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Extra Ausgabe
伯爵令嬢はまだ恋を知らない④
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「あらまぁ、やっぱり背があると迫力があって綺麗ねぇ」
母の感嘆の声に、私は深くため息をついた。
思い悩む内に夜は明け、そしてすぐに夕刻になり、武者震いする体を落ち着けつつ私は戦闘服に身を包んでいた。
やはり着なれないものは落ち着かない。
剥き出しの二の腕に、屈んだら見えそうなガッツリ開いた胸元。
やたら足元はスースーするし、それでいてヒラヒラと重なった生地がやたらと重い。
ブライズメイドの時に着たドレスは心が踊ったのに、今は足枷のように心までもが重かった。
「どうしたの?そんな顔して。凄く良く似合うわよ!これならやんごとなき方も気に入るわね!」
だから、やんごとなき方って誰だ……。
呑気な母の言葉に余計に憂鬱になってくる。
「そうですか……?あ、そうだ、エミーリアはこちらに来るんですか?それとも兄上と王城に?」
「ファデラーが迎えに行って、あなたとは王城で落ち合うそうよ。くれぐれも驚かさないでね」
「はいはい、わかっていますよ!」
ああ、時間は止まってはくれないか……。
よし、行こう。
私は覚悟を決めて玄関に降り、迎えの車に乗り込んだ。
夕闇の中にうっすらと白く浮き上がるような道が見えてくると、もう王城は近い。
軍事演習の時はこの大理石の道を、自分の運転で閣下を乗せて颯爽と走った。
ほんの少し前のことなのに、もう遥昔のことのように思えるのは、この沈んだ自分の気持ちのせいだろう。
閣下や奥方様は今何をしているだろうか。
普段はどうでもいい准将のことですら、思い出してしまうのは、かなり心が弱っている証拠だ。
いかんいかんっ!
これでは相対する前から気合いで負けている!
頬をバンバンと叩き、気合を入れ直すと、白い道を行く車の中で大声を出した。
「うぉーーーっ!かかってこいー!!」
すると、驚いた運転手が急ブレーキを踏み、私は思い切り額を打ったのだった。
夜の王城は、舞踏会のせいもあるのか昼間とはうって変わって幻想的な光景に包まれていた。
招待客らの車のライトで明るく照らされたロビーには、きらびやかなドレスの令嬢が明るい笑顔で談笑している。
その中に降り立つと、長身の私に驚いたのか、談笑していた令嬢達が一気に黙りこんでしまった。
あらら、大女が驚かせてごめんねー。
出来るだけ驚かせないようにと彼女達に笑いかけると、何故か皆頬を染め扇で顔を隠してしまう。
なんだよ、そんなに見るに耐えないか!?
失礼だな!
「アンナ!!」
聞きなれた声に振り向くと、ファデラーと婚約者のエミーリアだろう女性が、ニコニコ笑って立っている。
エミーリアは小柄で少しふっくらとして可愛らしく、こちらに向ける笑顔に嘘がなくとても好感が持てた。
「アンナお姉様、初めまして!エミーリアでございます。これから仲良くして下さいませ」
小さく腰を折り、優雅に挨拶するエミーリアはさすが公爵家という気品に溢れていた。
「こちらこそ!エミーリア様。私のことはアンナでいいよ。エミーリア様が私の姉になるのだからね」
「いけません!!」
突然のエミーリアの大声にファデラーも私もビクッとなってたじろいだ。
「え?えーと……」
「アンナ様をお姉様とお呼びするのは、身内になる私の特権ですわ!ですからどうか、お姉様と呼ばせて下さいませ!」
エミーリアはグイグイ迫って来て、とうとうピントが合わないくらいにまで近づいた。
