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チャプター21:「Interval and――」

21-1:「〝豊原基地〟」

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 場所は再び、月詠湖の王国、月流州。スティルエイト・フォートスティート。
 隊の宿営地内の一角には、先程に引き続きディコシアとティの兄妹と、羊娘のモゥルの姿がった。
 彼等の視線は、その場より北東方向の上空へと向けられている。その先に見えるは、青空を背景にして宙に身を置く、何らかの飛行物体のシルエット。そのシルエットはみるみる内に大きくなり、それに伴い異質な音声がどんどんと大きくなり聞こえ来る。
 そして飛行物体は、宿営地の真上に飛来。

「ッ!」
「うひッ!?」
「ひょえッ!?」

 耳を劈くような轟音を轟かせ、飛行物体――F-1戦闘機は、ディコシア達三人の真上を飛び抜けて行った。
 思わず驚きの声を上げ、そして手で耳を覆いふさいだ三人。それから飛び抜けて行ったF-1戦闘機の姿を振り向き追う。
 F-1戦闘機は飛び抜けて行った先――豊原基地が出現した一帯の上空で、旋回に入る様子を見せていた。

「ぎょぇぇ……」
「彼らは、あんな物まで――」

 F-1の姿を視線で追いかけながら、それぞれ零すティとディコシア。
 ディコシア達にも、新たな飛行物体がここに現れる事は、事前に伝えられていた。
 しかし実際に現れたそれの姿は、彼等の想像を超えており、ディコシア達は最早唖然とするしかなかった。

「昨日から、ホントなんなの……?」

 そしてまだ隊と接触して間もないモゥルが、困惑の様子で呟いた。



 場所は、出現した豊原基地の敷地内。その内に群立する施設の一つである、管制塔へ。
 お世辞にも新しくは無く、そして広くなはい管制塔頭頂部の管制室。眼下に滑走路が一望できるその空間には、現在4名ほどの姿があった。
 内の1名は小千谷。彼は、新たに出現したこの豊原基地の詳細を掌握すべく、現在進行中の作戦を井神に任せ、一足先に転移魔法を用いてこちら側に戻って来ていた。
 1名は、小千谷同様にパイロット服を纏う男性隊員。その名札には、会部あいべという名が刺繍されている。そして襟の階級章は三等空佐を示している。
 そして一等空曹と二等空曹の2名が、管制室内の座席に座している。航空隊仕様の迷彩作業服を纏う彼らは、元よりこの管制室の運用を担当する、管制職の隊員であった。
 小千谷以外の3名は、いずれも豊原基地と共に飛ばされてきた隊員であり、先ほどまでは他の航空隊隊員と共に、その身に起こった現象に困惑し混乱している状況にあった。
 しかしそこへ、緊急着陸を要する戦闘機が一機来るとの報が入る。
 同時に基地中にエマージェンシーを告げるサイレンが鳴り響き、航空隊隊員の各々は、まずはそれを迎え入れるべく配置についたのであった。
 現在、管制室内の4名の視線は一様に、眼下を伸びる滑走路の延長線上、東側の上空を向いている。そこには、滑走路へ進入コースへと乗った、推噴の操るF-1戦闘機の姿があった。すでに機体底面に、着陸脚(ギア)が降りている様子が見える。

〈ヘヴィメタル1、正常なギアダウンを確認〉

 管制職の隊員の内の、一等空曹の隊員が、双眼鏡を構えてF-1の着陸脚が正常に降りている事を確認。無線でF-1に向けてその旨を送る。一等空曹から発される言葉は、すべて英語での物であった。

