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伯爵令嬢はまだ恋を知らない⑥
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大きな月を背に受けて、笑いながらこちらを見る兄上様は、少し長めの刀身のダガーナイフをゆっくり引抜き、こちらに近付くと、絡まった私のドレスを躊躇なく切り裂いた。
「ようこそ、武道会へ。ふふ、まぁ、こっちの方が好きだろ?」
目も口もだらしなく開けたまま、私はおどけて構える兄上様を呆然と見つめた。
「あ………はぁ……まぁ……えっと、あの、……今日王城へ私を呼んだのは……」
「うん、オレ」
と言いながら、私がさっきまで格闘していた男の頭を蹴り生死を確認している。
「も、申し訳ありませんっ!そんなにお怒りとは、知らなくて……」
「あん?何が?」
「結婚式での失態の件………ですよね?」
「………ああ、あれか?怒ってねーけど?」
「えっ!?……ではなぜ、私はここに?」
「あんたのことが知りたかった」
……………はい?
私のことが知りたい。と?
そんなもの情報部の資料にいくらでも載ってるはずだよね。
そう、グリュッセル家の手帖に詳細に。
手帖に載ってないことが知りたかったのかな?
例えば………
「わかりました。あれですね、クライドのことでしょう?あれは父の知り合いではるか北の……」
「違う!!その銃のことはもう知ってる!…………思ったよりあれだな、あんたはア……いや、天然だな」
「恐れ入ります」
恥ずかしそうに頭を掻く私を、兄上様は可哀想なものを見る目で一瞥した。
「褒めてねーし」
「……ええと、では私の何を知りたかったのでしょうか?」
「この間の言葉が嘘じゃないかどうか……それと、あんたがどこまで信じられるのか、その覚悟と信念を」
覚悟と信念……。
「私の覚悟と信念を……その、どうして……」
尋ねる言葉を遮って、兄上様……クライン様は私に手で待てと制すと、ボンネットの上でのびていた男を拘束し目と耳を布で覆った。
「こうやって、グリュッセル家は命を狙われてきた。これまでに何度も何度も。こいつはサンダース伯爵、諸外国と通じてグリュッセル家、クリムを暗殺しようとしてた。その情報が入って皇太子殿下に力を借りてこの舞台を整え誘きだし、ついでにあんたを巻き込んだ」
「………………………………」
「わかんねぇよな。オレは見てた。こいつらを追うあんたを。そして、この紋章を見て、あんたの纏う雰囲気が変わるのを確かに見た………これを汚さず裏切らない、そういう人間を探している」
「何かの、試験でしょうか?それとも、勧誘………」
「どっちもだ」
クライン様はグリュッセル家の車の後部座席のドアを開け、私を招き入れた。
そして自分は助手席に乗ると、その粗野な感じからは考えられないような静かな声で話始めた。
「オレ達は十歳の時、母を亡くした。あの日父と離宮へ行くのをとても楽しみにしていたオレ達が見たのは、冷たくなって動かない母と、同じく傍らに倒れる妹の姿だった。あの時の気持ちを忘れることは出来ない」
二人の多感な少年が、母の動かぬ姿を前に立ち尽くす様子が浮かび、胸がギュッと締め付けられる。
「葬儀の日、泣き崩れる妹と感情を堪える父を見て、オレ達は誓った。……二度と家族を理不尽に失わせないと。その為なら、何でもやろう……と」
