時間過ぎちゃったから無理よ。明日少し早めに店を閉めて、それからでもいいかな」
「もちろんである。明日で良い」
ゆっくりと頷くと、一之丞はふわりとやさしい笑みを浮かべた。
こんな風に笑う人(カッパ)だったっけ?
前はもっと堅苦しくて、心にゆとりのない感じだったはず。
でも今は、どこか大人の包容力すら感じる。
そんな一之丞に、助手席から見つめられ、顔の左側半分は熱くなり、手も汗ばむ。
私はざわつく気持ちに気付かない振りをしながら、さりげなくハンドルを握り直し、気分を変えようと後部座席に話しかけた。
「ね、ねぇ!ライター買いに行こうか!」
軽く5秒ほどの空白があり、バックミラーを確認する。
すると、突然車がガクンと大きく揺れて、後部座席の2人が身を乗り出してきた。
「ライター!?サユリちゃん、今ライターって言った!?」
三左が狭い車内で顔を近付けてくる。
「サユリさんっ!実は、俺のライターが使えなくなったんだよ!」
次郎太も三左を押し退けながら、顔を近付けてきた。
一之丞は前へと来ようとする兄弟を、逞しい腕で押し返し、毅然として言った。
「落ち着くがよい!サユリ殿は今運転中であるぞ。嬉しいのはわかるが、邪魔してはならん!」
さすが、一之丞!
浮わついた様子もなく、慌てず騒がず。
私は尊敬の眼差しで一之丞を見て……少し後悔した。
彼の眉や目元はキリリと美しいのに、口元のデッサンが大幅に狂っている!
ファビュラスなイグナティオスの顔は、下半分だけギャグ漫画みたいになっており、私は心底動揺した。
「……じゃあ、ちょっとお店に寄るね。皆の分のライターと、お店で使うビニール袋も補充しないと……」
「わぁーい!やったねっ!」
三左の嬉しい悲鳴を聞きながら、心の動揺をひた隠す。
そして、見えた百円ショップの看板にブレーキを踏むと、冷静にハンドルを右に切った。
*******
「ふふふふふ。うふふふふ。うふふふふふ」
「くくくっ、くくくくっ、くくくくっ」
気持ち悪い声が、後部座席から聞こえて、私はブルッと背中を震わせた。
三左と次郎太は、百円ショップで楽しい買い物をした後、買った品物を膝にのせて見つめている。
三左は、ピンク色のライターの他に、ピンクのリップクリームと、何故か大きな水鉄砲を買った。
そのピンク色の水鉄砲は、普通の拳銃サイズではない。
アサルトライフルのような形状でバカでかく、子供が失くさないための肩紐も付いている。
サバイバルゲームでもするつもりなのかな。
百円だからまぁいいけど。
次郎太は、三左と同じ水鉄砲の青色を買い、更に青いライターと寝癖直しスプレー、ヘアブラシも購入して、メンタルを回復させた。
そして、一之丞が買ったのは緑色のライターとやはり緑色の水鉄砲である。
最初は「私は子供ではないゆえ、必要ない!」と断言していたけど、三左と次郎太が嬉しそうに構える姿を見て考えを変えたようだ。
「気分が落ち込んだら、買い物に限るでしょ?」
私は3人に言った。
「うん!おじいちゃんの特訓で死にそうになったけどねー。お買い物楽しいぃー!」
今日一番運勢が悪かったであろう三左の機嫌は、頗る良くなっている。
「俺も髪型が直らなくて死にそうだったけどね」
次郎太くん……髪が跳ねたくらいで死んでもらっちゃ困るんだよね。
と、ジロリと睨んでみるけど、もちろん彼は見もしない。
「私の気分は落ち込んではおらぬが、しかし、買い物は楽しかったのである!」
一之丞も買い物袋を両手で抱え、子供のように笑っている。
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