純喫茶カッパーロ

藤 実花

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第四章 水神の玉

⑦水神=銀竜?

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「四尾が……何か言ってきたの?」

私は尋ねた。

「……はい。狐はとても腹を立てていて亥ノ子池に現れるなり、辺りに火を放ち始めました」

「なんとっ!!して、皆は……錦野殿は無事なのか?」

一之丞が慌てて身を乗り出す。
すると、エリちゃんはまた涙を流し、辿々しく言った。

「……父が術で水を放ち、火は消すことが出来ましたが、その時、池の外に出ていた妹が狐にさらわれてしまい……」

「むぅ……何の為であろうか?妹御を拐ってどうしようというのだ」

一之丞が呻いた。
確かに、四尾の行動には一貫性がない。
農家さんを呪ったのだって、河野社長を操ったのだって、何がしたいのか謎だ。
水神の玉だって、盗ませて何に使うんだかわからない。
あれ?そもそも、水神の玉って何?
私の思考は、堂々巡りの末、原点に戻った。

「わかりません……でも、去り際に言っていたのです」

「何をだい?」

エリちゃんの言葉に次郎太が問いかけた。

「忌々しい、又吉一族め。あの方はなぜ、あのような加護を……と。それはもう、狐なのに鬼の形相で……」

狐なのに鬼の形相で……そこは笑うところなのかどうか迷い、誰も笑わなかったので私は耐えた。
危ない、顰蹙ひんしゅくを買うところだった。
さらっとカッパジョークをかましたのだと思ったのよ……。

「それは、昨日の一件のことであろうな、サユリ殿?」

「は、はひっ?」

突然こちらを向いた一之丞に、私はビックリして声が上擦った。
でも、それには触れず一之丞は話を続けた。

「力で言えば、もちろん天狐が上であろう。だが、集会所では私の妖力が勝っていた。恐らく、あの法被……あれが力を増幅させたのだ。水神、銀竜が描かれておったしな」

「へぇ?水神って銀竜なのね。道理でやたらと意匠に銀竜がいると思ったわ」

私の質問は、その場を凍りつかせた。
一之丞は目を丸くし、エリちゃんは口を覆い、次郎太はゴクンと息を飲み、三左の背中がビクンと揺れた。
えっ、何かおかしなこと言った?

「サユリ殿っ!?浅川村に住みながら水神様の正体を知らぬとはなんたることっ!!」

「え?あー、うん。ごめん」

大袈裟に叫ぶ一之丞に、私は飄々と答えた。
悪いけど、たかだか30年弱しか生きてないし、神様の歴史なんぞ習ったこともない。
私が浅川村関係の歴史で知っているのは、カッパ伝説と母から聞いた神様の大事なもの、くらいだ。
つまり。
申し訳ないけど、興味がなかった……のである。

「嘆かわしい……こうして信仰は失われ、土着の神は力を失くして行くのだ……」

一之丞が天を仰ぎ、

「由々しきことで御座いますよ、サユリ様……」

穏やかなエリちゃんまでも、冷ややかな目で私を見る。
てっきり、次郎太と三左にも責められるかと思ったけど、彼らはそうではなかった。

「それ、今関係なくなーい?」

「そうだよ。サユリさんは人間だからね、知らないことがあるのも当然さ。俺達と比べるのはおかしいよ」

ううっ、三左、次郎太。
使えねーやつらだ、なんて思っててゴメン!
頭の固い一之丞やエリちゃんと違って、次郎太と三左は柔軟に物事を捉えている。
ひょっとすると、カッパより人間の血の方が濃いのかもしれないと思った。
2人の思いがけない攻撃に合い、一之丞は口をつぐんだ。
エリちゃんも「出過ぎたことをいいました」……と目を伏せる。
その場の雰囲気がめちゃくちゃ悪くなったのを感じとり、私は話題を変えた。

「それで。あの……四尾の件だけど……」

「……はっ!そうであった!」

一之丞はいきなり顔を上げ、本題へと戻る。

「私が考えるに、四尾が妹御を拐ったのは腹いせなのではないだろうか?」

「腹いせ?一之丞に負けたのが結構悔しかったのかな?そうでも無さげだったけど?」

余裕綽々で「ではな!」とか言って去ったような?
あれが全て演技なら、よっぽど負けず嫌いなんだろうな。
まるで、子供の癇癪みたいだわね。
……と考えた途端、なんとなくわかった気がした。
一之丞の言ったことはきっと正しい。
四尾はわりとシンプルに出来ていて、どうにも出来ない感情をどこかにぶつけている。
そう、正に思い通りにならなくて寝転がり駄々を捏ねる子供みたいに。


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