おかしいでしょ、この距離………
「ど、どうぞ……お好きにお呼び下さい……」
と言うと、満足したエミーリアにようやくピントが合い私もホッと胸を撫で下ろした。
ファデラーとエミーリアと3人で謁見の間に隣接した大ホールに入ると、既に多くの人が集まっていた。
その中でも、身分の高そうな(プライドも高そう)令嬢の集団が入り口付近をジロジロと見て何かを探している。
何かじゃない、誰かだな。
きっと今日お目当ての男性が来るに違いない。
それにしても、獲物を狙うハイエナとはこのことかというような様子に私は辟易した。
「アンナ、俺たちはちょっと飲み物取ってくるよ。ここで待ってるか?」
「ん?ああ、そうだね、この辺を少し見て回るよ!楽しんできて!」
ファデラーがエミーリアと共にホール中央に消えると、私は中庭に向けて歩き出した。
軍事演習で来た時、チラリと中庭を見ると素晴らしい噴水があるのを発見していたのだ。
その時はゆっくり見る暇がなかったが、今日はゆっくり堪能出来そうだ。
外に出ると凍てつく寒さの為か、誰一人おらず、中庭には大きく輝く月が水面を金色に染め上げていた。
あー、やっぱり綺麗だな。
この淡いブルーに輝く金色………。
ふふっ、この色合いはまるでクリム様みたいだ。
ふと沸き上がった考えに、また不整脈のように心臓が跳ね、思わず胸に手を当てた。
ひょっとして、何か悪い病気なのだろうか?
こうも、度々動悸が激しくなるのは酒量のせいだけではない気が……
そうして、ゆっくり呼吸をしながら噴水の水の流れを見ていると、暗闇の向こうに複数の人間の気配を感じ、私は慌てて身を隠した。
5メートル程向こう、人数は……3人か。
足音からして、全員男。
身なりはよく見えないが、どうやら招待客のようだ。
男たちは3人で何かを話し合うと、裏の方へ消えて行こうとしている。
単に夜風に当たりたいだけというには、今日は寒すぎるし、暗闇で話し合うことなどどうせ良いことではない。
何かゾワゾワと嫌な感じがする……。
私は裏の方へ向かう男達を、気配を消して追いかけた。
母の感嘆の声に、私は深くため息をついた。
思い悩む内に夜は明け、そしてすぐに夕刻になり、武者震いする体を落ち着けつつ私は戦闘服に身を包んでいた。
やはり着なれないものは落ち着かない。
剥き出しの二の腕に、屈んだら見えそうなガッツリ開いた胸元。
やたら足元はスースーするし、それでいてヒラヒラと重なった生地がやたらと重い。
ブライズメイドの時に着たドレスは心が踊ったのに、今は足枷のように心までもが重かった。
「どうしたの?そんな顔して。凄く良く似合うわよ!これならやんごとなき方も気に入るわね!」
だから、やんごとなき方って誰だ……。
呑気な母の言葉に余計に憂鬱になってくる。
「そうですか……?あ、そうだ、エミーリアはこちらに来るんですか?それとも兄上と王城に?」
「ファデラーが迎えに行って、あなたとは王城で落ち合うそうよ。くれぐれも驚かさないでね」
「はいはい、わかっていますよ!」
ああ、時間は止まってはくれないか……。
よし、行こう。
私は覚悟を決めて玄関に降り、迎えの車に乗り込んだ。
夕闇の中にうっすらと白く浮き上がるような道が見えてくると、もう王城は近い。
軍事演習の時はこの大理石の道を、自分の運転で閣下を乗せて颯爽と走った。
ほんの少し前のことなのに、もう遥昔のことのように思えるのは、この沈んだ自分の気持ちのせいだろう。
閣下や奥方様は今何をしているだろうか。
普段はどうでもいい准将のことですら、思い出してしまうのは、かなり心が弱っている証拠だ。
いかんいかんっ!
これでは相対する前から気合いで負けている!
