少将閣下の花嫁は、ちょっと変わった天才少女

藤 実花

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Extra Ausgabe

伯爵令嬢はまだ恋を知らない①

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厳かにパイプオルガンが鳴り響き、長いレースのヴェールを付けた花嫁が、半泣きの父親と教会内に入ってくる。

私はその後ろで奥方様のレースの裾を直しながら、お揃いのドレスを着たマリア・フローリアと顔を見合わせて微笑んだ。
栄誉あるブライズメイドを任され、有頂天になった私は、ついさっきもグリュッセル家の長男にケンカを売るという失態を演じたばかりだった。
なんとかクリム様に慰められ、立ち直ることが出来たが、本当に自分の迂闊さに腹が立つ。
しかしその腹立たしさも、この奥方様の美しさを見れば綺麗に吹っ飛んで行ってしまった。
まさに、女神……。
その女神に付き従い、舐めるように見ることの出来るこのベストポジションに、私はヨダレが止まら………いや、心が踊った。
祭壇で待つ閣下も、これまた神々しく、奥方様を迎えにゆっくりと歩みだす様子は博物館の英雄の彫刻も真っ青な完璧さだった。
この神々の神々による神々の為の結婚式に、私のようなうっかり凡人が迷いこんでもいいものだろうかと、ふと視線を逸らすと、そこにはにっこりと頬笑む女神の兄がいて、私の心臓は安心するどころか逆に大きく跳ねた。

……………不整脈かな?
そういや、昨日も准将や大佐と飲み明かしたからなぁ。
少し酒は控えた方がいいかな。

そんなことを考えながら、祭壇の前に閣下と並んだ奥方様のドレスを整え、私達は邪魔にならないように脇に移動する。
閣下の後ろにはグルームズマンの准将と大佐がいて、大佐の満面の笑みとは対照的な准将の複雑そうな顔が私の笑いを誘ったのは言うまでもない。

アーベル牧師の説教が始まり、皆がその内容に耳を傾けていると、どこからか視線を感じて私は目を凝らした。
だけど、どこを見ても誰もこちらを見てはいない。
あれ?と思い目を逸らすと、またさっきと同じ視線を感じる。
今度は気付かない素振りで、その視線に全神経を集中させてみると、明らかにこちらを値踏みするような不躾な視線、それと何かふんわりとした暖かい視線を感じとることが出来た。
そして、その2つの視線はどうやら同じ場所から放たれているらしい。

……あ!…………これ、兄上様がさっきのことをまだ怒っているのでは!!
そうにちがいない……そりゃあ、あんな疑いをかけられたら誰だってキレる。
しかも、偽物め!とか言っちゃってるし……。

動揺のあまり視線を泳がせ、青くなって震えていると、アーベル牧師の高らかな声が響き私は思わず目を大きく見開いた。
そうせずにはいられなかった。
だって、

「それでは誓いの口づけを」

ですよ?

見ると何故かホッとしたような奥方様が、デレデレの閣下に何か耳打ちすると、暫くして二人が同時に破顔し、回りの空気がぱあっと華やいだ。
私は、この素晴らしくきっともうこの世ではお目にかかれない光景を、両目に焼き付けようとし、一歩、二歩と前に出る。
その尋常でない様子に驚いたマリアに止められなければ、私はきっと閣下にどえらい目に合わされたに違いない。

そんな変態わたしの思いなど意にも介さず、閣下と奥方様はこなれたように自然に口づけを交わした。

ううっ……美しい………。
生きてて良かった。

縁あって懇意にさせてもらい、こんな素晴らしい式にも参加させて貰った。
普通に生きてたらこんなことは起こらなかっただろう。
私の家が軍人一家でなければ、ザクセンで閣下の秘書をすることもなかったし、奥方様に会うこともなかった。
必然的にここにいる誰とも会えなかったことになる。
そう思うと人の人生なんて、その時の選択や出会いなどで大きく変わっていくのだ。

私はとても幸運だ。
そして、皆がとても大切だ。
この幸せを脅かすものがいるのなら、それを私は容赦なく消そう。
命令でなくとも、私の大切な者の為に。

教会の鐘が、天に届くように鳴り響く。
それを合図に、溢れるような笑顔の閣下と奥方様の前にさっと歩み出て、その行く先に花弁を散らす。
私の大好きな二人が、美しい花で満たされた幸せな道を永遠に歩んで行けるようにと、そう願いを込めて。





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