純喫茶カッパーロ

藤 実花

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第三章 怪・事件

⑭きゅうりを食べれば大丈夫

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私の妄想が一段落した頃に、次郎太と三左は各々首尾良く仕事を片付けて車に戻ってきた。
これで、農家さんの家に貼られた呪札を全て回収することに成功し、ミッションコンプリートとなったのである。
後は残る呪札を浄化するだけ。
次郎太と三左は持っている呪札を数えた後、全てを一之丞に渡した。

「これで全部であるな?次郎太、三左、ご苦労であった!良き行いは良き人生に通ずるという。今日の行いが、2人の人生にきっと幸福をもたらすことであろう」

一之丞は兄としての威厳たっぷりに2人を労った。
だけど、次郎太も三左もそんな兄の話など少しも聞いてはいない。
彼らは呪札の数を巡って賭けをしていたようで、僅かに呪札の数の勝った次郎太が、三左に明日のきゅうりを寄越せと催促していた。

「とにかく!皆、お疲れ様です!本当は集会所へ引き返して農家さんの様子を確かめたいところだけど、誰かに姿を見られてもいけないし、そのまま家に帰るね」

そう言って私がエンジンをかけると、心配そうに三左が聞いてきた。

「民さん、大丈夫かなぁ……?」

その問いには一之丞が答えた。

「きゅうり農家さんであるな?きっと無事である!お前がちゃんと呪札を剥がしたのであろう?」

「うん。大丈夫だよね、うん」

バックミラーで確認すると、三左はしきりに皿についたピンクのリボンを触っていた。
彼はそのリボンがお気に入りで、人型になった時も必ず髪に付けるほど、大切にしている。
どこで手に入れたのか、誰かに貰ったのか、それを聞いたことはなかった。
だけど、ミラーに写る嬉しそうな三左を見ていると、きっと素敵な思い出があったんだなとこっちまで嬉しくなった。

「それじゃあ、超特急でカッパーロへ帰るよー!」

「うむ!」

「ああ」

「はぁーい!」

元気な叫び声とともに、一仕事終えた一人と三匹は家路へと急ぐのであった。


******


次の日。
夜更かししたにも関わらず、カッパーロ従業員と店主は目覚ましが鳴るちょうど一時間前に目を覚ました。
昨夜は全員が倒れ込むように寝床に入って、死んだように眠った。
気力も体力も使い果たしての爆睡である。
でも、爆睡したお陰で完全回復し、全員気力体力充分の爽やかな目覚めで朝を迎えたのだ。

カッパ三兄弟は朝ごはんのきゅうりを食べてからお風呂に入り変化をする。
私は彼らがお風呂に入っている間に身支度を調え、簡単な朝食を食べた。
余裕のある朝のなんと素晴らしいことか。
毎日こうありたいものね、と考えていると脱衣所の扉が開いた。

「あー!スッキリしたぁ!」

ピンクのバスラップを着た三左が最初に出てきて、私の前の椅子に座った。
今日も頭の天辺で結わえられた髪には、薄ピンクのリボンがちょこんと付いている。

「ふふっ。やっぱりお風呂はいいでしょ?一之丞と次郎太はまだ中なの?」

「うん。兄さまは今、湯船に浸かってるよ。その次は次郎兄が浸かるって!順番なんだよねー」

あら。
最初あまりお風呂が好きじゃなかったのに、湯船に浸かるなんて!
一之丞もなかなか馴染んできたわよね。

「お湯に浸かった方が疲れがとれるからね!良いことです!」

「サユリちゃんは、たまに母上みたいなこと言うよねぇー」

「ん!?」

三左、それは禁句です……。
この前一之丞に「母のようだ」と言われてから、その言葉に過剰に反応してしまうのだ。
私が嫌そうな顔をしたのを見て、三左は楽しそうに言った。

「なんだか顔も似てる気がするんだよねぇー」

「もうっ!馬鹿言ってないで、着替えて来なさい!バスラップじゃお店に出れないでしょ?」

「はぁーい。母上ーー」

「こらっ!!」

三左は私を存分にからかうと部屋に着替えに行った。
一之丞も三左も、どうして私を母にしたいのか!
何百年も生きてるカッパの母親だなんて、悪いけどご遠慮したい。
だって、すごく年をとった気がするんだもん!
もしかして、私がオバサンみたいだからかな?
最近肌もカサつくし、ほうれい線も深くなってきた気がする。
更に言うと目の下のちりめん皺が増えたような……。
考えれば考えるほど悲しくなってきた。
私の未来って、このままカッパーロでおばあちゃんになるまで働きつづけ、最後は一之丞達に見守られながら死んでいくんじゃないだろうか!?
そう言えば昨日一之丞が言ってたわよね。
サユリ殿の未来は私の双肩にかかっている!とか何とか。
それって、イケメン連れてくるんじゃなくて、老後まで面倒みますよ?ってことなんじゃ……。
私の思考が、悪い方へと向かい出したその時、一之丞と次郎太がお風呂から出てきた。

「ああー、いいお湯だったね?」

「うむ。体の緊張が解れるようだ。これからは、もっと浸かることにしよう」

2人はシンプルな白いTシャツを着て、露出した肌から湯気を出している。
輝くようなツヤピチのお肌は水も弾く滑らかさ。
それを惜し気もなく披露しているものだから、私は鬼のように嫉妬し、彼らをしこたま睨んだ。

「サ、サユリ殿?どうしたのだ?目が怖いのだが。我ら何かしたであろうか?」

感じた殺気に一之丞が怯む。

「……お肌、ツヤツヤよね?何か美肌対策でもあるの?」

淡々と聞いてみた。
その声のトーンにどこか恐怖を感じたのだろうか、一之丞と次郎太はブルッと肩を震わせた。

「え……えっと、多分、きゅうりの効果かな?」

「う、うむうむ。きゅうりの力に違いない!」

いやいや、無理だって。
こちとら、何の力もない人間なんだから、きゅうりをいくら食べたってほうれい線は無くならないよ。

「ああ、どこかにないかなぁ……若返りの薬」

私は頬杖をつき、ポツリと呟いた。
そんなものあるはずないし、あっても怖いから使わない。
でも、何かにすがりたい思いがつい漏れてしまったのだ。
それを聞いて、一之丞と次郎太は顔を見合わせる。
そして、事も無げに言った。

「きゅうりを食べると良い」

「そうだね、きゅうりだよ」

真っ直ぐ純粋な瞳でこちらを見つめる彼らを見て、私はふと考えた。
……この何でもきゅうりで解決しようとするカッパの習性を、人は見習うべきかもしれない。
おそらく「人生の大概のことはきゅうりを食べれば大丈夫」という強烈なプラシーボ効果がカッパの遺伝子に組み込まれているんだ。
ということは……人だって、思い込みでなんとかなるかもしれない!
私は静かに立ち上がり、冷蔵庫を開けタッパーを取り出した。
中にはきゅうりの粕漬けが入っている。
それを2切れ取り出し、口に放り込むとすかさず頭の中でこう唱えた。

『きゅうりを食べれば大丈夫!』

と。




































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