頬をバンバンと叩き、気合を入れ直すと、白い道を行く車の中で大声を出した。
「うぉーーーっ!かかってこいー!!」
すると、驚いた運転手が急ブレーキを踏み、私は思い切り額を打ったのだった。
夜の王城は、舞踏会のせいもあるのか昼間とはうって変わって幻想的な光景に包まれていた。
招待客らの車のライトで明るく照らされたロビーには、きらびやかなドレスの令嬢が明るい笑顔で談笑している。
その中に降り立つと、長身の私に驚いたのか、談笑していた令嬢達が一気に黙りこんでしまった。
あらら、大女が驚かせてごめんねー。
出来るだけ驚かせないようにと彼女達に笑いかけると、何故か皆頬を染め扇で顔を隠してしまう。
なんだよ、そんなに見るに耐えないか!?
失礼だな!
「アンナ!!」
聞きなれた声に振り向くと、ファデラーと婚約者のエミーリアだろう女性が、ニコニコ笑って立っている。
エミーリアは小柄で少しふっくらとして可愛らしく、こちらに向ける笑顔に嘘がなくとても好感が持てた。
「アンナお姉様、初めまして!エミーリアでございます。これから仲良くして下さいませ」
小さく腰を折り、優雅に挨拶するエミーリアはさすが公爵家という気品に溢れていた。
「こちらこそ!エミーリア様。私のことはアンナでいいよ。エミーリア様が私の姉になるのだからね」
「いけません!!」
突然のエミーリアの大声にファデラーも私もビクッとなってたじろいだ。
「え?えーと……」
「アンナ様をお姉様とお呼びするのは、身内になる私の特権ですわ!ですからどうか、お姉様と呼ばせて下さいませ!」
エミーリアはグイグイ迫って来て、とうとうピントが合わないくらいにまで近づいた。
おかしいでしょ、この距離………
「ど、どうぞ……お好きにお呼び下さい……」
と言うと、満足したエミーリアにようやくピントが合い私もホッと胸を撫で下ろした。
ファデラーとエミーリアと3人で謁見の間に隣接した大ホールに入ると、既に多くの人が集まっていた。
その中でも、身分の高そうな(プライドも高そう)令嬢の集団が入り口付近をジロジロと見て何かを探している。
何かじゃない、誰かだな。
きっと今日お目当ての男性が来るに違いない。
それにしても、獲物を狙うハイエナとはこのことかというような様子に私は辟易した。
「アンナ、俺たちはちょっと飲み物取ってくるよ。ここで待ってるか?」
「ん?ああ、そうだね、この辺を少し見て回るよ!楽しんできて!」
ファデラーがエミーリアと共にホール中央に消えると、私は中庭に向けて歩き出した。
軍事演習で来た時、チラリと中庭を見ると素晴らしい噴水があるのを発見していたのだ。
その時はゆっくり見る暇がなかったが、今日はゆっくり堪能出来そうだ。
外に出ると凍てつく寒さの為か、誰一人おらず、中庭には大きく輝く月が水面を金色に染め上げていた。
あー、やっぱり綺麗だな。
この淡いブルーに輝く金色………。
ふふっ、この色合いはまるでクリム様みたいだ。
ふと沸き上がった考えに、また不整脈のように心臓が跳ね、思わず胸に手を当てた。
ひょっとして、何か悪い病気なのだろうか?
こうも、度々動悸が激しくなるのは酒量のせいだけではない気が……
そうして、ゆっくり呼吸をしながら噴水の水の流れを見ていると、暗闇の向こうに複数の人間の気配を感じ、私は慌てて身を隠した。
5メートル程向こう、人数は……3人か。
足音からして、全員男。
身なりはよく見えないが、どうやら招待客のようだ。
男たちは3人で何かを話し合うと、裏の方へ消えて行こうとしている。
単に夜風に当たりたいだけというには、今日は寒すぎるし、暗闇で話し合うことなどどうせ良いことではない。
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私は裏の方へ向かう男達を、気配を消して追いかけた。
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