〈進入コース、適正〉

 再び無線に向けて発し上げる一等空曹。
 その言葉通り、F-1はその進行方向を滑走路の延長線と綺麗なまでに合わせ、それを維持したまま徐々に高度を落とす。
 そして程なくして、F-1は滑走路の端へ到達。そこを越えて滑走路上へ進入。着陸脚を滑走路上に着いた。
 全ての着陸脚を完全に滑走路に接地させ、速度を落とし始めるF-1。時速100kmを優に越えていたその速度は、見る見るうちに収まってゆく様子を見せる。
 そして小千谷達の眼下――管制塔の前まで到達した頃には、車の徐行速度程までに、その速度を落としていた。

<完璧だ、ヘヴィメタル1。そのまま誘導路よりエプロンへ。後は誘導員に従ってくれ〉

 一等空曹はF-1の推噴に向けて告げる。それを受け、F-1は滑走路の端から繋がる誘導路に向かっていった。

「――やれやれ」

 無事、F-1戦闘機を着陸させる事に成功し、会部三等空佐がそんな声を零す。そして管制職の2名も、それぞれ脱力しあるいは息を零した。

「はぁ――三佐、お二人も。突然の事に対応いただき、ありがとうございます」

 小千谷も安堵の息を吐き、そして会部等に礼の言葉を述べる。

「そして申し訳ないのですが、他にも緊急着陸を要する機体が、現れる可能性が捨てきれません」

 そして続け、そう可能性を示唆する旨を発した。戦闘機、そして基地が立て続けに現れた事を鑑みれば、その可能性は十分にあった。

「成程、確かにな――よし、伊翠いすい一曹、有町ありまち二曹。君等は、引き続きここに配置していてくれるか?」
「えぇ、了解です」

 小千谷のその言葉を受け入れた会部は、管制職の一等空曹等に要請。一等空曹からは、少し戸惑いの色が見られながらも、了解の返答が返された。

「頼む――さて。じゃあまずは、点呼掌握を急がないとな」

 任せる言葉を発した会部は、続けそう呟く。
 すでにここまでで、この基地と共に飛ばされてきた隊員の存在が多数確認されており、そして現在も捜索、点呼掌握が続いていた。
 ちなみに今の所、三等空佐であるこの会部が、見つかった隊員の中での最高階位者であった。

「それが落ち着いたら――詳しく教えてくれるかい、小千谷二尉?俺たちが――〝異世界に飛ばされた〟、っていうのがどういう事なのか――」

 そして会部は、小千谷に向けてそう紡ぐ。

「えぇ――全て、説明します」

 それに対して、小千谷は了承する旨を答えた。



 転移という異常事態発生から大分遅れ、緊急事態における非常呼集を告げる音声が、放送に乗って基地中に鳴り響いた。
 そして豊原基地で勤務する各隊員が、それぞれ所定の場所に集合。現在員の掌握がようやく成された。
 結果として、掌握できた航空隊隊員の現在員数は、およそ300名であった。豊原基地は本来は勤務者2000名を超える巨大な基地であり、この数字はわずか5分の1にも満たない物であった。航空隊隊員等は再び困惑の色を見せたが、しかしそうしてばかりもいられず、現在いる者だけで、続く行動に移る必要があった。
 基地の現在の状態の確認、掌握である。
 まずは基地各施設の確認。こうして異常現象に巻き込まれた上で、どこか施設に異常が発生しているかもしれない。漏電やガス漏れ等があれば大事だ。
 そして、大事な航空機の所在、被害確認。
 さらに、滑走路の異常確認だ。
 滑走路はF-1の着陸前に、一度応急的な確認は行われていたが、現在は今一度、飛行場勤務隊を中心に、施設隊の作業小隊や消防小隊が入念な確認を行っている。
 同じく施設隊の、管理小隊の電気班、給汽(ボイラー)班、設備班等のインフラの管理に携わる隊が、基地中に走る各インフラ設備に異常が無いか、確認作業に赴いていた。
 それから、身体に異常をきたし、動くことができずに呼応に応じられなかった隊員がいないかの捜索も、並び行われている。
 ――そんな各員が各方で動いている一方。
 滑走路に併設された一つのハンガー――格納庫。その出入り口付近に、十数名程の集った隊員の姿があった。
 半数は、会部始めパイロット服を纏ったパイロット。半数は航空隊仕様の迷彩作業服を着用している各職隊員。階級は幹部である者が半数。准空尉が一名と、上~初級空曹が他多くを占め、空士が数名。そして宿営地の留守を預かっていた陸隊隊員が2名程と、小千谷の姿もあった。
 この場には確認された現在員の内の、幹部隊員と主要な隊員が集っていた。
 ちなみに現在各員がいるハンガーは、〝航空救難団、豊原救難隊〟で運用される機体の格納整備に用いられている場所である。ハンガー内には、白と黄色と橙の三色で塗装された、〝KV-107ⅡA-5〟救難ヘリコプターが鎮座している。そしてハンガーの外の駐機場(エプロン)には、同配色の〝MU-2S〟救難捜索機の駐機している姿も見えた。それぞれに整備員が取り付き、損傷被害が無いかの確認を行っている様子が見える。

