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第六章 神社巡り
④浅川神社の眼鏡好き
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次の日。
朝、早起きをして豆の焙煎をした後、一之丞、次郎太、三左と一緒に約束していた浅川神社へと向かった。
完全に回復した一之丞は、悩みが吹っ切れたような清々しい様子で足どりも軽い。
それはいいんだけど、何故か私に纏わりつき、やたらと絡んでくるのは如何なものか……。
今も神社の階段を登ろうとする私を笑顔で阻みながらこう言うのだ。
「さぁ、サユリ殿。ここは段差があり危ない。私の腕をしっかりと掴んでおるとよい」
……彼は、私をお婆さんだとでも思っているのだろうか?
段差に躓くほど、ご老体だとでも!?
確かに、運動不足であることは否定しないわ。
でも、まだそんなに耄碌はしていないっ!
「大丈夫よ。掴んでなくても一人で登れるわ」
少しむっとしながら言うと、一之丞は何食わぬ顔で私の手を取り、強引に自分の腕に絡ませる。
「そうはいかぬ。(大事な)サユリ殿に怪我でもされては一大事。この又吉一之丞、悔やんでも悔やみきれぬっ!」
一之丞はギュッと目を瞑り、大袈裟に首を振る。
それを見ていた次郎太と三左は口々に囃し立てた。
「ヒューヒュー!兄さまーー!カッコいいーー!」
「兄者!さすがジェントルマンだね!カッパの中のカッパだよ!」
なんかイラッとする。
まるでこう、仕組まれた狂言のよう?
訝しむ私の視線をものともせず、一之丞は満面の笑みで私を見つめた。
「さぁさぁ。私に付いてくるとよいぞ?ほら、元気良く右足から!」
踏み出す足まで指図され、私は仕方なく一之丞に続いた。
腕はガッチリ固定されているし、もう力が半端なく強い。
抵抗したところで超・絶好調の一之丞が言うことを聞くわけがないし、このカッパどもが各々頑固なのは知っている。
それに、神社の階段の下でいつまでもこうしているのも時間の無駄だ。
貴重な定休日の今日は予定が詰まっている。
そうして軽く一悶着ありながら、私達は浅川神社境内に到着した。
ここはいつも春祭りになると、村人が集まり、継ぎ獅子と呼ばれる伝統行事が行われる広場だ。
継ぎ獅子とは人の上に更に人が乗り、最高段に乗った人(子供のことが多い)が獅子の頭を被って舞うというもの。
過疎の村ではあるけど、この時ばかりは老人も若人も子供も力を合わせて継ぎ獅子を成功させる。
そのことが、氏子の団結を深め信頼を培う原動力になっている、と私は父から教わった。
祭りの広場から右手には、小振りの社務所があり、その横から伸びる坂道を下ると、宮司さんが住む家がある。
浅川神社の宮司さんは三橋弓子さんという。
私の小・中学校の先輩で全国でも珍しい女の宮司であった。
「こんにちはー」
と言いつつ扉を開ける。
浅川村では家の鍵はかけない。
どこの家でも、皆こうやって声をかけながら扉を開けて中に踏み込む。
かなり無用心な気もするけど、田舎は近所の目が行き届いているので、生きた監視カメラがついているというわけだ。
「はぁーい」
大きな声が聞こえ、パタパタと歩いてくる音が続く。
一之丞達と私は広い玄関の中で、まっすぐに長い廊下から早足で出てくる女性を待った。
「弓子さん、お久しぶり!」
私は手土産のコーヒー豆を渡す。
小売りの500g、贈答用だ。
「おおっ!ありがとね!」
弓子さんは、白衣に浅黄の袴という普段着の装束を纏い、大きなリアクションで感動を表すと、続けて言った。
「サユリちゃんも元気そうね。電話もらって会えるの楽しみにしてたよ」
「私も!あ、法被もありがとうございます!一之丞達もすごく喜んでいて……」
そう言って、私は一之丞達を前に押し出し、一人ずつ紹介した。
「あ、この人達が噂のイケてる外国人ね!」
弓子さんは、まず一番大きい一之丞を見て次に三左を見た。
一之丞を見てダビデ?と言わなかった人を見たのは初めてだ。
その事に感動していると、次郎太を見た弓子さんがはたと視線を止めて言った。
「キミ……」
「……何かな?俺の美しい顔に何か付いているかい?」
「そのメガネ……いいね」
「えっ!?」
次郎太は不意打ちを食らったように目を丸くした。
弓子さんのトレードマークは昔からお洒落な眼鏡で、今日もラウンド型の銀縁のものを掛けている。
中学の時も、高校の時も、コンタクトレンズは邪道と言い張って常に眼鏡。
村でも無類の眼鏡好きとして知れ渡っていた。
「スクエア型の……色はメタルブルー……うん、上級者だ」
弓子さんは、次郎太に向かって親指を立てにっこり笑う。
すると、いつもは持ち歩いている手鏡で確認する次郎太が、弓子さんを見たまま動かなくなった。
その時、私には聞こえた。
たぶん、三左や一之丞にも聞こえたはず。
次郎太の胸の辺りで「ズッキューン」という矢の刺さる音が!!
「じゃあ行こうか?資料のある蔵に案内するよ」
そうとは知らない弓子さんは、玄関に降りて雪駄を履く。
その後を、ホワンとした次郎太がそろそろと付いて行くのを、私達は物珍しげに見守ったのだ。
朝、早起きをして豆の焙煎をした後、一之丞、次郎太、三左と一緒に約束していた浅川神社へと向かった。
完全に回復した一之丞は、悩みが吹っ切れたような清々しい様子で足どりも軽い。
それはいいんだけど、何故か私に纏わりつき、やたらと絡んでくるのは如何なものか……。
今も神社の階段を登ろうとする私を笑顔で阻みながらこう言うのだ。
「さぁ、サユリ殿。ここは段差があり危ない。私の腕をしっかりと掴んでおるとよい」
……彼は、私をお婆さんだとでも思っているのだろうか?
段差に躓くほど、ご老体だとでも!?
確かに、運動不足であることは否定しないわ。
でも、まだそんなに耄碌はしていないっ!
「大丈夫よ。掴んでなくても一人で登れるわ」
少しむっとしながら言うと、一之丞は何食わぬ顔で私の手を取り、強引に自分の腕に絡ませる。
「そうはいかぬ。(大事な)サユリ殿に怪我でもされては一大事。この又吉一之丞、悔やんでも悔やみきれぬっ!」
一之丞はギュッと目を瞑り、大袈裟に首を振る。
それを見ていた次郎太と三左は口々に囃し立てた。
「ヒューヒュー!兄さまーー!カッコいいーー!」
「兄者!さすがジェントルマンだね!カッパの中のカッパだよ!」
なんかイラッとする。
まるでこう、仕組まれた狂言のよう?
訝しむ私の視線をものともせず、一之丞は満面の笑みで私を見つめた。
「さぁさぁ。私に付いてくるとよいぞ?ほら、元気良く右足から!」
踏み出す足まで指図され、私は仕方なく一之丞に続いた。
腕はガッチリ固定されているし、もう力が半端なく強い。
抵抗したところで超・絶好調の一之丞が言うことを聞くわけがないし、このカッパどもが各々頑固なのは知っている。
それに、神社の階段の下でいつまでもこうしているのも時間の無駄だ。
貴重な定休日の今日は予定が詰まっている。
そうして軽く一悶着ありながら、私達は浅川神社境内に到着した。
ここはいつも春祭りになると、村人が集まり、継ぎ獅子と呼ばれる伝統行事が行われる広場だ。
継ぎ獅子とは人の上に更に人が乗り、最高段に乗った人(子供のことが多い)が獅子の頭を被って舞うというもの。
過疎の村ではあるけど、この時ばかりは老人も若人も子供も力を合わせて継ぎ獅子を成功させる。
そのことが、氏子の団結を深め信頼を培う原動力になっている、と私は父から教わった。
祭りの広場から右手には、小振りの社務所があり、その横から伸びる坂道を下ると、宮司さんが住む家がある。
浅川神社の宮司さんは三橋弓子さんという。
私の小・中学校の先輩で全国でも珍しい女の宮司であった。
「こんにちはー」
と言いつつ扉を開ける。
浅川村では家の鍵はかけない。
どこの家でも、皆こうやって声をかけながら扉を開けて中に踏み込む。
かなり無用心な気もするけど、田舎は近所の目が行き届いているので、生きた監視カメラがついているというわけだ。
「はぁーい」
大きな声が聞こえ、パタパタと歩いてくる音が続く。
一之丞達と私は広い玄関の中で、まっすぐに長い廊下から早足で出てくる女性を待った。
「弓子さん、お久しぶり!」
私は手土産のコーヒー豆を渡す。
小売りの500g、贈答用だ。
「おおっ!ありがとね!」
弓子さんは、白衣に浅黄の袴という普段着の装束を纏い、大きなリアクションで感動を表すと、続けて言った。
「サユリちゃんも元気そうね。電話もらって会えるの楽しみにしてたよ」
「私も!あ、法被もありがとうございます!一之丞達もすごく喜んでいて……」
そう言って、私は一之丞達を前に押し出し、一人ずつ紹介した。
「あ、この人達が噂のイケてる外国人ね!」
弓子さんは、まず一番大きい一之丞を見て次に三左を見た。
一之丞を見てダビデ?と言わなかった人を見たのは初めてだ。
その事に感動していると、次郎太を見た弓子さんがはたと視線を止めて言った。
「キミ……」
「……何かな?俺の美しい顔に何か付いているかい?」
「そのメガネ……いいね」
「えっ!?」
次郎太は不意打ちを食らったように目を丸くした。
弓子さんのトレードマークは昔からお洒落な眼鏡で、今日もラウンド型の銀縁のものを掛けている。
中学の時も、高校の時も、コンタクトレンズは邪道と言い張って常に眼鏡。
村でも無類の眼鏡好きとして知れ渡っていた。
「スクエア型の……色はメタルブルー……うん、上級者だ」
弓子さんは、次郎太に向かって親指を立てにっこり笑う。
すると、いつもは持ち歩いている手鏡で確認する次郎太が、弓子さんを見たまま動かなくなった。
その時、私には聞こえた。
たぶん、三左や一之丞にも聞こえたはず。
次郎太の胸の辺りで「ズッキューン」という矢の刺さる音が!!
「じゃあ行こうか?資料のある蔵に案内するよ」
そうとは知らない弓子さんは、玄関に降りて雪駄を履く。
その後を、ホワンとした次郎太がそろそろと付いて行くのを、私達は物珍しげに見守ったのだ。
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