純喫茶カッパーロ

藤 実花

文字の大きさ
上 下
29 / 120
第三章 怪・事件

①パン屋の息子とカッパ達

しおりを挟む
次の日、石原家には微妙な雰囲気が漂っていた。
病院から帰る間、一之丞はだんまりを決め込み、次郎太や三左が話しかけても「うむ」しか言わなかった。
「夕飯のきゅうり貰ってもいい?」という三左の問いかけにも「うむ」と返すという始末。
それから一之丞は人型のままフラリと何処かへ出掛け、その夜は帰って来なかったのだ。
朝になって帰って来たけど、心ここにあらずで空気の抜けた風船のようになっている。
これは、今日は使い物にならないな。
ぼんやりとした一之丞を自室に残し、私は次郎太と三左を連れちょっと早めに店の準備を始めた。


開店準備が整って、営業中の看板を出している時、店の駐車場に白いバンが止まるのが見えた。

「石原!おはよう」

バンから降りて叫んだのは木本忠志、幼馴染みの同級生だ。
彼は麓のパン屋の息子で、4年くらい前からその店を継いでいる。
カッパーロでは、開店当初から「ベーカリーKIMOTO」の食パンをモーニングに使用していて、注文するとこうやって届けてくれるのだ。
忠志はバンのバッグドアを開け、食パンが三本入ったコンテナを抱えてやって来た。

「おはよう。忠志。ありがとね」

そう言って店の入り口ドアを開ける。
忠志は「おう」と言って入ってくると、カウンターにコンテナを置いた。

「わぁ、おっきいパンだねぇ?」

「わっ!!え?アンタ、だれ?」

背後から三左に話かけられて、忠志はカウンターに乗り上げるように後ずさった。
あれ?パン屋には三左や次郎太の噂は届いてないのかな?
彼の様子を見ると、カッパーロの従業員のことは知らなかったように見える。

「僕、三左!サンちゃんでいいよ?」

三左はいい慣れた台詞で自己紹介した。

「サ、サンちゃん?……は?石原、こいつ誰だよ?」

忠志は訝しげな顔をすると、私に向かって問いかけた。
うん、普通はそうだよね。
突然「僕、三左!」と言われても、加藤さんじゃあるまいし、混乱するに決まってる。

「うちの従業員その3。あと男の子が2人いるのよ。えーっと、次郎太ぁ!?どこー?」

トイレに向かって叫ぶと、ゴトンガタンという音がして次郎太が出てきた。

「なんだい?サユリさん」

髪を鬱陶しそうにかきあげながら、いつもの如くアンニュイなご登場である。

「はい、これ従業員その2。次郎太」

と言って忠志に紹介し、

「こちら、パン屋の木本さん。ちょくちょく来るから覚えてね?」

続いて次郎太と三左に忠志を紹介した。

「へぇ……2人とも古風な名前のわりにド派手な顔だな……」

忠志はつっけんどんに言った。
昔から、そんなに愛想が良くない彼は、当たり障りのない言葉を選べない。
良くも悪くも正直に物を言うので、誤解されることも多かった。

次郎太と三左は、忠志のつっけんどんな物言いにも全く動じず、穏やかに笑っている。
さすが、何百年も生きてる妖怪。
いちいちこんな下らないことで、腹を立てたりしないんだ、と、尊敬の眼差しで2人を見た私は、次の瞬間凍りついた。
三左は手に持った布巾を(笑顔で)ギリギリと絞め、次郎太は小さく(笑顔で)舌打ちをしたのだ……。

「じ、じゃあ、2人とも、店のお掃除宜しくね」

シャァーって飛びかからない内に、私は次郎太と三左を追い払った。
彼らは穏やかな仮面を張り付けたまま、微妙な動きで散っていく。
その姿を見ながら忠志が言った。

「不思議なヤツらだな……外国の人なのか?」

「そ、そうなの。遊びに来てて……」

忠志は会話を交わしつつ、コンテナからビニール袋に入ったパンを厨房の方に移した。

「ホームステイ?お母さんまだ入院中なのに大丈夫なのか?」

「うん……」

少し責めるように言う口調に、あーこれは心配されてるなぁ、と思った。
出来のいい学級委員だった忠志と、どんくさくて呑気な私。
小学生の頃からの関係は今でも続き、何かにつけて彼は私の心配をする。
きっと忠志の中では、まだあの頃の私のままなんだろう。

「あと1人いるんだろ?」

「え?」

「従業員。あ、もしかしてこの2人兄妹か?似てるし」

忠志は店内でテーブルを拭く三左と、ガラスの一輪挿しに花を生ける次郎太を振り返った。

「う、うん、そう。兄弟でね……」

「ふぅん。でもなぁ、女の子が1人いるとはいえ他に男が2人もいると……」

「ん?」

「え?何?」

ビックリしたような忠志を見ながら、私は彼が勘違いをしていることを知った。
三左の性別を女だと思っている!!
確かに、見た目はガッツリ女だけど、あれはちゃんと男だ。
いわゆる『男の娘』と言うやつである。
私はちゃんとお風呂でそれを見たんだから……あわわ……思い出してしまった。
顔を赤くしながら視点の定まらない私を、忠志が怪しそうに凝視する。
いかん、こいつをなんとか追い返さなければ……。
でも、何も良い手は浮かばない。
どんどん視線が厳しくなる忠志の前で、私は蛇に睨まれた蛙のようになっている。

厨房の中で暫く微妙な空気が流れ、たまらず私が言葉を発しようとした時、トントンと階段を下る音が響いて来た。























    
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~

山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」 母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。 愛人宅に住み屋敷に帰らない父。 生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。 私には母の言葉が理解出来なかった。

【完結】番を監禁して早5年、愚かな獣王はようやく運命を知る

恋愛
獣人国の王バレインは明日の婚儀に胸踊らせていた。相手は長年愛し合った美しい獣人の恋人、信頼する家臣たちに祝われながらある女の存在を思い出す。 父が他国より勝手に連れてきた自称"番(つがい)"である少女。 5年間、古びた離れに監禁していた彼女に最後の別れでも伝えようと出向くと、そこには誰よりも美しく成長した番が待ち構えていた。 基本ざまぁ対象目線。ほんのり恋愛。

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

旦那様、愛人を作ってもいいですか?

ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。 「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」 これ、旦那様から、初夜での言葉です。 んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと? ’18/10/21…おまけ小話追加

処理中です...