「兄上様…………」
「オレ達は仲が悪く見えたか?」
「………いえ、仲が悪いと言うのはなんか違うかと。私にはお互いに心配しているように見えます」
「………そうか。仲が悪いのは嘘じゃない。というか、そういう振りをしているうちにそうなったんだ。笑うよな」
「笑えませんよっ!実は仲が悪くないって、皆にはどうして言わないんです?」
私は憤慨して言った。
だって、そんなの………。
「敵を炙り出すためにはちょうど良かったんだ。兄弟の仲が悪ければ、どちらかにすり寄ってくるだろう?まぁ、主にオレの方にだが……。そうやって、少しずつ敵を減らして来たんだよ」
「全ては、グリュッセル家のためですね。と言うよりは、クリム様も兄上様もノイラート様や奥方様のために戦ってきたんですね………でも……」
「でも?」
「だったら、あなた達のことは誰が守るんですか!?一番近い存在を自分から遠ざけて………そんなの……私は悲しいですっ!優しいお二人のことを皆知らないなんて……」
涙ながらの声に、クライン様はビックリして振り向いた。
そして、ぐちゃぐちゃの私の顔を見て大笑いし、持っていた高級そうなハンカチを渡して来た。
「いやー、おもしれーな。全く飽きないわ」
と、お腹を抱えて更に笑った。
暫くして笑い疲れたのか、ふぅと一息つくと、また前を向いて喋り始める。
「ご心配ありがとう。だがな、別に辛くはないんだ。オレもクリムも一番辛いことが何かはわかってる。それでも、あんたが気になるなら……守ってやってくれないか?」
「守る………?私が?」
「頼むよ。グリュッセル家の当主を、あんたが守ってくれ」
「ノイラート様を?!」
「……………ここでか?!ここでボケをかますのか!!おいおい、いいところだろうここは………」
ノイラート様の護衛の勧誘だったのか!
漸く胸のつかえがとれた私とは対照的に、クライン様はイライラした様子で何やら呟いている。
「いや、いくらなんでもここまでやって………ああ……そうか、わかってきたぜ!」
そして、自分の中で何か結論が出たのかクライン様は振り向いて私に言った。
「あんた、クリムが好きか??」
「へっ?」
「クリムのこと、好きか?」
何をまたおかしなことを……。
「もちろん、好きですよ!」
「男として」
「ええもちろん、男として………ん?」
男としてとは、どういう……
私の怪訝そうな顔を見て、クライン様は分かりやすく説明を始める。
「クリムと結婚して、グリュッセル家に入る覚悟はあるか?」
「ようこそ、武道会へ。ふふ、まぁ、こっちの方が好きだろ?」
目も口もだらしなく開けたまま、私はおどけて構える兄上様を呆然と見つめた。
「あ………はぁ……まぁ……えっと、あの、……今日王城へ私を呼んだのは……」
「うん、オレ」
と言いながら、私がさっきまで格闘していた男の頭を蹴り生死を確認している。
「も、申し訳ありませんっ!そんなにお怒りとは、知らなくて……」
「あん?何が?」
「結婚式での失態の件………ですよね?」
「………ああ、あれか?怒ってねーけど?」
「えっ!?……ではなぜ、私はここに?」
「あんたのことが知りたかった」
……………はい?
私のことが知りたい。と?
そんなもの情報部の資料にいくらでも載ってるはずだよね。
そう、グリュッセル家の手帖に詳細に。
手帖に載ってないことが知りたかったのかな?
例えば………
「わかりました。あれですね、クライドのことでしょう?あれは父の知り合いではるか北の……」
「違う!!その銃のことはもう知ってる!…………思ったよりあれだな、あんたはア……いや、天然だな」
「恐れ入ります」
恥ずかしそうに頭を掻く私を、兄上様は可哀想なものを見る目で一瞥した。
「褒めてねーし」
「……ええと、では私の何を知りたかったのでしょうか?」
「この間の言葉が嘘じゃないかどうか……それと、あんたがどこまで信じられるのか、その覚悟と信念を」
覚悟と信念……。
「私の覚悟と信念を……その、どうして……」
尋ねる言葉を遮って、兄上様……クライン様は私に手で待てと制すと、ボンネットの上でのびていた男を拘束し目と耳を布で覆った。
「こうやって、グリュッセル家は命を狙われてきた。これまでに何度も何度も。こいつはサンダース伯爵、諸外国と通じてグリュッセル家、クリムを暗殺しようとしてた。その情報が入って皇太子殿下に力を借りてこの舞台を整え誘きだし、ついでにあんたを巻き込んだ」
「………………………………」
「わかんねぇよな。オレは見てた。こいつらを追うあんたを。そして、この紋章を見て、あんたの纏う雰囲気が変わるのを確かに見た………これを汚さず裏切らない、そういう人間を探している」
「何かの、試験でしょうか?それとも、勧誘………」
「どっちもだ」
クライン様はグリュッセル家の車の後部座席のドアを開け、私を招き入れた。
そして自分は助手席に乗ると、その粗野な感じからは考えられないような静かな声で話始めた。
「オレ達は十歳の時、母を亡くした。あの日父と離宮へ行くのをとても楽しみにしていたオレ達が見たのは、冷たくなって動かない母と、同じく傍らに倒れる妹の姿だった。あの時の気持ちを忘れることは出来ない」
二人の多感な少年が、母の動かぬ姿を前に立ち尽くす様子が浮かび、胸がギュッと締め付けられる。
「葬儀の日、泣き崩れる妹と感情を堪える父を見て、オレ達は誓った。……二度と家族を理不尽に失わせないと。その為なら、何でもやろう……と」
「兄上様…………」
「オレ達は仲が悪く見えたか?」
「………いえ、仲が悪いと言うのはなんか違うかと。私にはお互いに心配しているように見えます」
「………そうか。仲が悪いのは嘘じゃない。というか、そういう振りをしているうちにそうなったんだ。笑うよな」
「笑えませんよっ!実は仲が悪くないって、皆にはどうして言わないんです?」
私は憤慨して言った。
だって、そんなの………。
「敵を炙り出すためにはちょうど良かったんだ。兄弟の仲が悪ければ、どちらかにすり寄ってくるだろう?まぁ、主にオレの方にだが……。そうやって、少しずつ敵を減らして来たんだよ」
「全ては、グリュッセル家のためですね。と言うよりは、クリム様も兄上様もノイラート様や奥方様のために戦ってきたんですね………でも……」
「でも?」
「だったら、あなた達のことは誰が守るんですか!?一番近い存在を自分から遠ざけて………そんなの……私は悲しいですっ!優しいお二人のことを皆知らないなんて……」
涙ながらの声に、クライン様はビックリして振り向いた。
そして、ぐちゃぐちゃの私の顔を見て大笑いし、持っていた高級そうなハンカチを渡して来た。
「いやー、おもしれーな。全く飽きないわ」
と、お腹を抱えて更に笑った。
暫くして笑い疲れたのか、ふぅと一息つくと、また前を向いて喋り始める。
「ご心配ありがとう。だがな、別に辛くはないんだ。オレもクリムも一番辛いことが何かはわかってる。それでも、あんたが気になるなら……守ってやってくれないか?」
「守る………?私が?」
「頼むよ。グリュッセル家の当主を、あんたが守ってくれ」
「ノイラート様を?!」
「……………ここでか?!ここでボケをかますのか!!おいおい、いいところだろうここは………」
ノイラート様の護衛の勧誘だったのか!
漸く胸のつかえがとれた私とは対照的に、クライン様はイライラした様子で何やら呟いている。
「いや、いくらなんでもここまでやって………ああ……そうか、わかってきたぜ!」
そして、自分の中で何か結論が出たのかクライン様は振り向いて私に言った。
「あんた、クリムが好きか??」
「へっ?」
「クリムのこと、好きか?」
何をまたおかしなことを……。
「もちろん、好きですよ!」
「男として」
「ええもちろん、男として………ん?」
男としてとは、どういう……
私の怪訝そうな顔を見て、クライン様は分かりやすく説明を始める。
「クリムと結婚して、グリュッセル家に入る覚悟はあるか?」
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