「――にわかには、信じられません」

 その集った各員の内の一人から、そんな声が上がる。声の主は、パイロットの三等空尉だ。
 集った各員には、同じ航空隊員である小千谷より改めて、この地が各々の知る元の世界とは、まったく異なる別の世界である事。この豊原基地は、この異世界に基ごと転移してきた事。また、小千谷等はこの場の各々よりも一週間ほど早く、この異世界に転移して来て、ここまで活動をして来たこと等。
 現在の状況に対する一連の説明が、噛み砕いてだが行われた所であった。
 しかし、〝異世界に転移した〟等という荒唐無稽な話を、素直に受け入れられる者は一人もいなかった。

「信じられないのも無理はない。しかし――」

 小千谷はその気持ちを汲み取りながらも、しかし続く言葉を発そうとする。

「マジの話みてぇだ」

 だが、その発しかけられた小千谷の言葉を、他の声が遮り引き継いだ。割り込んだその声に、小千谷始めその場の各員の視線が、一斉にそちらを向く。
 その先に見えたのは、駐機場の方向より歩いて来る、F-1パイロット――推噴の姿であった。横には整備員の空曹の姿も見える。推噴はヅカヅカと集った各員の元へと、歩んで来る。

「俺と機は、なにぞまるで歴史の教科書にでも、出てきそうな町の上に出た。んでもって、そこで無駄にデケェ鳥共と交戦して来たトコだ」

 そして推噴は、各員の見渡しながら、そう自分の体験を口にして見せた。

「鳥?それに、交戦だと?」

 推噴のその言葉に、各々を代表するように、会部が訝しむ言葉を発した。

「えぇ、説明します――」

 その訝しむ声には、小千谷が答えた。
 小千谷は、この基地同様に異世界に迷い込んで来た、日本国民がいる事。小千谷等、先行して飛ばされてきた部隊はその国民を保護回収するために、ここより離れた地にて、つい先ほどまで作戦を行っていた事。作戦中に現れた敵性の軍勢により部隊は窮地に陥ったが、そこを新たに転移して来た推噴のF-1戦闘機に救われた事等。他、要点を選んで説明した。

「そんな事まで起こっているのか……!」

 小千谷の説明に、会部は微かに驚く声を零す。

「推噴二尉の機体の、ガンカメラの映像を抽出しました」

 そこへ今度は、推噴の隣に立っていた整備員の空曹が声を発した。空曹は、手にしていたタブレット端末を操作すると、それを集った各々へと見せるよう差し出す。
 各々の視線がタブレットの画面に集まる。そこに映し出されていたのは、F-1戦闘機のガンカメラが撮影した、凪美の町上空での空中戦の様子を捉えた動画映像であった。
 動画上では、あり得ぬ程に巨大であると判別できる鳥の群れが、現代日本の光景ではないであろう、古めかしい町の上空を飛ぶ光景が映し出されている。

「この鳥、大き過ぎないか……?」
「おい、背に人が乗ってるぞ……!」

 映像を眺める隊員の内から、声が上がる。

「この鳥共は、その下の町を襲ってやがった。老若男女、無差別にだ」

 その横から、少し険しい顔を作った推噴が、補足する言葉を入れる。

「あ……!」

 それを肯定するように、画面上で、地上の一角が吹き飛ぶシーンが丁度流れる。そして隊員のうちの誰かが声を上げる。
 そしてそこから、機体備え付けのバルカン砲により、巨大な鳥達が墜とされてゆくシーンが始まった。
 そこから動画終了まで、各々はタブレット端末を食い入るように見つめていた。

「――これは、つい先程の出来事です。そしてこれ等はトリックやCG等ではありません。全て本物です」

 程なくして動画は終わり、それを見計らい、小千谷はそう言葉を紡いだ。しかし各々は未だ飲み込み切れていないのだろう、沈黙が一瞬場を支配する。

「映像だけでは、まだ信じきれないかもしれません。ですが、これはまごう事なき現実です」

 そんな各々に向けて、小千谷は続け発し、そして言い切った。

「……正直、未だ現実感は無いが……基地に起きた現象を鑑みるに、信じるしかなさそうだな」

 小千谷の言葉を受け、そんな言葉を零したのは会部。それは、自らを少し強引にでも納得させようと発した言葉のようであった。

「――すみません、二尉。話は変わりますが、いいですか?」

 そんな所へ今度は、別の隊員から声が上がった。
 声の主は、その襟に准空尉の階級章を着ける、壮年の男性隊員だ。温厚で人の良さそうな印象で、迷彩作業服を纏っていなければ、隊員とは思えないような風体だ。
 しかしその胸には、二つの桜を記した准曹士先任識別章が見える。
 それが彼が、この豊原基地に所在する、第14航空団の団准曹士先任――すなわち、基地に勤務する全ての准尉、曹、士の頭である事を示していた。位こそ幹部には含まれないが、時にその意見は幹部よりも尊重される存在だ。

「大丈夫です、団准先。なんでしょう」
「先んじて、一個中隊程がこの世界にやって来たと先程聞きましたが、その最高階位者――隊の指揮を執っている方は?」

 小千谷から了承を受けた准空尉は、そう尋ねる言葉を発した。

「あぁ――これまでの最高階位者は私でしたが、指揮については陸隊の、井神さんという一等陸曹に執ってもらっています。最初に転移して来た部隊は陸隊が主体で、陸隊の方ではその人が最高階位者でしたので」
「そうですか。じゃあ、その一曹ともお会いして、話をして調整をしたい所だな」

 小千谷の言葉を受けての、准空尉の言葉。

「えぇ、その必要性もあるでしょう。ですが――」

 それに小千谷も同意の言葉を発する。しかし同時に小千谷は、井神は現在も作戦終了後の事後処理他の陣頭指揮に追われており、こちらの方に合流できるのはまだ先になるであろう事を説明した。

「ふむ、そうですか……」
「当面は、俺達だけで動くしかなさそうだな」

 それを受け、准空尉と会部はそれぞれ言葉を零した。
 各員の耳が、エンジン音を聞いたのはその直後であった。各々が振り向けば、ハンガーの反対側の開かれた大扉より、一台のオリーブドラブに塗装された軽トラックが現れ、内部へ走り込んで来る姿が見えた。
 軽トラックは集った各員の近くまで来て停車。キャビンには二名の隊員の姿が見え、内の助手席側から一人の隊員が降りて来た。

「三佐、団准先」

 降りて来たのは、現在基地の各施設の確認作業に当たっている、各班の内の一つを率いている、電気員の空曹であった。空曹は、集った各員の元へ歩んできて、会部と准空尉を呼ぶ声を寄越す。

「どうした?」
「いくつか、見てもらいたい物があります。出来ましたら、来ていただきたいです」

 電気員の空曹からは、そんな要請の言葉が寄越された。



 基地内を通る道路上を、軽トラックが走る。その荷台上には会部と小千谷、電気員の空曹の揺られる姿があった。
 先の場を、次席の幹部隊員と准空尉に任せ、会部と小千谷は軽トラックに乗り込み、その〝見てもらいたい物〟の場所まで向かっている所であった。

「――確認できたのは、今の所ほとんどが、旧滑走路より北側の施設です」

 その現場まで向かうすがらに会部と小千谷は、現在までに確認できた基地の状況の説明を、空曹より受けていた。
 まず、この豊原基地の元々の構造配置について説明しなければならない。
 元の豊原基地には、用途廃止予定であった旧滑走路と、新しく作られた新滑走路の二つの滑走路が存在していた。そして東西に延びる二つの滑走路に隔てられるように、南北に各施設が群立している配置となっていた。
 今回この異世界の地に転移して来たのは、その内の用途廃止予定であった旧滑走路と、それに隣接する各建物施設。豊原基地はその全てではなく、旧滑走路を中心とした半分ほどが、切り取られるような形で転移して来ていたのだ。

「さらに、いくつかの建物の配置が変わっていました」
「今更だが、色々不可解だな――そんな事になってるなら、インフラの類も大変な事になってるんじゃないのか?」

 電気員の空曹が続け発した説明の言葉に、会部は呟き、そして続けて懸念の言葉を発した。

「いえ――それは、大丈夫なようです」

 しかし空曹は、そんな返答を返した。少し戸惑いの色を現しながらのそれに、会部と小千谷は疑問を浮かべる。それに答えるように、空曹は続く言葉を紡いだ。

「まだ全てが確認し切れたわけではないのですが……電気、ガス、水道――各インフラは、〝つなぎ直されていました〟」
「なんだって?」

 空曹のその言葉に、小千谷が思わず声を零す。

「言葉通りです。インフラの類は、変わった建物配置に合わせて、適切につなぎ直されていたんです。それも不気味なまでに綺麗に」
「そんな事まで?」

 加えての空曹の説明に、会部も怪訝の色を見せて発する。

「えぇ。ウチの班員の一人に言わせれば、まるで何らかのそういうシュミレーションでもやったかのような――ツールでも使ったかのような整え方だった、と」

 そんな会部等に、そう言葉を続ける空曹。

「そして、極めつけは――」

 さらに紡ぐ空曹。そのタイミングで、軽トラックは目的地へと辿り着いた。



「――これは……」

 転移して来た建ち並ぶ基地施設群の一番端。そこに鎮座していた物に、会部と小千谷は大変に怪訝な顔を作る事となった。
 そこにあったのは、表面を青黒い色で覆った、巨大なコンテナのような物体。その物体の表面には規則的に線――溝が走り、青白く発光している。何かの機械と思しきコンテナ状の巨大な物体が、そこに複数個、斜めに並び鎮座していた。

「基地の発電室が見つからず、そこにつながっていたはずの電線は、全てここにつなぎ直されていました」

 今は数名の隊員が周辺を調べている、そのコンテナのような物体を視線で示しながら、電気員の空曹は説明する言葉を発した。

「じゃあ、この物体は発電機か?」
「おそらく」

 会部の発した推察の言葉に、空曹は返す。
 続けて電気員の空曹は、類似の物体が基地の各所に出現しており、ガス、水道等の他インフラもそれ等につながっている。あるいは経由して近隣の川に延びている事を説明した。

「さらに――」

 そこで空曹は、方に下げていたタブレット端末を手に取り、操作してからその画面を会部等に差し出して見せる。そこに表示されてたのは、何かのグラフ画像であった。棒グラフが動きを見せ、その周りでは表示されたいくつかの数値が動いている。

「これは?」
「確認したら、見知らぬアプリケーションがインストールされていて、勝手に起動しました」

 訝しむ声を上げた小千谷に、空曹は答えてから、背後のコンテナ群を見る。

「最初はウィルスかと疑いましたが――どうにも、この装置の発電量、他ステータスを表示しているようです」

 空曹はそこから「さらに」と言葉を紡ぎ、再びタブレット端末を操作する。

「こんな物が」

 そして再度、会部達の前にタブレットを示す。先のステータス画面に変わって映し出されていたのは、メモ帳機能のウィンドウ。そこには、こんな一文が入力し、記されていた。
 ――《隊員の方々へのギフトです。ご健闘を》――

「……これは、その俺達をこの世界に送り込んだという人物からか」

 この事態が、一人の不可解な人物――作業服と白衣の人物の手によるものであるらしいとの話は、会部もすでに小千谷より聞き及んでいた。
 そして今しがた見たメッセージから、その存在を思い返す。

「健闘――か。ここまで手間をかけて、その人物は、俺達にさらに戦わせたいらしい」

 そして小千谷が、どこか少し不快感の含まれた様子で呟いた。

「見せたい物というのは、これだったのか」

 会部はそこから、電気員の空曹に向いて言葉を発する。

「あぁ、えぇ。これがその一つではあるんですが――まだ他にもあります」

 しかし電気員の空曹は、それを半分肯定するが、続け付け加える言葉を発する。

「こちらへ」

 そして空曹は会部等に促し、身を翻す。並ぶ巨大なコンテナ群の横を抜けて行く、空曹と会部等。

「――あんな物まで?」

 そして抜けて出た先で突き当たった、基地を囲うフェンスの向こうに見えた物に、小千谷はまたも驚く事となった。



 転移して来た豊原基地の、敷地に隣接する一角。そこにも大きな施設が存在していた。
 その施設敷地内の駐車場に、航空隊所有の新型73式小型トラックが乗り入れ、建物施設の前で停車する。

「ここだけ、一緒に巻き込まれたのか……」

 運転席より降りた空士が、施設に視線を送りながら、そんな一言を零す。
 施設の正体。それは一軒のスーパー・ドラッグストアであった。
 元々豊原基地に隣接していた施設であり、どうやらこの一軒だけ、基地と一緒に転移してきたようであった。

「行ってみよう」

 助手席から降りたもう一人の空曹が促し、二名は店舗の正面入口へと駆けた。

「――すみません、航空隊、豊原基地の者です!どなたかいらっしゃいませんか!」

 店舗はまだ開店前なのか、出入り口は閉じていて、内部も明かりが灯されておらず薄暗い。
 空曹は出入り口の自動ドアから内部に向けて呼びかけるが、人が出てくる様子は無い。

「開く前のようです、誰もいないのでは?」
「あぁ……」

 様子から、店舗が無人である事を推測する両名。しかし、自動ドアの向こうから、物音が聞こえたのはその時であった。
 そしてドアのガラス越しに見えたのは、一人の人影。人影は奥から自動ドアの前まで来ると、そのロックを外す様子を見せ、そして自動ドアを手動でこじ開けて、空曹等の前に姿を現した。

「はいはい……――なんでしょう?」

 現れたのはドラッグストアの従業員に良くみられる、制服であるらしきシャツとチノパン姿の上に、登録販売者の白衣を纏った一人の若い男性。男性は現れると同時に、どこか気だるげな、眠そうな声色で第一声を発して寄越す。

「開店までは、もう少しお待ちいただき――」

 次いでそんな決まり文句らしき言葉を発しかけた男性は、しかしそこで訪問者の正体に気付き、言葉を切ってその顔を訝しむ物に変えた。

「あれ――航空隊の……?」
「申し訳ありません、隣の豊原基地の者です。従業員の方ですか?」

 疑問の声を上げた男性に、空曹はまず自身の身分を名乗り、そして男性に尋ねる。

「えぇ、はい。――あの、何かありました……?」

 男性は空曹の言葉を肯定し。それから引き続きの訝しむ様子で、質問の言葉を返す。

「まさかと思いますが……またロシアでも攻めてきました?」

 続き男性は、そんな推測の言葉を発して寄越した。

「いえ、そういう訳ではないのですが――いや、異常事態という点では、それ以上かもしれません」
「それ以上?何が――」

 質問に、空曹からは少し戸惑いの色を見せながらの回答が返される。その回答に、男性はより訝しむ様子を作り、言葉を発しかけた。

「――んん?」

 しかしそこで男性は、何気なく視線を空曹等の背後一帯に流し、そしてその光景が妙である事に気付いた。

「あれ――アパートや家は……?」

 ドラッグストアの敷地には隣接して、民家やアパート等が建っているはずであった。しかし、そこにあるはずのそれ等が、その姿を消していたのだ。それから男性は周辺をさらに見回し、そして基地以外の隣接の建物が、全て無くなっていることに気が付いた。

「なんで――?周りの建物が……?」
「気づかれましたか……異常事態とは、この事です」

 驚き困惑する様子を見せる男性に、空曹はそう言葉を掛ける。

「基地と、こちらのお店以外の周辺施設が、全て無くなっていたんです」
「どうなってんだぁ……?」

 続く空曹の説明に、男性は思わず言葉を零す。

「現在、基地の方で状況確認を行っています。もし差し支えなければ、安全の面も考え、一度基地の方まで来ていただけませんか?」
「あぁ、はい――分かりました……」

 そんな男性に、要請の言葉を紡ぐ空曹。男性は困惑の様子を見せつつも。それに同意。

「――よく分からんが、樺太事件の時みたいに、また店の在庫を解放する事になりそうだな……」

 そして男性は、隊員等に新型73式小型トラックへの乗車を促されながらも、そんな言葉を呟いた。



 航空隊各員が慌ただしく確認掌握作業に動く、豊原基地内。
 その端の一角。そこでは、またあるイレギュラーな施設が見つかっていた。

「これは――そちらさんのですよね?」
「あぁ、間違いない……」

 その施設の前には、一人の空士と、宿営地の留守を預かっていた、陸隊三等陸曹の姿がある。彼らの視線の先には、数階建ての横長の建物施設が鎮座している。
 一見すれば、それは基地内の他庁舎施設等と変わらぬ物に見える。しかしその建物は、本来ならば豊原基地内には存在しないはずの物であった。
 三等陸曹等の視線は、すぐそこにある建物玄関の、その横に掲げられた、木製の看板に向いている。
 そこには、〝第54普通科連隊 第2中隊〟という文字が、彫刻により記されていた。

「54普2中の隊舎だ……」

 その建物は、自由や井神等の所属する、第54普通科連隊、第2中隊の隊舎であった。

「三曹」

 驚いている三等陸曹の元へ声が掛かり、その場へ別の陸士が駆け込んで来る。

「どうだった?」
「えぇ、裏に出現してた建物は、21後支連の隊舎でした。向こうには、21施設や104野砲科大隊の隊舎もあります」

 三等陸曹の尋ねる言葉に、陸士はそう回答を返す。
 豊原基地の一角には、陸隊各隊の隊舎施設が出現していたのだ。これらは本来であれば豊原基地の敷地内にある物ではなく、遠く離れた別の各駐屯地に存在してるべき施設であった。

「おまけに、ただ丸ごと飛んできたワケじゃないみたいです――確認したら、建物を一部だけぶった切って、つなげ直したみたいな形になってました」

 続け陸士は、そんな説明の言葉を口にする。

「どこまでも、ぶっ飛んでてふざけてやがる……」

 その言葉に、三等陸曹は眼前の隊舎を仰ぎながら、疲れた様子でそんな一言を呟いた。
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