純喫茶カッパーロ

藤 実花

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第五章 天狐を探して

⑤カッパとアラサーとぬいぐるみと警察官

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黒の軽自動車は、暗闇に溶け込むように疾走する。
山の木々は昼間の様相をひっくり返したように静かで、軽いエンジン音がその静けさを引き裂くように響いていた。
札の後を追う私は、前方と札両方に注意を払わなければならず、いつになく神経をすり減らしていた。
それなのに、後部座席のカッパどもは遠足気分である。

「次郎兄、花札持ってきた?」

「いや、でもトランプならあるぞ」

「あら?私、UNOなら持ってきましたよ?」

次郎太とエリちゃんは、それぞれの甲羅の中から、楽しそうにトランプとUNOを取り出した。
トランプとUNOって……。
一体どこでそれを手にいれたのだろう。
まさか、池に捨てられた物?
そう思うと、申し訳なさでいっぱいになり、遠足気分にイラついた気持ちも少しだけ収まった。
……少しだけね!

バックミラーで彼らの様子を見ていた私は、軽くため息をついた。
それを聞いていた一之丞は、慌てて後部座席に注意をした。

「これ!お前たち!遊びに行くのではないぞ?これから厳しい戦いがあるやもしれぬのに、そんな軽い……ほげっ!」

後ろを向いていた一之丞は、急ブレーキをかけられてシートに頭をぶつけた。
決して後部座席への嫌がらせで急ブレーキをかけたわけではない。
私もそれほど心は狭くないし、急ブレーキが危ないということはわかっている。
でもヘアピンカーブを抜けた先に、突然赤く光る2つのランプを発見したら誰だってブレーキをかけるはずだ。
2つの赤いランプ、それは「サツ」だ!
この辺りで見かけることなど滅多にないのに、どうして今日?しかも今?と、心臓がバクバク鳴った。

「サ、サ、サユリ殿……何故……」

一之丞はおでこを擦りながらこちらを向いたが、それを無視して徐行で前方を注視した。
私の前には白のセダン、その前に軽トラックが止まっている。
少し広くなった山沿いのスペースにはパトカーが1台止まっていて、車中に一人、車外に一人いるようだ。
車外の警察官は軽トラックを停めて運転手のおじさんに何かを尋ねている。
ーーー検問か。
これはまずい。とてもまずい。
何がまずいかって、今私の車には4匹のカッパが乗っているからだ!

「サユリちゃん?車とまったよぉ?」

「どうかなさいましたか?」

「問題発生かい?」

後部座席から呑気に3匹が顔を出した。

「しっ!黙って!」

私は小声で叫んだ。
軽トラックは検問が終わって去っていき、警察官は次のセダンに話を聞いている。
その次は間違いなく私だ。
車の中は勿論覗かれてしまうし、そうしたら、カッパが乗っていることがバレる!
私はいろいろ考えた。
そして、この状況を乗りきる為に、出来ることは一つしかないことに気付いた。

ピリピリした雰囲気に、一之丞や後部座席からも緊張が伝わってくる。
ゴクリと息を飲む音も聞こえた。
そんな彼らに私は告げた。

「いい?悪の研究所の職員が、未確認生物を捕まえようとしているわ。バレたら間違いなく命はない。だからね、ぬいぐるみの振りをしてて?」

「ぬ、ぬいぐるみ?」

一之丞が小声で言う。

「うん。後ろも、いい?絶対に動いてはいけません。息もしないでね!」

「息も!?……まぁ、大丈夫だけど。20分くらいは余裕だもんねー」

三左は威張って言った。
カッパだからね、余裕なのは知ってます。

「それじゃあ、頑張って……なんとか上手くごまかし……あっ」

指示を出している時、フロントガラスをコンコンと叩く音がした。
見ると、固い表情の警察官がこちらを見ている。
私は急いで助手席側のウィンドウを下げた。

「は、はい」

「お忙しい所、どうもすみません」

警察官は軽く頭を下げた。

「いえ、何かありましたか?」

「ええ。この辺りで最近、車を暴走させている輩がいましてね。注意を促し……て……い……」

警察官の声がだんだんと尻すぼみになったのは、助手席の一之丞を見てからだった。

「あの、これ……なんです?」

「え?あ、ああ、これですか?」

私は一之丞の皿を擦った。
皿はうっすらと汗をかいていて生暖かい。

「カッパ……ですよね?」

「はい、カッパです。カッパのぬいぐるみです」

「……ぬいぐるみ」

そう呟くと、警察官は少し切なそうな顔をした。
何を言いたいのかはすぐに想像出来る。
『助手席に乗せる相手もいないんだな、だから、ぬいぐるみにわざわざ法被を着せてシートベルトまでして……しかも、カッパって何だ!?もっと他にあるだろう?クマとかウサギとか!』
と、思っている顔だ。

「そうですか……わかりました。では、安全運転でお願い……し……」

漸く解放されると思っていたら、警察官がふと後部座席に目をやった。
そこに三体のカッパを発見した警察官は、なんとも形容しがたい表情を浮かべている。
私も恐る恐るバックミラーで後ろを見た。
後部座席の3匹のカッパは、お行儀良く並び、虚ろな目で真正面を見ている。
その光景はもう異様としか言いようがない。

「カッパですよね……」

「ええ。カッパです」

他に何と言っていいかわからずそう答えた。
すると、警察官は突然優しく声をかけてきたのだ。

「あの、頑張って下さいね……そのうちいいことがありますよ」

「えっ!あ……はい」

どんな誤解をされているのか、聞くのが恐ろしい。
いろんな意味で同情されているのだと思ったけど、今そんなことどうでもいい。
早く去りたい私は、警察官に愛想を振り撒き言った。

「あの、もう行っても?」

「ええ。どうぞ。お気をつけて」

警察官は気遣うような目を私に向けた。
そして、微動だにしないカッパ達をもう一度怪訝そうに見るのだった。

























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