19 / 59
Extra Ausgabe
伯爵令嬢はまだ恋を知らない⑥
しおりを挟む
大きな月を背に受けて、笑いながらこちらを見る兄上様は、少し長めの刀身のダガーナイフをゆっくり引抜き、こちらに近付くと、絡まった私のドレスを躊躇なく切り裂いた。
「ようこそ、武道会へ。ふふ、まぁ、こっちの方が好きだろ?」
目も口もだらしなく開けたまま、私はおどけて構える兄上様を呆然と見つめた。
「あ………はぁ……まぁ……えっと、あの、……今日王城へ私を呼んだのは……」
「うん、オレ」
と言いながら、私がさっきまで格闘していた男の頭を蹴り生死を確認している。
「も、申し訳ありませんっ!そんなにお怒りとは、知らなくて……」
「あん?何が?」
「結婚式での失態の件………ですよね?」
「………ああ、あれか?怒ってねーけど?」
「えっ!?……ではなぜ、私はここに?」
「あんたのことが知りたかった」
……………はい?
私のことが知りたい。と?
そんなもの情報部の資料にいくらでも載ってるはずだよね。
そう、グリュッセル家の手帖に詳細に。
手帖に載ってないことが知りたかったのかな?
例えば………
「わかりました。あれですね、クライドのことでしょう?あれは父の知り合いではるか北の……」
「違う!!その銃のことはもう知ってる!…………思ったよりあれだな、あんたはア……いや、天然だな」
「恐れ入ります」
恥ずかしそうに頭を掻く私を、兄上様は可哀想なものを見る目で一瞥した。
「褒めてねーし」
「……ええと、では私の何を知りたかったのでしょうか?」
「この間の言葉が嘘じゃないかどうか……それと、あんたがどこまで信じられるのか、その覚悟と信念を」
覚悟と信念……。
「私の覚悟と信念を……その、どうして……」
尋ねる言葉を遮って、兄上様……クライン様は私に手で待てと制すと、ボンネットの上でのびていた男を拘束し目と耳を布で覆った。
「こうやって、グリュッセル家は命を狙われてきた。これまでに何度も何度も。こいつはサンダース伯爵、諸外国と通じてグリュッセル家、クリムを暗殺しようとしてた。その情報が入って皇太子殿下に力を借りてこの舞台を整え誘きだし、ついでにあんたを巻き込んだ」
「………………………………」
「わかんねぇよな。オレは見てた。こいつらを追うあんたを。そして、この紋章を見て、あんたの纏う雰囲気が変わるのを確かに見た………これを汚さず裏切らない、そういう人間を探している」
「何かの、試験でしょうか?それとも、勧誘………」
「どっちもだ」
クライン様はグリュッセル家の車の後部座席のドアを開け、私を招き入れた。
そして自分は助手席に乗ると、その粗野な感じからは考えられないような静かな声で話始めた。
「オレ達は十歳の時、母を亡くした。あの日父と離宮へ行くのをとても楽しみにしていたオレ達が見たのは、冷たくなって動かない母と、同じく傍らに倒れる妹の姿だった。あの時の気持ちを忘れることは出来ない」
二人の多感な少年が、母の動かぬ姿を前に立ち尽くす様子が浮かび、胸がギュッと締め付けられる。
「葬儀の日、泣き崩れる妹と感情を堪える父を見て、オレ達は誓った。……二度と家族を理不尽に失わせないと。その為なら、何でもやろう……と」
「兄上様…………」
「オレ達は仲が悪く見えたか?」
