純喫茶カッパーロ

藤 実花

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第六章 神社巡り

⑨カレーが食べたい!

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浅川神社を後にして、湯ヶ浦神社に向かう為、また車に乗り込んだ。
時刻は十二時少し前である。
お菓子を食べて満足顔の三左と次郎太の前で、私と一之丞のお腹はギュルギュルと切ない鳴き声を上げていた。
アクセルを踏む足にも、ハンドルを握る手にも力が入らなくなる前に、どこかで昼食を食べなくては、と考えてふと思い出した。
行き道の幹線道路沿いに美味しいカレーを出す喫茶店があったのを。
もう暫く行ってないけど、まだ営業しているだろうか?
思い出してしまうと、もう頭の中はカレー一色だ。
なんとしても、今、カレーを食べたい!!
私は一之丞達に了解もとらず、一路、喫茶店に向けてアクセルを踏み込んだ。

以前行ったことのあるアイランド・ヴィレッジの看板を右手に見てから約十分。
道なりに行くと木目調の看板が目に留まった。
《アイビーロード》という名のその喫茶店は、物心ついた時からそこにあり、母の実家、湯ヶ浦神社に行くときはいつも家族で寄っていた。
建物は趣のある木造で、外壁には沢山の蔦が這っている。
昔は白だった屋根は、塗装し直して茶色に変化しており、一段とお洒落度が上がっていた。
看板の上についた回転灯はちゃんと回っていて、定休日でないのを示している。
私は意気揚々と駐車場へと車を滑り込ませた。

「ここは……」

一之丞が看板を見上げて呟いた。

「うん。ここでお昼を食べようよ!私のお薦めなの!」

狭い駐車場にバックで止めながら、私は言った。
ちょうど十二時のランチ時、駐車場の空きは二台分しかなく、店内も賑わっているようだ。
窓を閉めていても漂ってくる、この胃を刺激してやまぬスパイシーな香り。
後部座席の次郎太と三左も、興味深そうに建物の内部を窺い、そわそわとしていた。

「ねぇ!何屋さんなのっ!?」

堪らず三左が口を開いた。
弓子さんの所で、散々お菓子を貪り食ったのに、彼はまだ食べる気である。
それは次郎太も同じだ。

「この香り……なんて危険な香りなんだ……」

と言い、鼻をクンクンとさせている。
助手席の一之丞も、胃が刺激されたのかゴクンと生唾を飲んだ。
そんな彼らに、私はもったい付けて言ってやった。

「ふふふ。それは食べてのお楽しみよ。さぁ!いざ行かん!目眩く香辛料のアミューズメントパークへ!」

「イエーイ、アミューズメントパーク!!」

意味もわかってないのに、三左が叫ぶと、次郎太もそれに被せてくる。

「目眩く危険な世界へだね!」

「……む……私は、そんな危険な世界へは……」

一人だけ不安な表情をした一之丞を見て、三左と次郎太は後部座席から飛び出した。
そして、嫌がる長兄を助手席から引摺り降ろすと、両脇を陣取って歩き始める。

「兄さまー、楽しみだねぇ」

三左は一之丞の左腕に自身の右腕を絡ませてしがみつく。

「何が出てくるのかな?お洒落な俺に相応しいものであるといいんだが……」

次郎太は、一之丞の右肩にぐぐっと左手を食い込ませた。

「待てっ!待たぬかっ!お前達……私は行かぬっ」

これに一之丞は必死で抵抗した。
だけど、いかに彼が大きく力が強くとも両脇を2人の男(カッパ)でガッチリ固められてしまえば、思い通りに動けない。
憐れ一之丞は店内へと連れ込まれ、店員さんとお客さんに好奇の目で見られることとなったのである。


微かに軋む木の床に、座り心地の良い茶色のソファーシート。
店内は前に来たときのままだった。
私達は奥まった4人がけのテーブルに案内され一息ついた。
だがその後すぐ、さっきの大騒ぎが原因かどうか、年配の男の人が慌てて駆け寄って来た。
その人に私は見覚えがあった。
家族で来ていた時に、いつも厨房にいた人で、確かこの店のオーナーだったはずだ。

「すみません、お客様。失礼ですが、もしかして宗教上の理由か何かで揉めていらしたのですか?」

宗教上の理由。
いつもなら首を捻るところだけど、この場面で店側が気にすること、それは、食べられないものがあるのかどうかだ。
世の中にはいくつも宗教があり、宗派によって食べてはいけないものがある。
見た目外国人の一之丞達が揉めながら入ってきたのを心配して声をかけて来たのだろう。

「あ、えっと。大丈夫です。この人達は何でも食べられます!雑食です」

私は朗らかに答えた。
次郎太も三左もニコニコしながら頷いたが、一之丞はまだ少し怯えている。
そんな一之丞を心配そうに見つめながら、オーナーは言った。

「そ、そうですか?あの、わからないことがあったら声を掛けて下さいね。何が入っているかのご説明も致しますので……」

「はい。ご迷惑をお掛けしました。それで、あの……《黄金カレー》をお願いしたいんですけど……」

《黄金カレー》とはアイビーロードの定番メニューだ。
大きな皿の真ん中にライスを盛り、その上に薄焼き卵を乗せて、回りに香辛料を絶妙に配合したスパイシーなカレーで満たす。
辛い中にもコクがあり、喉ごしが爽やかでありながらガツンと後引く圧倒的な存在感にかなりのリピーターがいるのだ。

「はい。あの、お連れ様もご一緒で?」

私は三左や次郎太、まだ怯えている一之丞に了解を取った。

「同じでいい?」

「もっちろん!サユリちゃんのお薦め、僕食べたーい!」

三左が可愛く手を上げると、次郎太はフッと笑って頷く。
そして、一之丞は「む、やむなし!」と腹を括るとグラスの水をグッと飲み干した。



























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