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Extra Ausgabe
出産狂想曲⑤~元帥閣下ローラント
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クリスタが臨月に入り、オレは一ヶ月長期休暇を取った。
こんな長期休暇は、クリスタに出会った一連の事件以来のことである。
子供が双子だと聞かされてから、夜も眠れぬ日々が続いた。
多胎妊娠のリスク。
これについては、フィーネやクリスタから説明されている。
もしも、難産でクリスタや子供達に何かあったらと思うともう堪らない。
しかし、本人はあっけらかんとして、屋敷で家事をしたりおかしな実験をしたり、はたまたブルクハルトと名付けたガチョウに芸を仕込んでみたり……とまるで危機感がない。
オレのことを過保護だと笑うが、これから一ヶ月は絶対安静でベットに縛り付けてやる!
と意気込みつつ、ホームから駅前へと出ていったのだが……。
「何だ……どうしたんだこれは……」
クライムシュミット駅に着くと、そこはいつもとは全く違う景色が広がっていた。
飛び交う怒号、啜り泣く声。
それは、戦場で見る光景に近いものがあった。
「ローラント様っ!」
「……ルドガー!これは一体……」
執事ルドガーをその場に見つけたオレは詰め寄って問いかけた。
「自動車事故でございます。私もフィーネ様を迎えに来る時に巻き込まれまして、身動きが取れないのです」
「なんてことだ……しかし酷いな。まずここをなんとかしなくてはな。駐屯している軍部に連絡を取って……」
「あ、その辺のことは全てジェシカ・ハーネス様が手配済み……あっ!すみません、大事なことをお伝えしておりませんでした!」
ルドガーは慌てて捲し立てる。
今、ジェシカ・ハーネス(変態)と言ったか?
何故その名前が出たのかわからず、オレは首を捻る。
そして、冷静なルドガーがここまで狼狽するほどの大事が何なのかも気になり耳を傾けた。
オレにとって大事なことと言えば、クリスタのこと以外にない……
「クリスタ様の陣痛が始まりまして」
ルドガーの言葉に自分の独り言が被り、一瞬訳がわからなかった。
「……ん?」
「陣痛が始まりました!」
「……ん?んん?予定日はまだずっと先だぞ?」
わざわざ予定日の一ヶ月前から、休暇を取ってるんだ。
そんなにすぐ……いや待て。
そういうのは、予測不可能だとフィーネが言っていたじゃないか!
途端に血の気が引いた。
「……帰るぞっ!!」
「いえ。出来ません」
「……ああ!車が動かないのか!構わん、警邏事務所で車を借りて……」
「そうではなく……」
ルドガーは焦るオレを諭すように言った。
「ローラント様は私とここで、事故の怪我人を救出して下さい!」
「お前、何を言ってるのかわかっているか?」
「勿論です。先ほど、ジェシカ・ハーネス様が馬にてフィーネ様をハインミュラー邸へと連れて行きました。あちらはお任せしましょう!男など何人いても邪魔になるだけ!」
「いや、オレの妻と子が……」
「はい。ですが、この状況を見捨ててクリスタ様がお喜びになりましょうか?」
……痛いところをついてくるな……。
真っ直ぐこちらを見るルドガーを、オレは軽く睨んだ。
世界中の何よりも、彼女に勝るものはない。
全てが滅びても、クリスタが生きていればいい。
しかし。
正義感に溢れ、無鉄砲な天才クリスタ・ルイスは、この状況を見て見ぬふりなど絶対にしない。
「良し。10分だ」
オレは上着を脱ぎ、ルドガーに言った。
「は?」
「ここの全てを10分で片付ける!行くぞ!」
「……は、はいっ!」
ルドガーを連れ、事故の中心へと足を踏み入れる。
軽傷者はもうほぼ助け出されていたが、大元のバスと乗用車の方では状況が悪いようだ。
オレは乗用車の運転手を診察している、見知った医術士に声を掛けた。
「アイスラー!!」
「え……ローラント!?何で……」
アイスラーは驚いて目を見開いた。
「今日から休暇だ。で、どうだ?」
「うん……ここ、足が挟まれてるだろ?これをなんとかしたいんだけど……」
アイスラーの指す所を見ると、運転手の男の足が座席と前輪付近の鉄柱に挟まれて抜け出せなくなっていた。
「今、警邏隊が鉄柱を切れる器具を取りに……ちょ……ローラント!何するんだ!?」
オレは反対側から回り込み、運転席側のドアを軽く外した。
そして、狭まった座席と前輪の間に手を入れ左右に拡げる。
「よっと」
軽い掛け声と共に、難なく足は抜けた。
「……知ってたけど、すごいね……人間じゃないよね……」
「うるさい。で、後は?」
運転手の足を診察しながら、アイスラーはバス付近のマリアを見た。
こんな長期休暇は、クリスタに出会った一連の事件以来のことである。
子供が双子だと聞かされてから、夜も眠れぬ日々が続いた。
多胎妊娠のリスク。
これについては、フィーネやクリスタから説明されている。
もしも、難産でクリスタや子供達に何かあったらと思うともう堪らない。
しかし、本人はあっけらかんとして、屋敷で家事をしたりおかしな実験をしたり、はたまたブルクハルトと名付けたガチョウに芸を仕込んでみたり……とまるで危機感がない。
オレのことを過保護だと笑うが、これから一ヶ月は絶対安静でベットに縛り付けてやる!
