少将閣下の花嫁は、ちょっと変わった天才少女

藤 実花

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クリスタ・ルイスはかく語れり⑤クリスマスSS

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教会の説教のあと、讃美歌を歌い、私達はハインミュラー邸に帰ってきた。
お留守番として屋敷に残っていたイーリスが、慌てて玄関に迎えにきたのだけど………なんだか様子がおかしいの。

「大奥様!!すいませんっ!」

「どっ、どうしたの?イーリス?」

お義母様はイーリスに問いかける。
イーリスの顔は蒼白で、その場の全員がこれは大変なことが起こっている、そう思ったわ!!
何かしら!?事件!?

「ガチョウに逃げられました……」

「は?」

は?と全員が言いました……。
ガチョウ、と言えばさっき捌こうとしたやつよね?
さすがに敵(ガチョウ)も必死だわ。
むざむざられたりしないってことね!!

「麻袋にいれて、少し外に置いておいたんです。うるさいので……他の料理を準備してから見に行ってみたら……袋の口が開いてて……屋敷の外を隅々まで探したんですっ!でもどこにも……」

「そう、どこかから逃げたのかもね。まぁ、しょうがないじゃない?」

と、能天気なお義母様は言ったわ。
これがワインだったら、どうかしら?
きっと鬼のように怒るに違いないわ!

「はぁーー、あんたはもう……本当にすみません、皆様。何か変わりになるものを急いで作りますので」

と、ガブリエラはイーリスとイレーネを伴ってキッチンルームに消えていった。
暫くして、出てきた食事は見事なもので、メインのガチョウは仔牛のフィレに化けたけど、それはそれでとても美味しかった。
ガブリエラは料理の達人ね。
私も達人だとは思うけど、臨機応変に出来るかと言えばそうではない。
やはりそれはこなした場数の違いでしょうね。
達人の料理を堪能した私達は、そろって居間へ行った。
そこで、お義母様とローラントはワインを水のように飲んだわ。
わたしは飲めないから、いつものブドウジュースをね!
あ、そうだ、忘れてた。
私は酒屋の主人から預かったラベルのないワインをお義母様に渡した。
ルドガーがちゃんと居間に持ってきてくれてたの。
お義母様はそれを見て、ルドガーと同じような顔をしたんだけど。
一体このワイン、何なのかしら?
気になるけど、ワインにそんなに興味はないのよ。
だからここは放っておくことにするわね。
そうそう、もう一つ忘れていたことがあったわ。
私は酒屋の主人の言葉を思い出して、樽購入の件をお義母様に伝えた。
でも……どうしてかしら?いい顔をしなかったの。
その理由は、ローラントが教えてくれたわ。

「樽で購入しても安くはならないんだよ。あればあるだけ飲むんだからな。それだったら、ボトルにしといた方が節約になる………と、父上に言われたんだそうだ」

ディートリヒ様……よくお義母様をわかっていらっしゃったのね!
ローラントがディートリヒ様のことを言い出した途端、お義母様は物憂げにワイングラスを目の前で揺らし始めた。
そして……おいおいと泣き出したのよ。

「ディートリヒ、ディートリヒー!!どうして私を置いていったの!?どうしてよー!!バカーーー!」

酔ってる訳じゃない……わよね?
だってお義母様、酔わないもの。
ぐだぐだ言い始めたお義母様を見て、ローラントはこっそりと私の耳元で囁いた。

「こういうときは、さっさと部屋に引き上げた方がいい。父上との思い出に浸りたいんだ。一人になりたいってことだ」

なるほど。ローラント、さすが息子ね。
ハインミュラー家もいろいろあったけど、何かしら奥底で繋がってるものがあるのかもしれないわ。

「そうなのね、じゃあ、私達も部屋に行きましょうか?」

「ああ、そうしよう」

私は地面に足をつけることなく、ローラントの腕の中で丸くなった。
居間を出て行こうとしたとき、後ろでお義母様が、

「いちゃついてるんじゃないわよーーっ!」

って叫んでたけど、ローラントはクスクスと笑っているだけだった。



部屋に戻り、ローラントは私を優しくベッドに下ろしてくれた。
随分大きくなったお腹のために、仰向きになるのはもうつらいの。
だから、もっぱら横向きね。
そして、ローラントがいれば、彼の体に片足を引っかける。
そうすると、少し楽になるの。
妊婦経験のある皆さんは知っているわよね?
え?私だけ?

