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第四章 水神の玉
⑭看板娘とアラサーの妖怪
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「ありがとね。三左」
そう言いながらカウンターに屈み込み、三左に顔を近づけた。
「えっ!?」
思いがけない言葉を聞き、三左は大きな目をぱちくりとさせる。
その反応を楽しみながら私は言った。
「だって、別れが悲しいって思えるくらいの感情を私に持っているってことでしょ?友達とか仲間?そういう、他人には感じない大切な思いを」
「サユリちゃん……」
唖然とする三左から一度距離をとり、更に続けて言った。
「確かに、夫婦でもどちらかが先に亡くなるわよね。それは、絶対に変えられない。悲しいし淋しいね。でも、それ以上に楽しい思い出があったはずよ」
「思い出?」
「お父さんはさ、お母さんと出会い、一之丞や次郎太や三左が産まれてとっても楽しかったはず。悲しいことの何倍もね。突然会えなくなってしまったけど、それまで積み重ねてきた楽しい思い出は色褪せない。いつまでも胸の中にあって、目を閉じれば何度だって甦るんだから」
「そ、そうかなぁ……」
三左はまだ何かが引っ掛かるのか、首を傾け視線を落とした。
私は彼に語りながら、同じ様に自分に言い聞かせていた。
父が亡くなったことについて、私自身もまだ十分に心の整理は出来ていなかった。
ある日突然会えなくなってしまって、心にぽっかりと開いた空洞。
その感情をどう表現すればいいかわからない。
ただこうして三左と話していると、自分の置き去りにされた思いと対峙しているような……そんな感覚があった。
「そうだよ、絶対。だからさ、必要以上に怖がらなくていいと思う……それからね、私、そんなにすぐに死なないから。きっと100年生きるから」
「じゃあ、130歳?もう妖怪だねぇー」
三左は口を押さえてふふっと笑った。
やっといつもの三左だ。
そう思ったら、店内の雰囲気が一気に明るくなった。
いつの間にか、三左はカッパーロのムードメーカーになっていたらしい。
まぁ、自称看板娘だし、ね?
ーーーカランコロン。
入り口が開き、三左は営業スマイルでさっとカウンターから立ち上がる。
でも、それはお客様ではなく、伝票を持った大村さんだった。
「はいこれ。確認してサインして?」
彼は淡々として余計なことは言わない。
週刊誌に載っていた、ベスト旦那の条件を思い出し、私と三左は目を見合せ笑った。
「うん。あ、どうだった?」
「何が?」
「次郎太。ちゃんと仕事してた?」
大村さんはその問いに一瞬無言になった。
そして、天井を見上げ、腕を組み、うーんと一度唸る。
そんなに悩むほどの質問をしたかな?
と、思っていると、ボソボソと話し始めた。
「まぁ、問題はないよ。ただ、少し……何て言うか……怖い?」
どうして「怖い」に疑問符がついたのか……。
恐らくだけど、大村さんは常軌を逸した次郎太の行動に、ただならぬものを感じたのではなかろうか?
いつも見てる私でさえ、キモッと思う時があるし。
「あ、そう。……もう一人いた?」
「……あー。うん。武士のような言葉遣いの彫刻のような人が。死ぬほど丁寧に挨拶された……」
うん、知ってたけど。
私は必死で笑いを堪えた。
「皆、兄妹なんだね。似てるよ、個性的で」
「それ、誉めてるんだよねぇ?」
三左が口を尖らせた。
「うん。誉めてるよ?楽しそうでいいよね」
大村さんは三左を見て微笑んだ。
ホワーンと灯りが漏れるような雰囲気に一瞬、場が和む。
なるほど、こういう人を不快にさせない、いや、逆に安心させることが、高評価のポイントなのだろう。
「サインした?」
ボーッとしていた私を見て、大村さんが声をかけた。
ごめん、忘れてたっ!!
「はいはいっ!」
手元にあった伝票に急いでサインをして渡すと、大村さんは伝票と私の顔を交互に見た。
そして言った。
「いや、まさか、石原さんがああいうタイプの濃い顔を選ぶとはねー」
「……は?」
唐突に言われ、ポカンと口を開けた。
濃い顔を選ぶ……とは?
濃い顔で思い出すのは一之丞だけど、選ぶって一体どういう意味なのか?
そもそも大村さん、どうして突然そんなことを!?
一人で変な顔をしながら、悶々と考え続ける私の前で、大村さんはホンワカオーラを撒き散らした。
「うん、いいと思うよ。彼もかなり日本文化に精通しているし、過疎の村に新しい風を吹かせるという意味ではね」
「え?いや、何の話を……」
「それじゃあ、これで。次は来週の同じ曜日にくるよ。毎度ありがとうございましたー」
「あっ、えっ?ちょっと……」
大村さんは困惑する私と伝票の写しを置いて去った。
手元の伝票の写しを見ながら、ひたすら考え込んでいると、三左が横から声をかけてきた。
「サユリちゃん、気にすることないよ?きっと、何か勘違いしたんじゃないかなぁー」
「……そうよねぇ……」
少し気にはなったけど、大したことじゃないはず。
たぶん、ホームステイに濃い顔の外国人を選んだね?くらいのノリだろう。
うん、そうにちがいない!