「………いえ、仲が悪いと言うのはなんか違うかと。私にはお互いに心配しているように見えます」
「………そうか。仲が悪いのは嘘じゃない。というか、そういう振りをしているうちにそうなったんだ。笑うよな」
「笑えませんよっ!実は仲が悪くないって、皆にはどうして言わないんです?」
私は憤慨して言った。
だって、そんなの………。
「敵を炙り出すためにはちょうど良かったんだ。兄弟の仲が悪ければ、どちらかにすり寄ってくるだろう?まぁ、主にオレの方にだが……。そうやって、少しずつ敵を減らして来たんだよ」
「全ては、グリュッセル家のためですね。と言うよりは、クリム様も兄上様もノイラート様や奥方様のために戦ってきたんですね………でも……」
「でも?」
「だったら、あなた達のことは誰が守るんですか!?一番近い存在を自分から遠ざけて………そんなの……私は悲しいですっ!優しいお二人のことを皆知らないなんて……」
涙ながらの声に、クライン様はビックリして振り向いた。
そして、ぐちゃぐちゃの私の顔を見て大笑いし、持っていた高級そうなハンカチを渡して来た。
「いやー、おもしれーな。全く飽きないわ」
と、お腹を抱えて更に笑った。
暫くして笑い疲れたのか、ふぅと一息つくと、また前を向いて喋り始める。
「ご心配ありがとう。だがな、別に辛くはないんだ。オレもクリムも一番辛いことが何かはわかってる。それでも、あんたが気になるなら……守ってやってくれないか?」
「守る………?私が?」
「頼むよ。グリュッセル家の当主を、あんたが守ってくれ」
「ノイラート様を?!」
「……………ここでか?!ここでボケをかますのか!!おいおい、いいところだろうここは………」
ノイラート様の護衛の勧誘だったのか!
漸く胸のつかえがとれた私とは対照的に、クライン様はイライラした様子で何やら呟いている。
「いや、いくらなんでもここまでやって………ああ……そうか、わかってきたぜ!」
そして、自分の中で何か結論が出たのかクライン様は振り向いて私に言った。
「あんた、クリムが好きか??」
「へっ?」
「クリムのこと、好きか?」
何をまたおかしなことを……。
「もちろん、好きですよ!」
「男として」
「ええもちろん、男として………ん?」
男としてとは、どういう……
私の怪訝そうな顔を見て、クライン様は分かりやすく説明を始める。
「クリムと結婚して、グリュッセル家に入る覚悟はあるか?」
「ようこそ、武道会へ。ふふ、まぁ、こっちの方が好きだろ?」
目も口もだらしなく開けたまま、私はおどけて構える兄上様を呆然と見つめた。
「あ………はぁ……まぁ……えっと、あの、……今日王城へ私を呼んだのは……」
「うん、オレ」
と言いながら、私がさっきまで格闘していた男の頭を蹴り生死を確認している。
「も、申し訳ありませんっ!そんなにお怒りとは、知らなくて……」
「あん?何が?」
「結婚式での失態の件………ですよね?」
「………ああ、あれか?怒ってねーけど?」
「えっ!?……ではなぜ、私はここに?」
「あんたのことが知りたかった」
……………はい?
私のことが知りたい。と?
そんなもの情報部の資料にいくらでも載ってるはずだよね。
そう、グリュッセル家の手帖に詳細に。
手帖に載ってないことが知りたかったのかな?
