純喫茶カッパーロ

藤 実花

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第五章 天狐を探して

⑭おうちにかえろう

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豆狸の洞窟を後にして、私達は元の駐車場まで戻ってきた。
来るときはまだ宵の口だったのに、見上げる月はもうだいぶ高い。
スマホの時刻を確かめると夜の10時が来ようとしていた。

「それでは皆様。私達はこれで」

車の前までくると、エリちゃんとお梅ちゃんが並んで頭を下げた。

「あれ?一緒に帰らないの?」

とは言ってみたものの、一人増えると軽自動車の積載人数を越えてしまう。
いざとなれば行きと同じく「ぬいぐるみ」で押し通す作戦もある。
が、出来るだけ法には触れたくはない。
……私はかなりの小心者なのだ。

「はい。ここからなら、地下水路を通ればすぐでございますから」

エリちゃんは足元のマンホールを指差しながら笑った。

「へぇ、亥の子池はこの近くなのね?」

「そうなのですよ。ここより東に少し入った山奥になりますわ。サユリ様も今度遊びにいらして下さいませ」

「うん。またね!」

私と挨拶をすませると、次にエリちゃんは一之丞の前に進み出て、深々と演歌歌手のように頭を下げた。

「一之丞様、この度は誠にお世話になりました」

「うむ。妹御も無事で良かった!」

「はい。それで……少しお話があるのですが……」

エリちゃんは上目遣いで一之丞を見る。
おっと、今度こそロマンスが再燃か!?
と見ていると、三左が目を吊り上げてその間に割って入った。

「コルァ!まだ諦めてないのかぁー!?」

「えっ、あ、あの、違います。違う件なのです」

「どう違うのさっ!」

プンプン怒る三左から目を逸らし、エリちゃんは一之丞の耳元に小声で何かを囁いた。
すると、一之丞の顔がみるみる赤くなる。
それを見てエリちゃんは艶やかにふふっと笑い、更にもう一度何かを囁いた。

「そっ!それはっ……エ、エリザベス!?」

それに一之丞が激しく反応した。

「一之丞様。あなたはとてもお優しい方ですが、時には強引になることも必要かと……」

「いや、しかし……」

「いや、しかし……ではございませんっ!ここはガツンとお伝えするべきですわっ!」

何の話か全く見えないけど、エリちゃんはぐぐっと拳を握り一之丞に突きつけている。
一之丞はそれに怯み、赤い顔で慌てていた。

「何の話だよぅ!ちゃんと教えてよぅ!」

三左が拗ねて叫んだ。
すると訳知り顔の次郎太が、三左の肩を叩き口パクで何かを言った。
恐らく3文字の言葉で、サカナ?サクラ?イモリ?
なんだかそんな言葉だ。
次郎太の口パクで三左はピンと来て、アッと言った。
それからやけにこっちをニヤニヤと見てくるのだ。
何よ全く!こっちはお尻が気持ち悪いから早く帰りたいんだけど?

「それでは、ファイトですわよ!一之丞様っ!」

エリちゃんは一之丞に発破をかけながら、マンホールの蓋に手をかけた。
ここのマンホールは集会所のよりも一回り大きい。
絶対一人じゃ無理だと思ったのに、なんと彼女は片手で「フンッ」と開けたのだ。
カッパは淑女でも怪力だ、というのを私は学習した。
バコンッと外れたマンホールの蓋をゆっくりと脇に置くと、エリちゃんはお梅ちゃんを手招きする。
お梅ちゃんはその縁に座り、私を見てにっこりと微笑んで言った。

「我が師よ。近い内に修行に伺いますので良しなに!」

「……う?……あ、うん。待ってます!」

そうだった。
ロマンス道を追求するんだったわ、忘れるところだった。
私の返事を確認すると、お梅ちゃんは満足そうにマンホールへと消えていった。
途中で体がつっかえないといいけど……なんて失礼なことを考えていると、次はエリちゃんが縁に座った。

「では皆様。本当にお世話になりました。お礼はお梅と共に改めて致しますので……」

と言いながらマンホールの中へと体を滑り込ませて蓋をスルスルと引き寄せる。
その体が全部マンホールの中に入ってしまうと同時に、蓋は重い音を立てて完全に塞がった。

「……行っちゃったね」

私は呟いた。
マンホールは何事もなかったように整然としてそこにある。
まさか、たった今、カッパが入り込んで行ったなんて誰が思うだろう。
その上、地下水路をカッパが移動手段にしているなんてきっと知っているのは私だけだ。

「さぁ、帰る?お尻も冷たいし、明日も早いし……」

「う、うむ。そうであるな」

答えた一之丞は少し挙動不審だ。
次郎太と三左は口に手を当て薄笑いで長兄を見ている。
それが、さっきのエリちゃんの囁きに関することだと思いはしたけど、そんなことよりお尻の大惨事の方が重要だ!

「ほら、全員車に乗り込めっ!私のお尻が限界よ!おうちにかえろう!」

三匹のカッパ達を追いたてて車に乗せると、運転席にビニールシートを敷く。
不快さは更にアップしたけど、背に腹は変えられない。
エンジンをかけ、強めに暖房を入れると私はアクセルをガンガン踏み込んだ。




















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