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当主の妻の条件①
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年の瀬も迫り、町が賑やかになるこの季節、グリュッセル家に吉報がもたらされた。
ハインミュラー家に嫁いだクリスタの妊娠の知らせである。
クリスタはハインミュラー邸での療養を主治医から指示されたらしく、軍医としての仕事を暫く休むことになっていた。
「まぁ、あの男相手ならすぐ出来るとは思ったがな!」
ああ、そんな身も蓋もない………。
と、クリムは悪態をつくノイラートを見て苦笑いをした。
こんなことを言っていても、知らせが来ていち早く子供服とおもちゃの下見に行ったのは誰だっただろうか?
ラングが止めなければ、きっと店ごと買っていただろうな………。
しかし、孫というのはそんなに可愛いものだろうか?
子供もいない私には良くわからないが、氷のノイラートが春風のノイラートになるくらいだからきっと相当なものなんだろう。
まぁ、私の甥か姪にもあたるのだから頭が良く、美しいのは約束されているだろう。
ふむ、私も何か祝いの品を用意しておかなくては………
「おい!クリム!」
「あ、はい?何でしょう?」
「お前、聞いてなかったのか?」
「は?ああ、父さんの元帥閣下に対する暴言ですか?聞いてましたよ」
「違うわ!!これだ、これ!」
そう言うと、重要書類っぽい黒いファイルをクリムの前に放り投げた。
「何ですか?また、何か事件でも……」
クリムはそのファイルを不用意に開いてしまったことに後悔した。
だが、もう遅い。
「父さん…私は……」
「…………あのな、うちの長男をどう思う?」
「馬鹿で野蛮で碌でなしです」
「酷いな……おい、それは言い過ぎ……まぁ良い。そんなクラインが当主に向いてないのは当の本人も知っている。だが、幸いなことにうちにはその長男とそっくりの次男が……」
ノイラートはクリムの恐ろしく荒んだ視線に晒され口ごもる。
この双子に『そっくり』という言葉は地雷なのだ。
「………えーと、そんなわけで、あいつはお前にこの家を譲りたいそうだ」
「勝手なことを!!」
「まぁそう言うな。お前だって自分の方が当主に相応しいことくらいわかっているだろう?優秀なお前の方が」
「………それは、まぁ、そうですが」
「だろう?優秀なお前ならわかってくれると思ったぞ。情報局の方はまだ暫く私が局長を努めるが、そのうちお前に譲るからな。それと、当主の仕事も渡していこうと思っている。忙しくなるぞ!」
やたら嬉しそうなノイラートを見て、クリムはその企みに気付いた。
バリバリの仕事人間のノイラートが、仕事を譲るなんてあり得ない。
これは………孫と遊ぶ時間を作りたい爺さんのワガママではないだろうかっ!?
きっと、そうだ。そうに違いない……。
ノイラート爺さんはまだ産まれてもない孫にメロメロになっている……爺バカも大概にしてくれ!
その爺バカのせいで、私は今人生最大のピンチを迎えているんだからな。
クリムは目の前のファイルに視線を落とした。
そのファイルにはザナリアの名だたる令嬢達が名を連ね、其々の特技や趣味、学歴等が事細かに記載されている。
そう、釣書だ。
「当主を継ぐにあたって、嫁もどうかと思ってな」
余計なお世話だ!!
とは言え、確かにこの年で婚約者もいないのは流石にどうかと思う。
しかも、グリュッセル家の当主なら、しかるべき相手を早々に指名しておくに越したことはない……のだがな……。
「父さん、私は当主を継いでも構いませんが、妻は独自の基準で選びたいのですが……」
「ほう!」
ノイラートは目を輝かせてクリムを見た。
その様子は、子供が初めて言葉を喋ったのを見た時のような、暖かい親の顔をしていた。
「お前の独自の基準とは?」
「そうですね、まず、嘘をつかず、自分の信念をもっており、職務に忠実、人に恥じる事がなく、とても強い人、ですかね?」
「………それ………厳しすぎやしないか?」
「何を言ってるんですか?グリュッセル家の当主の妻ですよ!阿呆では困ります。その立場を誰かに利用されたり、騙されたりしない為にもそれは最低条件です。あとは、この家の者を無条件で愛せる者、でしょうか?」
「お前の理想の高さにも困ったもんだな。だが、後々のことを考えるとその方がいいか。自分の妻を粛清するなんてことが起こらないようにな」
グリュッセル家がどういう家なのかは、この家の人間なら誰しもわかっていることだ。
帝国にあだなすもの達の処理、裏工作、裏取引、戦争への介入。
そして、今や帝国を裏で支配する立場へと変わった公爵家の筆頭。
生半可な覚悟ではここでやっていけはしない。
何代か前の当主が、騙されスパイに仕立てあげられた妻を自分の手で粛清した、という話もグリュッセル家の教訓になっていた。
そんな悲劇を起こさない為にも、当主の妻は確固たる強い意志を持っている女性でないと務まらない。
まぁ、クリスタや母以外にそんな女は見たことがない。
オレの条件に合う人間がこの世にいないなら別にそれで構わないし、その方が随分楽だな。
クリムは黒いファイルを机に放り投げると、木枯らしが舞う窓の外に目をやった。
ハインミュラー家に嫁いだクリスタの妊娠の知らせである。
クリスタはハインミュラー邸での療養を主治医から指示されたらしく、軍医としての仕事を暫く休むことになっていた。
「まぁ、あの男相手ならすぐ出来るとは思ったがな!」
ああ、そんな身も蓋もない………。
と、クリムは悪態をつくノイラートを見て苦笑いをした。
こんなことを言っていても、知らせが来ていち早く子供服とおもちゃの下見に行ったのは誰だっただろうか?