例えば………
「わかりました。あれですね、クライドのことでしょう?あれは父の知り合いではるか北の……」
「違う!!その銃のことはもう知ってる!…………思ったよりあれだな、あんたはア……いや、天然だな」
「恐れ入ります」
恥ずかしそうに頭を掻く私を、兄上様は可哀想なものを見る目で一瞥した。
「褒めてねーし」
「……ええと、では私の何を知りたかったのでしょうか?」
「この間の言葉が嘘じゃないかどうか……それと、あんたがどこまで信じられるのか、その覚悟と信念を」
覚悟と信念……。
「私の覚悟と信念を……その、どうして……」
尋ねる言葉を遮って、兄上様……クライン様は私に手で待てと制すと、ボンネットの上でのびていた男を拘束し目と耳を布で覆った。
「こうやって、グリュッセル家は命を狙われてきた。これまでに何度も何度も。こいつはサンダース伯爵、諸外国と通じてグリュッセル家、クリムを暗殺しようとしてた。その情報が入って皇太子殿下に力を借りてこの舞台を整え誘きだし、ついでにあんたを巻き込んだ」
「………………………………」
「わかんねぇよな。オレは見てた。こいつらを追うあんたを。そして、この紋章を見て、あんたの纏う雰囲気が変わるのを確かに見た………これを汚さず裏切らない、そういう人間を探している」
「何かの、試験でしょうか?それとも、勧誘………」
「どっちもだ」
クライン様はグリュッセル家の車の後部座席のドアを開け、私を招き入れた。
そして自分は助手席に乗ると、その粗野な感じからは考えられないような静かな声で話始めた。
「オレ達は十歳の時、母を亡くした。あの日父と離宮へ行くのをとても楽しみにしていたオレ達が見たのは、冷たくなって動かない母と、同じく傍らに倒れる妹の姿だった。あの時の気持ちを忘れることは出来ない」
二人の多感な少年が、母の動かぬ姿を前に立ち尽くす様子が浮かび、胸がギュッと締め付けられる。
「葬儀の日、泣き崩れる妹と感情を堪える父を見て、オレ達は誓った。……二度と家族を理不尽に失わせないと。その為なら、何でもやろう……と」
「兄上様…………」
「オレ達は仲が悪く見えたか?」
「………いえ、仲が悪いと言うのはなんか違うかと。私にはお互いに心配しているように見えます」
「………そうか。仲が悪いのは嘘じゃない。というか、そういう振りをしているうちにそうなったんだ。笑うよな」
「笑えませんよっ!実は仲が悪くないって、皆にはどうして言わないんです?」
私は憤慨して言った。
だって、そんなの………。
「敵を炙り出すためにはちょうど良かったんだ。兄弟の仲が悪ければ、どちらかにすり寄ってくるだろう?まぁ、主にオレの方にだが……。そうやって、少しずつ敵を減らして来たんだよ」
「全ては、グリュッセル家のためですね。と言うよりは、クリム様も兄上様もノイラート様や奥方様のために戦ってきたんですね………でも……」
「でも?」
「だったら、あなた達のことは誰が守るんですか!?一番近い存在を自分から遠ざけて………そんなの……私は悲しいですっ!優しいお二人のことを皆知らないなんて……」
涙ながらの声に、クライン様はビックリして振り向いた。
そして、ぐちゃぐちゃの私の顔を見て大笑いし、持っていた高級そうなハンカチを渡して来た。
「いやー、おもしれーな。全く飽きないわ」
と、お腹を抱えて更に笑った。
暫くして笑い疲れたのか、ふぅと一息つくと、また前を向いて喋り始める。
「ご心配ありがとう。だがな、別に辛くはないんだ。オレもクリムも一番辛いことが何かはわかってる。それでも、あんたが気になるなら……守ってやってくれないか?」
「守る………?私が?」
「頼むよ。グリュッセル家の当主を、あんたが守ってくれ」
「ノイラート様を?!」
「……………ここでか?!ここでボケをかますのか!!おいおい、いいところだろうここは………」
ノイラート様の護衛の勧誘だったのか!
漸く胸のつかえがとれた私とは対照的に、クライン様はイライラした様子で何やら呟いている。
「いや、いくらなんでもここまでやって………ああ……そうか、わかってきたぜ!」
そして、自分の中で何か結論が出たのかクライン様は振り向いて私に言った。
「あんた、クリムが好きか??」
「へっ?」
「クリムのこと、好きか?」
何をまたおかしなことを……。
「もちろん、好きですよ!」
「男として」
「ええもちろん、男として………ん?」
男としてとは、どういう……
私の怪訝そうな顔を見て、クライン様は分かりやすく説明を始める。
「クリムと結婚して、グリュッセル家に入る覚悟はあるか?」
11
お気に入りに追加
3,419
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる