純喫茶カッパーロ

藤 実花

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第六章 神社巡り

⑩黄金カレーとカッパ

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それから暫くして、運ばれてきた《黄金カレー》に三左が歓喜の声を上げた。

「きゃぁ!可愛いねぇ!!」

可愛い……のか?
若い子は何でも可愛いと言うらしいけど、カレーに可愛いというのは合っているんだろうか?
戸惑う私の真正面で、三左はキラキラした視線を《黄金カレー》に送っていて、斜め前の次郎太も皿を持ち上げてカレーを揺らせてみたりと興味津々である。
ただ、私の隣の一之丞は、眉間に皺を寄せながらカレーを凝視していた。

「さぁ、食べましょう!」

籐で編まれたカトラリーケースを順に回し、中からスプーンを一本ずつとって全員が両手を合わせる。
「いただきます」と軽やかな声を響かせて、私達はカレーを食した。
三左は勢い良く、次郎太は美しく、一之丞は恐る恐る……スプーンを口に運ぶ。

「ひゃうっ!!」

「おおぅ!」

「……んんんんんっ!」

彼らは、三者三様の叫びを上げ、驚きの表情でカレーを見つめた。
その面白い顔を見ながら、私は懐かしい味を堪能した。
初めは甘くフルーティーな味わい。
それから、ピリリと痺れるようなスパイシー感へと変貌してゆく。
試行錯誤を重ねたに違いない香辛料の配合には、拍手喝采を贈りたいくらいだ。

「どう?」

一口目を咀嚼した私は、彼らに尋ねた。

「うひゃーー!これ、ガツンとくるねぇ!でもうまいっ!」

三左はとても可愛らしい顔をして、オッサンのように言った。
とても気に入ったのか、箸ならぬスプーンが止まらなくなっている。
次郎太も「危険な男になってしまうかもれないね」などと、ふざけたことを言いながら、もう半分くらい食べ進めていた。
一之丞はそんな兄弟には目もくれず、ゆっくりと噛み締めるようにカレーを堪能している。
これ、私は行かぬ!と駄々を捏ねていた人!?
さも『このカレーが目当てで来ました』みたいな顔をしていて、それが少しムカついた。

「一之丞……美味しい?」

「うむ……このように旨いものがまだあろうとは……世界は広い……」

一之丞は感激しながら涙を流し、ついでに汗もかいている。
目立つ外国人がカレーを食べて泣いている姿に、店員さんとお客さんは釘付けになっていた。
心配したオーナーも血相を変えて飛んできて、辺りはちょっとした騒ぎになっている。

「お客様!大丈夫でしょうか!?」

慌てるオーナーに向き直ると、一之丞は立ち上がりその肩を勢い良く掴んだ。
そして、大変良く通る声で叫んだのだ。

「店主殿!!素晴らしき一品であった!この又吉一之丞、生涯この味を忘れはせぬ!」

朗々と店内に響き渡るバリトンボイス。
魂を抜かれたようなオーナーとお客さん。
平然と水を飲む三左と次郎太。
恥ずかしさで顔から火が出そうな私。
一瞬静まり返った店内で、ギターのBGMだけが楽しげに流れていた。

「……あ、ありがとう……ございます」

誉められていることにやっと気付いたオーナーは、顔をひきつらせて絞り出すように言った。
突然ダビデのような外国人に肩を掴まれ、その上叫ばれたら、怒っていると思うのが普通だ。
固すぎる日本語が、外国語に聞こえたかもしれないし、怖い思いをしたに違いない。

「すみません。彼、外国から来てて感情表現が少しオーバーなんです。ここのカレーが美味しすぎてつい荒ぶってしまって……ほら、一之丞、ちゃんと座って?」

一之丞は自分が注目されているのに気付くと、慌てて座席に戻った。
その顔には「やってしまった……」という後悔の表情が見える。
でも、私の説明で場はかなり和んだ。
何事かと見つめていた店員さんはすぐに業務に戻り、お客さんも「それじゃあ仕方ないな」という表情で、各々のテーブルの会話に意識を戻していった。
そして、奇しくも騒ぎの中心になってしまったオーナーは、ひきつった顔を柔和にするとふぅと息をはいた。

「そうでしたか! 外国の方にそんなに喜んでもらえるなんて光栄ですよ!では、ごゆっくり」

そういうと、オーナーは満面の笑みで去っていった。
作る側として、こんな風に誉められることはとても嬉しいだろう。
私だって、コーヒーの味を誉められたなら、晩酌のビールが美味しくなるに違いない。
……あ、つまり、めちゃくちゃ嬉しいってことよ。

「すまぬ。サユリ殿。暴走してしまったのである……」

一之丞はシュンとした。
私に怒られると思っているのか、上目遣いで様子を窺っている。

「ううん。大丈夫。誰にも迷惑かけてないよ。寧ろ……オーナーは喜んだんじゃない?」

と言うと、三左と次郎太がうんうんと頷いた。
彼らは、勝手に追加でデザートを頼み、アイスと生クリームの載ったワッフルを貪り食っている。

「ならば良いが……」

顔を上げた一之丞は、まだ不安げな顔をしていた。

「もうっ!兄さま!辛気くさいよぅ!ほら、これ食べて、元気だすっ」

三左はフォークに刺したワッフルを、生クリーム盛り盛りで一之丞の口に押し込んだ。
「ほがっ!」と呻いた一之丞は、次の瞬間幸せそうな顔になり、やがて、職人の顔つきになった。

「むむっ!!この生地!このもっちり感!そして甘味のバランス!……盗みたい……」

カッパパティシエの魂に火がついた。
直ぐ様一之丞は、大きく手を上げ店員さんを呼び、ワッフルを追加注文したのである。




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