そうして気分を変えると、入り口の扉が開いた。
午後3時過ぎ、今からはパート帰りの主婦の皆様がティータイムに来る時間だ。
一之丞の作るスイーツも大人気で、この時間帯にはいつも品切れになってしまう。
「いらっしゃませぇー!」
三左の甘くて伸びのある声とともに、また忙しい時間が始まった。
そう言いながらカウンターに屈み込み、三左に顔を近づけた。
「えっ!?」
思いがけない言葉を聞き、三左は大きな目をぱちくりとさせる。
その反応を楽しみながら私は言った。
「だって、別れが悲しいって思えるくらいの感情を私に持っているってことでしょ?友達とか仲間?そういう、他人には感じない大切な思いを」
「サユリちゃん……」
唖然とする三左から一度距離をとり、更に続けて言った。
「確かに、夫婦でもどちらかが先に亡くなるわよね。それは、絶対に変えられない。悲しいし淋しいね。でも、それ以上に楽しい思い出があったはずよ」
「思い出?」
「お父さんはさ、お母さんと出会い、一之丞や次郎太や三左が産まれてとっても楽しかったはず。悲しいことの何倍もね。突然会えなくなってしまったけど、それまで積み重ねてきた楽しい思い出は色褪せない。いつまでも胸の中にあって、目を閉じれば何度だって甦るんだから」
「そ、そうかなぁ……」
三左はまだ何かが引っ掛かるのか、首を傾け視線を落とした。
私は彼に語りながら、同じ様に自分に言い聞かせていた。
父が亡くなったことについて、私自身もまだ十分に心の整理は出来ていなかった。
ある日突然会えなくなってしまって、心にぽっかりと開いた空洞。
その感情をどう表現すればいいかわからない。
ただこうして三左と話していると、自分の置き去りにされた思いと対峙しているような……そんな感覚があった。
「そうだよ、絶対。だからさ、必要以上に怖がらなくていいと思う……それからね、私、そんなにすぐに死なないから。きっと100年生きるから」
「じゃあ、130歳?もう妖怪だねぇー」
三左は口を押さえてふふっと笑った。
やっといつもの三左だ。
そう思ったら、店内の雰囲気が一気に明るくなった。
いつの間にか、三左はカッパーロのムードメーカーになっていたらしい。
まぁ、自称看板娘だし、ね?
ーーーカランコロン。
入り口が開き、三左は営業スマイルでさっとカウンターから立ち上がる。
でも、それはお客様ではなく、伝票を持った大村さんだった。
「はいこれ。確認してサインして?」
彼は淡々として余計なことは言わない。
週刊誌に載っていた、ベスト旦那の条件を思い出し、私と三左は目を見合せ笑った。
「うん。あ、どうだった?」
「何が?」
「次郎太。ちゃんと仕事してた?」
大村さんはその問いに一瞬無言になった。
そして、天井を見上げ、腕を組み、うーんと一度唸る。
そんなに悩むほどの質問をしたかな?
と、思っていると、ボソボソと話し始めた。
「まぁ、問題はないよ。ただ、少し……何て言うか……怖い?」
どうして「怖い」に疑問符がついたのか……。
恐らくだけど、大村さんは常軌を逸した次郎太の行動に、ただならぬものを感じたのではなかろうか?
いつも見てる私でさえ、キモッと思う時があるし。
「あ、そう。……もう一人いた?」
「……あー。うん。武士のような言葉遣いの彫刻のような人が。死ぬほど丁寧に挨拶された……」
うん、知ってたけど。
私は必死で笑いを堪えた。
「皆、兄妹なんだね。似てるよ、個性的で」
「それ、誉めてるんだよねぇ?」
三左が口を尖らせた。
「うん。誉めてるよ?楽しそうでいいよね」
大村さんは三左を見て微笑んだ。
ホワーンと灯りが漏れるような雰囲気に一瞬、場が和む。
なるほど、こういう人を不快にさせない、いや、逆に安心させることが、高評価のポイントなのだろう。
「サインした?」
ボーッとしていた私を見て、大村さんが声をかけた。
ごめん、忘れてたっ!!
「はいはいっ!」
手元にあった伝票に急いでサインをして渡すと、大村さんは伝票と私の顔を交互に見た。
そして言った。
「いや、まさか、石原さんがああいうタイプの濃い顔を選ぶとはねー」
「……は?」
唐突に言われ、ポカンと口を開けた。
濃い顔を選ぶ……とは?
濃い顔で思い出すのは一之丞だけど、選ぶって一体どういう意味なのか?
そもそも大村さん、どうして突然そんなことを!?
一人で変な顔をしながら、悶々と考え続ける私の前で、大村さんはホンワカオーラを撒き散らした。
「うん、いいと思うよ。彼もかなり日本文化に精通しているし、過疎の村に新しい風を吹かせるという意味ではね」
「え?いや、何の話を……」
「それじゃあ、これで。次は来週の同じ曜日にくるよ。毎度ありがとうございましたー」
「あっ、えっ?ちょっと……」
大村さんは困惑する私と伝票の写しを置いて去った。
手元の伝票の写しを見ながら、ひたすら考え込んでいると、三左が横から声をかけてきた。
「サユリちゃん、気にすることないよ?きっと、何か勘違いしたんじゃないかなぁー」
「……そうよねぇ……」
少し気にはなったけど、大したことじゃないはず。
たぶん、ホームステイに濃い顔の外国人を選んだね?くらいのノリだろう。
うん、そうにちがいない!
そうして気分を変えると、入り口の扉が開いた。
午後3時過ぎ、今からはパート帰りの主婦の皆様がティータイムに来る時間だ。
一之丞の作るスイーツも大人気で、この時間帯にはいつも品切れになってしまう。
「いらっしゃませぇー!」
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