少将閣下の花嫁は、ちょっと変わった天才少女

藤 実花

文字の大きさ
上 下
56 / 59
Extra Ausgabe

出産狂想曲⑥~元帥閣下ローラント

しおりを挟む
「向こうのバスも頼む!横倒しになってうまく救助が出来ないんだ!君の力を貸してやってくれ!」

「わかった」

軽く頷くとバスへと移動した。
車の普及により、最近導入された路線バスは、試験的に首都とクライムシュミットで運用中である。
しかし、その安全性については、様々な専門家から懸念の声が上がっていた。
バスは幅も高さもある。
ザナリアの道路をもう少し拡張しなければ運用は難しいのでは?と、議論されていたのだ。

「マリア!大丈夫か?」

「あっ、ローラント様!」

困った顔のマリアが、オレを見て叫んだ。
彼女は、横倒しになったバスから男の子を助けようとしている。
だが、沢山の座席が邪魔をしてそこまで辿りつくことが出来ないでいるようだ。

「邪魔な物が多いな」

「ええ。一つずつ退けているのですが、遅々として進まず……でも、早くしないと子供の体力が……」

「ああ。そうだな」

オレはその場を離れ、少しバスの周りを歩いてみた。
そして、一周してからマリアに言った。

「一度起こしても問題無さそうだ」

「えっ!?バスを……ですか?」

「そうだ。座席を一つずつ移動させるより早い」

「はぁ……」

マリアがなんとも形容しがたい変な顔をした。
それが出来るなら苦労はしない……とでも思っているのだろう。
彼女はその顔のまま、夫のアイスラーに視線を送る。
すると、彼らはアイコンタクトで何かを伝え合い、次の瞬間、マリアは言った。

「ローラント様!お力、お貸しください!」

「最初からそのつもりだ。マリア、君は周りの人を退避させ、バスの中にいる者に衝撃に備えるように言ってくれ!急げよ?」

「……あ、あっ!はい!」

腕捲りをするオレを見て、マリアは走る。
近くで救助をする警邏隊や、医術士、手当て中の怪我人を素早く退かせ、バスの中にも声をかけて回る。
すると、ものの数分でバスの周囲に人がいなくなった。

「さて、と」

オレは地面と接したバスの天井部分に指を掛け、グッと力を入れる。
そして、浮き上がって出来た隙間に指を差し入れ、そのまま持ち上げた。
思ったより重量がある……が、戦車よりははるかに軽い。
遊撃部隊にいたとき、溝にはまって故障した戦車を駐屯地まで引いて帰ったことがある。
その時と比べると全く手応えがなかった。
バスをあっさりと元の位置に戻すと、オレは窓枠を広げてそこから邪魔な座席を外へと出す。
いや、出すというか、投げるが正しいな。
一刻も早く、片付けたい。
そんな思いが行動にまで表れてしまっていた。

そして、全ての障害物がバスの中から消えると、マリアや他の医術士達が、乗客の診察を始めた。

やれやれ。
こんなものか……。
辺りを見回すオレに、ルドガーとアイスラーが声を掛けてきた。

「お疲れ様でございます。旦那様!」

「やっぱり凄いねぇー。素手でバスを持ち上げるなんて」

「ふん。もういいか?オレは行くぞ?」

ルドガーが恭しく渡してくる上着を受け取りながら、体についた埃を払う。
すると、アイスラーがにっこり微笑み言ったのだ。

「ありがとう。最後に一ついい?」

「何だ?」

「周りを見て?」

その言葉に従うと、遠巻きに見ていた領民や軽傷者、手伝いの警邏隊と医術士、皆が何故かこちらを見ている。

「どうしたんだ?」

「君を見てるんだよ。自分達の領主がいかに頼りになる指導者か……それを僕を含め彼らは今、再認識してるんだ」

「……そんな大したことはしていないが?」

「ふふ。君は昔から自分の評価には興味ないからね。でも、今から産まれる子供(達)のために、クライムシュミットの結束を固めておいてもいいんじゃない?」

アイスラーの言っていることは良くわからなかった。
だが、産まれてくる子供の為に、という言葉には何かしら感じ入るところもある。
オレは、スッと領民に向かって手を上げた。
すると……。

「ローラント様!」
「ザナリア帝国元帥閣下!万歳!」
「さすがは我らが御領主様!」

割れるような歓声と拍手。
領民は叫び、警邏隊は整列し敬礼する。
そのような光景は戦争に勝って凱旋する度に何度も見たことがあった。
しかし、この歓声は何かが違った。
もっと暖かいような、熱いような。
心の底からの喜びが直接伝わってくる……そんな気がした。

「旦那様!警邏隊から車を借りて来ております!さぁ、クリスタ様の元へ!」

ルドガーの声にオレは頷いた。
そうだ。
今、クリスタはいろいろなものと戦っている。
早く側に行って励ましてやらねば!








しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

元彼にハメ婚させられちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
元彼にハメ婚させられちゃいました

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。

恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。 パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

処理中です...