と意気込みつつ、ホームから駅前へと出ていったのだが……。
「何だ……どうしたんだこれは……」
クライムシュミット駅に着くと、そこはいつもとは全く違う景色が広がっていた。
飛び交う怒号、啜り泣く声。
それは、戦場で見る光景に近いものがあった。
「ローラント様っ!」
「……ルドガー!これは一体……」
執事ルドガーをその場に見つけたオレは詰め寄って問いかけた。
「自動車事故でございます。私もフィーネ様を迎えに来る時に巻き込まれまして、身動きが取れないのです」
「なんてことだ……しかし酷いな。まずここをなんとかしなくてはな。駐屯している軍部に連絡を取って……」
「あ、その辺のことは全てジェシカ・ハーネス様が手配済み……あっ!すみません、大事なことをお伝えしておりませんでした!」
ルドガーは慌てて捲し立てる。
今、ジェシカ・ハーネス(変態)と言ったか?
何故その名前が出たのかわからず、オレは首を捻る。
そして、冷静なルドガーがここまで狼狽するほどの大事が何なのかも気になり耳を傾けた。
オレにとって大事なことと言えば、クリスタのこと以外にない……
「クリスタ様の陣痛が始まりまして」
ルドガーの言葉に自分の独り言が被り、一瞬訳がわからなかった。
「……ん?」
「陣痛が始まりました!」
「……ん?んん?予定日はまだずっと先だぞ?」
わざわざ予定日の一ヶ月前から、休暇を取ってるんだ。
そんなにすぐ……いや待て。
そういうのは、予測不可能だとフィーネが言っていたじゃないか!
途端に血の気が引いた。
「……帰るぞっ!!」
「いえ。出来ません」
「……ああ!車が動かないのか!構わん、警邏事務所で車を借りて……」
「そうではなく……」
ルドガーは焦るオレを諭すように言った。
「ローラント様は私とここで、事故の怪我人を救出して下さい!」
「お前、何を言ってるのかわかっているか?」
「勿論です。先ほど、ジェシカ・ハーネス様が馬にてフィーネ様をハインミュラー邸へと連れて行きました。あちらはお任せしましょう!男など何人いても邪魔になるだけ!」
「いや、オレの妻と子が……」
「はい。ですが、この状況を見捨ててクリスタ様がお喜びになりましょうか?」
……痛いところをついてくるな……。
真っ直ぐこちらを見るルドガーを、オレは軽く睨んだ。
世界中の何よりも、彼女に勝るものはない。
全てが滅びても、クリスタが生きていればいい。
しかし。
正義感に溢れ、無鉄砲な天才クリスタ・ルイスは、この状況を見て見ぬふりなど絶対にしない。
「良し。10分だ」
オレは上着を脱ぎ、ルドガーに言った。
「は?」
「ここの全てを10分で片付ける!行くぞ!」
「……は、はいっ!」
ルドガーを連れ、事故の中心へと足を踏み入れる。
軽傷者はもうほぼ助け出されていたが、大元のバスと乗用車の方では状況が悪いようだ。
オレは乗用車の運転手を診察している、見知った医術士に声を掛けた。
「アイスラー!!」
「え……ローラント!?何で……」
アイスラーは驚いて目を見開いた。
「今日から休暇だ。で、どうだ?」
「うん……ここ、足が挟まれてるだろ?これをなんとかしたいんだけど……」
アイスラーの指す所を見ると、運転手の男の足が座席と前輪付近の鉄柱に挟まれて抜け出せなくなっていた。
「今、警邏隊が鉄柱を切れる器具を取りに……ちょ……ローラント!何するんだ!?」
オレは反対側から回り込み、運転席側のドアを軽く外した。
そして、狭まった座席と前輪の間に手を入れ左右に拡げる。
「よっと」
軽い掛け声と共に、難なく足は抜けた。
「……知ってたけど、すごいね……人間じゃないよね……」
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運転手の足を診察しながら、アイスラーはバス付近のマリアを見た。
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