ラングが止めなければ、きっと店ごと買っていただろうな………。
しかし、孫というのはそんなに可愛いものだろうか?
子供もいない私には良くわからないが、氷のノイラートが春風のノイラートになるくらいだからきっと相当なものなんだろう。
まぁ、私の甥か姪にもあたるのだから頭が良く、美しいのは約束されているだろう。
ふむ、私も何か祝いの品を用意しておかなくては………
「おい!クリム!」
「あ、はい?何でしょう?」
「お前、聞いてなかったのか?」
「は?ああ、父さんの元帥閣下に対する暴言ですか?聞いてましたよ」
「違うわ!!これだ、これ!」
そう言うと、重要書類っぽい黒いファイルをクリムの前に放り投げた。
「何ですか?また、何か事件でも……」
クリムはそのファイルを不用意に開いてしまったことに後悔した。
だが、もう遅い。
「父さん…私は……」
「…………あのな、うちの長男をどう思う?」
「馬鹿で野蛮で碌でなしです」
「酷いな……おい、それは言い過ぎ……まぁ良い。そんなクラインが当主に向いてないのは当の本人も知っている。だが、幸いなことにうちにはその長男とそっくりの次男が……」
ノイラートはクリムの恐ろしく荒んだ視線に晒され口ごもる。
この双子に『そっくり』という言葉は地雷なのだ。
「………えーと、そんなわけで、あいつはお前にこの家を譲りたいそうだ」
「勝手なことを!!」
「まぁそう言うな。お前だって自分の方が当主に相応しいことくらいわかっているだろう?優秀なお前の方が」
「………それは、まぁ、そうですが」
「だろう?優秀なお前ならわかってくれると思ったぞ。情報局の方はまだ暫く私が局長を努めるが、そのうちお前に譲るからな。それと、当主の仕事も渡していこうと思っている。忙しくなるぞ!」
やたら嬉しそうなノイラートを見て、クリムはその企みに気付いた。
バリバリの仕事人間のノイラートが、仕事を譲るなんてあり得ない。
これは………孫と遊ぶ時間を作りたい爺さんのワガママではないだろうかっ!?
きっと、そうだ。そうに違いない……。
ノイラート爺さんはまだ産まれてもない孫にメロメロになっている……爺バカも大概にしてくれ!
その爺バカのせいで、私は今人生最大のピンチを迎えているんだからな。
クリムは目の前のファイルに視線を落とした。
そのファイルにはザナリアの名だたる令嬢達が名を連ね、其々の特技や趣味、学歴等が事細かに記載されている。
そう、釣書だ。
「当主を継ぐにあたって、嫁もどうかと思ってな」
余計なお世話だ!!
とは言え、確かにこの年で婚約者もいないのは流石にどうかと思う。
しかも、グリュッセル家の当主なら、しかるべき相手を早々に指名しておくに越したことはない……のだがな……。
「父さん、私は当主を継いでも構いませんが、妻は独自の基準で選びたいのですが……」
「ほう!」
ノイラートは目を輝かせてクリムを見た。
その様子は、子供が初めて言葉を喋ったのを見た時のような、暖かい親の顔をしていた。
「お前の独自の基準とは?」
「そうですね、まず、嘘をつかず、自分の信念をもっており、職務に忠実、人に恥じる事がなく、とても強い人、ですかね?」
「………それ………厳しすぎやしないか?」
「何を言ってるんですか?グリュッセル家の当主の妻ですよ!阿呆では困ります。その立場を誰かに利用されたり、騙されたりしない為にもそれは最低条件です。あとは、この家の者を無条件で愛せる者、でしょうか?」
「お前の理想の高さにも困ったもんだな。だが、後々のことを考えるとその方がいいか。自分の妻を粛清するなんてことが起こらないようにな」
グリュッセル家がどういう家なのかは、この家の人間なら誰しもわかっていることだ。
帝国にあだなすもの達の処理、裏工作、裏取引、戦争への介入。
そして、今や帝国を裏で支配する立場へと変わった公爵家の筆頭。
生半可な覚悟ではここでやっていけはしない。
何代か前の当主が、騙されスパイに仕立てあげられた妻を自分の手で粛清した、という話もグリュッセル家の教訓になっていた。
そんな悲劇を起こさない為にも、当主の妻は確固たる強い意志を持っている女性でないと務まらない。
まぁ、クリスタや母以外にそんな女は見たことがない。
オレの条件に合う人間がこの世にいないなら別にそれで構わないし、その方が随分楽だな。
クリムは黒いファイルを机に放り投げると、木枯らしが舞う窓の外に目をやった。
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