今日も横向きで向かい合って、ローラントは私の足を自分の腰に引っかける。
そして、その足を下から上にゆっくりとマッサージしてくれた。
フィーネに「妊娠後期は足が浮腫むかもしれないからね、マッサージしてあげるといいよ」という言葉を実践してくれているの。
今日は全然歩いてもいないし、浮腫んでもいない。
でも、その気持ちが嬉しいわ。
大切に大切にしてくれているのがわかってとても幸せよ。

「ねぇ、ローラント?」

「ん?どうした?」

「伝えたいことが……(グワッ)あるの……」

「伝えたいこと?(グワッ)な、何だろう、か?」

グワッ??
どこからか聞こえる変な声に、ローラントと私は顔を見合わせた。
そして、その声の出所を探る。

グワッ……グワッグワッグーー
どこかしら………?
グワッ、グワッ、グワグワグワッ!
………………。

「ローラント、ここ」

「ああ」

私達はベッドから動いていない。
横に向き合ったローラントと私の間、ちょうど真ん中のシーツの中に、こんもりとした膨らみがあった。
ローラントがゆっくりとシーツを捲る。
そこにはつぶらな目をしたガチョウが震えながらこちらを見ていた。

「ガチョウ……あー、逃げた子ね」

「命拾いしたやつだな?全く運のいい」

「ほんと……。今日生き延びるなんて強運ね」

「グワッグワッ!」

ガチョウは殺さないの?と思ったのか、バサバサと羽を羽ばたかせる。

「現金なもんだな」

と、ローラントは呆れている。

「ふふっ、まぁいいじゃないの。祝祭日が終わったら、この子もとりあえずは用済みでしょ?」

「そうだな、離してやるか」

「グワッ!!グワーーッグッ!!」

ガチョウは何かを目で訴えている。
何なのかしら。
ガチョウと意志疎通なんて出来ないわよ?

「どうしたのかしらね?野生に還りたくないのかしら?」

「グワッッッ!」

なんか肯定している気がする。
そんなバカな。

「なぁに?ここで飼われたいとかバカなこと思ってる?」

「グワッッッ!!」

肯定している気がする!!

「返事、してないか?」

「………何言ってるの?ローラント、おかしくなったの?そんなわけないわ。きっと疲れているのよ。それか……祝祭日の奇跡とかね?」

「奇跡??ははっ、君が奇跡なんて言うとは思わなかったよ」

そうね、私も意外。
だけど、いくつかの偶然が私達を巡り会わせたように、理屈や理論では語れないことがあるとしても少しも不思議じゃない。
そう、世の中は常に驚きに満ちている。

「グワッグワッ?」

「はいはい、好きにして。私凄く眠いの。だからもう寝るわ。あなたも寝なさいな」

と、私はガチョウに言ったのだけど、ローラントは不満みたいね。

「ここでか?」

「邪魔かしら??バスルームにでも行ってもらう?」

「グルゥーーーーー」

この反応は何かしら?
何だかすごく不満な顔をしてるような……。
ガチョウのまん丸な目は半目になっている。

「おい、ここで寝るのはダメだぞ!この美しい人はオレの妻だからな」

「グワッ?グゥーグゥー!!」

「なんだと、それはどういうことだ!」

どういうことだ!はこっちのセリフよ!
何で会話してるの?
いつからそんな能力が??
祝祭日の奇跡にしてはおふざけが過ぎるわよ!
でも、ローラントは至って大真面目にガチョウと会話してる。
ああもう、いい加減にして……私は眠いのよ……

「ローラント、私……寝る……わ」

もう我慢出来ない。
瞼が重い。

「えっ、ちょっと待て。さっきの伝えたいことは??おーい!」

「グワーーッ!」

寝付きのいい私は一気に眠りに落ちた。
……………………。
……………………。
ふわふわ気持ちいい夢の中で、ローラントとガチョウが何か話してる。

「なぁ、さっきクリスタは何言おうとしたと思う??」

「グァ?グゥーグゥー……グゥ……」

「だよな……まぁ、明日聞いてみるか………それから、お前、今日だけはここで寝るのを許してやるが、明日からは庭の池だぞ!わかったか?」

「グワッッッ!!」

何かおかしな約束が結ばれていたけど、これも夢ね。
そう、祝祭日の奇跡のようなおかしい夢。
こんな風にバカみたいにおかしい夜が、世界中に溢れていることを祈って……。
私は深い深い眠りに落ちる。

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