少将閣下の花嫁は、ちょっと変わった天才少女

藤 実花

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Extra Ausgabe

伯爵令嬢、奮闘中《8》北の王女

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まだ笑い転げる陛下と、青い顔で目を泳がせる殿下の御前を退いて、私達は舞踏会会場へと向かった。
挨拶をしてから、中央の大階段をパートナーと二人で降りていく。
その途中で、簡単な家の紹介がされる。
というのが、ザナリア宮廷舞踏会の習わし……というのを鬼ラングが言っていたな。
大階段の上に、クリム様と私が姿を現すと、一瞬会場がしんと静まり返った。
さすが、クリム様!
カボチャどもを、お姿だけで威圧するとは。
私はクリム様と共に意気揚々と階段を降りた。

「グリュッセル公爵家、クリム・グリュッセル様。中央情報局副局長。続いて御婚約者、オズワルド伯爵家御令嬢、アンナ・オズワルド様。陸軍本部中佐。御両名でございます」

本当に簡単だな。
家と名前と職業の紹介だけか。
でもあまり詳しく言われても困るしな。
ここで『趣味は銃です!美しいものが大好きです!』とか言われたら、そのまま階段から滑り落ちそうだ。
妄想を繰り広げつつ階下に辿り着くと、各国の姫君達が少し離れてこちらを見る視線に気付いた。
それは、敵意ではない。
敵意ではないが……なんだ?
浴びたことのない種類の視線だ。
首を傾げてクリム様に尋ねようとした瞬間、山のような姫君の中から、一人すぃーっと私達目掛けて歩いてくる者がいた。

「それ、五色ごしきよね?」

私は驚いて声が出なかった。
その質問にではない。
側に来たのは、小動物のように小さい女性だった。
濃いブラウンのくせ毛に、薄いブルーの瞳、色素も薄く抜けるように白い。
整ったその面差しに、私は見覚えがあった!
奥方様!?
色違いの奥方様だ!

「ねぇ、ちょっと、聞いてらっしゃるの?……あら、ダメだわ。瞳孔が開いてるわ……クリム、あなたの婚約者、大丈夫?」

「ははっ、これは通常運転だよ、リリアンヌ」

リリアンヌ??クリスタではなく?
私は首をもげそうなほど傾けた。
お……お……お……お知り合いか!?

「通常運転……まぁ、面白いのね」

色違い様は、ふふふと扇で口を覆った。
そうか……扇とはこう使うのか……。

「アンナ。紹介しよう。彼女はリリアンヌ・アントーニ・ボロミア」

「……ボロミア……あっ!それでは北のボロミア国の!?」

北の強国ボロミア。
ザナリアからファルタリアを越え、更に他国を2つ越えた所にある、広い国土と豊かな資源を持つ国。
昔は農業大国と呼ばれていたが、ある時期から機械工学に力を入れ始め、一気にその分野のパイオニアになった。
という珍しい国だ。
そして、少なからず私とも繋がりがあるのだが……。
まぁ、それは置いといて。
ラングに聞いた話によると、ボロミアの王妃はノイラート様の姉。
つまり……色違い様はクリム様達のいとこ!!
似てて当たり前……いや、似すぎですよ。
私は、とにかく最初にすべきことをしようと思い気合いを入れ直した。

「ご、ご挨拶が遅れました。私、アンナ・オズワルドでございましゅ……あ……」

!!!
やってしまった……しゅ……て。
気合いを入れたのがまずかった、のか?

「……しゅ?……っく、ふふ、ふふふ……あはは……あ、失礼」

色違い様改め、リリアンヌ様は扇で口を押さえるのも忘れ、一瞬仰け反って笑った。
だが、さすがというかすぐに立て直し、さっと表情を戻す。

「リリアンヌよ。よろしくね。で、質問に答えてもらえるかしら?」

「へ?」

「へ、じゃなくて。そのドレス、アルトラの五色じゃないの?」

「アルトラ……あ!アルトラ産だとは聞いていますが、ごしき?というのは……」

私達2人の会話に、相好を崩して見ていたクリム様が加わった。

「五つの色味に変わるって言われてて、そう呼ばれるようになったんだ。リリアンヌ、確かにこれは五色、よく知ってるね、さすがだよ」

へぇ?『五色』……か。
聞けば納得の理由です。

「やっぱり。これかなり高いわよ……というか、今どんなにお金を積んでも手に入らないのよ?ご覧なさい、他の姫達の目の色。欲しくて堪らないって顔してるでしょ?」

リリアンヌ様は扇を閉じて、辺りを指した。
その方向を見ると、姫君達が私のドレスを見ている。
そうか、これは羨望の視線だったのだな。
私がわからないわけだ。
こんな目で見られたことがないからな。

「そうなのか?生地の相場などわからないからな。商人なら違うのだろうが……」

「そうね、ボロミアはアルトラに近いし仲がいいから。ここだけの話、それ、もっと価値が上がるわよ」

「何故だ?」

「アルトラではもうその生地は作れないの。詳しくは聞かないでよ。ここまで話してあげただけでも破格の情報なのだから。あとはあなたの片割れが調べるでしょう?ありがたく思いなさいね」

リリアンヌ様はまた扇を開くと、楽しそうにパタパタと顔を扇いだ。
反対にクリム様は難しい顔をして、顎に手を当て考え込んでいる。

「そうか……最近南ばかりに気をとられ過ぎたな……東も注意しておこう。感謝する、リリアンヌ」

「良くってよ。あ……皇太子殿下が降りて来られたわね」

その声に振り向くと、殿下と陛下が声援に答えながら、階段を降りてくる姿が見えた。
なぜかリリアンヌ様は、殿下から見えないように扇で顔を隠している。

「どうかされましたか?」

その様子が気になり声をかけてしまった。

「ええ……先程挨拶に行ったらね、ものすごく見るのよ……私の顔を……ちょっと気持ち悪くて……」

ああ……。
と、私もクリム様も頭を抱えた。
殿下が奥方様に御執心で、ザナリアで大事件を引き起こしたことを、リリアンヌ様は知らない。
諸外国には表向き軍事演習となっているが、あれはどんなに取り繕ってもクーデターだと思う。
きっと殿下は、リリアンヌ様を見て、奥方様を思い出したのだ。
まだ少し引きずっているのかもしれないな。

「げ!」

と、短くリリアンヌ様が叫ぶと同時に、私達の後ろから声がかかった。

「やぁ、リリアンヌ・アントーニ」

「……これは殿下。お声掛けありがとうございます」

リリアンヌ様は、さっき『げ!』と言った人とは思えないほど、優雅に挨拶をした。
生まれながらの王女様は、品格も桁外れである。
私の格とはまた別物だな。
なんせ、破格の令嬢だそうだからな……自分で言って悲しくなってしまった……。

「約束通り、最初のダンスを私と踊ってくれないか?」

「……光栄でございます、殿下」

リリアンヌ様は、大人でいらっしゃるな。
私なら、ここは大きな舌打ちをかますところだが。
と、手元を見ると、持っている扇がギシギシと音を立てていた。
うん……そうだよなぁ……。
殿下に手を引かれ、去っていくリリアンヌ様の背中を見つめながら、私は祈っていた。
殿下の新しい標的となられたリリアンヌ様が、うまく逃げられますようにと。


















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